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Old Saltの日々雑感

日々雑感的に思うところを小さなウソと大きな誇張でデフォルメして掲載中!

ああ なんてこった!  




ああ なんてこった!


久しぶりにレンタルビデオ店に行きました。ニコラスケイジが主演している作品があったので借りて帰ったのでありますね。帰宅してから妻が「こんなの借りた?」と言います。
「何?」と尋ねると、
「アナコンダⅡ」ですと・・・。
飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになりました。
どうやらニコラスケイジのパッケージにアナコンダが入っていたようで、それを確認せずに借りてしまったのでした。
「アナコンダ」というタイトル名だけでB級というのが分ります。内容も制作に至る経緯すら読めてしまいます。
プロデューサーが女優志願の若い娘を落すために「あんたが主役の映画を作ってあげるから・・・な、いっぺんだけ、ええやろー」とかいってくどいたのです。(関西弁の訛があるのは、このプロデューサーは若い頃に1年ほど大阪に住んでいたことがあったからです)
で、あまり知識や教養のない脚本家が生活費欲しさに、大蛇を題材にしたシナリオを書いたのです。蛇の演技力に頼らないと女優の大根演技では制作費の元がとれません。ということは、どうせ大蛇に飲み込まれるといった内容なのです。

無駄なDVDを借りてしまいました。プロデューサーのスケベ計画に数百円とはいえ援助したというのが悔しくてなりません。たとえ数百円といえども、こういう出費こそ無駄と思うのが大阪人に染み付いたDNAなのです。かといって、大阪人は決してケチではありません。無意味な金は1円でも出しませんが、意味のある金なら何万円でもポイと出せるのが大阪人なのです。それが証拠に、ドラえもん基金の都道府県別1位はいつも大阪なのでありますね。

観る前からB級と分っている映画を観る気にはなりません。“観る”という字を使うのすらアホらしい。そもそも観る時間がないのです。わが家は子供が起きている時に親だけが映画を観るという習慣がありません。観るのは子供が寝室に消える午後10時過ぎからになります。アダルトビデオじゃございませんぜ、お客人。その貴重な時間をB級と分っている映画のために犠牲にするのは納得できないのでありますね。
で、見ずに放っておりました。
けれどもです。7泊8日の6日目の朝を向かえ、ふと思ったのでした。

アナコンダではなく、「アナコンダⅡ」となっています。続編が出るのは、普通は、前作の評判が良かったからです。この業界は柳の下にドジョウは2匹までといいますからね。
あのジョーズだって、観るまではアナコンダと同じようなイメージでした。だから、もしかしたらB級はB級でも“Bの松”かも知れません。もしも、アナコンダⅡが二人目の女優志願の娘をくどく口実で作ったのでなければ、二流小料理屋の松竹梅の松の可能性があるということですね。そう思ったので、昼間一人でいる時間帯に観たのでした。

いやぁ、アナコンダⅡは、B級ではありませんでした。

C級でした・・・。

妻の貴重な時間を浪費させずに済んで安堵いたしましたですねー。
僕さえ犠牲になればいいのです。万事が丸く収まるのです。

われら夫婦にとっての、過去最低の映画は、タイトルすら忘れてしまいましたが、パニック映画でした。
何かの拍子にビルの狭い地下室に3人か4人の人間が閉じ込められて出て来れないという設定の映画でした。部屋の中でなんやかやと自問自答やつまらない葛藤があったりして、1時間30分ほどフィルムが回った末に地上に出て来るのです。
地下の空き室なので家具不要。セット費用はゼロでっせ。
出演者の日当を1万円として、そこに撮影テープ代程度の予算をプラスして、機材のレンタル費や編集費を入れても30万円ぐらいの作品。見事なまでにくだらない映画でした。

ところで、

アナコンダⅡはやはり大蛇に飲み込まれる映画でした。


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本当に大蛇は存在するようですね。
馬を飲み込まれるのを目撃した人がいるそうです。馬に乗って川辺に散歩に行き馬を放牧して読書していたら馬のイナナキがしたので見ると大蛇に襲われていたそうです。慌てて助けに行って飲み込むのを阻止したらしいのですが、馬は助からなかったそうでうす。蛇は獲物の頭にかぶりついて胴で獲物の身体を締め上げるのだそうです。すると骨がボキボキになって飲み込み易くなるのですね。でなければ、幾ら大蛇とはいえ馬を丸呑みするのは苦しいです。蛇の業界では丸呑みして獲物を喉に詰めて窒息するのは最大の恥とされているらしいのですね。
だから、これでもかというほどボキボキしてから嚥下するらしいです。

昔の北欧の貴族の間では大蛇に飲み込まれる場合、頭から飲まれるのと足の方から飲まれるのとどっちがいいかという論議が盛んだったようですね。頭から溶かされるのがいいか、蛇の口の間から見える小さな世間の空間を眺めながら下半身が溶けていくのがいいか、あなたはドッチ!ということなのです。農民たちはドッチも嫌や!と言ったそうですが、この論争が30年にも及んだといいますから、貴族というのは暇だったのですね。
この論議に終止符を打ったのが上のボキボキ事件です。頭、足からにかかわらず最初にボキボキというのが嫌やなぁというところに落ち着いたのでした。


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日本人はあまり蛇は食べませんがアジアでは極めて一般的な食べ物です。とても美味しいらしいですね。残念ながら僕は食べたことがありませんが・・・。
蛇はグルタミン酸が多いから美味しいのだという意見もありますね。
そういえば、味の素は蛇から作っているというデマが流れた時代もありましたねー。
これとは関係なく、味の素が経営が芳しくない頃、社員からアイデア募集をしたところ、ある工場の女工から味の素の蓋の穴を大きくしたらどうかという提案が寄せられたのでした。その案を採用したら、なんと年間数十億の増収になったといいます。確かに穴を大きくすれば出る量が増えます。消費が拡大するというわけです。この女性社員は莫大な報奨金もらって本社企画室スタッフに昇進したと聞きましたが・・・。
今はどのメーカーも調味料や香辛料の蓋の穴が大きくなっていますが、元はこの女性のアイデアからなのですねー。


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蛇は毒蛇ほど美味しいともいいますね。アジアの混沌の街角ではケージに入れられた様々な蛇が売られております。眼鏡蛇なんかも美味しいらしいです。コブラのことね。
沖縄でも蛇がよく食べられるみたいです。ハブ酒などもあるので沖縄ではハブ獲り名人もおります。ハブは猛毒を持っています。毎年何人も噛まれていますね。
そんな危険なハブを獲るのは怖いですね。
ハブ獲り名人がハブを獲るために農道やサトウキビ畑を歩いていると農作業をしている人たちが、必ず、挨拶するそうですね。

ハブ・ア・ナイスデーと・・・・。


白磁の人  




白磁の人




良書である。“朝鮮の土となった人”と評された浅川巧の生涯を駆け足的に書いた本だ。微に入り細に穿つよりも駆け足的なのがかえっていい。著者の、浅川巧に対する思い入れが強くあるため好意的に書かれ過ぎているが、それを差し引いても良書だと評価できる。「朝鮮の、ことばを 芸術を くらしを そして友を愛した人」と帯に書かれている。浅川巧はそのような人であったらしい。

詳細な書評は省きたい。めったに本を褒めない僕が良書というのだから、興味が湧いた人は黙って読めばよろしい。間違いなくアナタの心を豊かにする一冊だと断言してあげる。

ただ、残念ながら廃版になっていると思うから読みたくても読めないかも知れない。
と、書くとますます読みたくなるでしょ。人の心理ってそういうもの。図書館を探してみましょう。書架に並んでいなくても倉庫に保存されていて取り寄せがきく場合があります。

『白磁の人』は友人が持ってきてくれた30冊ほどの中の1冊だった。どの本もこれといった食指が動かず、唯一手にしたのが『白磁の人』だった。貸与してくれた友人には申し訳ないが、食指が動かなかったということは、たぶん読むに値する(あくまでも僕にとって)本ではないと思う。別段思い上がっているわけではないが、何万冊も本を読んできたからパラパラとページを繰るだけで大凡の内容は掴めてしまうのだ。
暇を持て余している日が多々あるが、だからといって暇つぶしに本を読みたくはないし暇つぶしに音楽を聴きたいとは思わない。繁閑に関係なく読みたいから本を読み聴きたいから音楽を聴きたいと思う。
暇つぶしに読書や音楽を聴くなら、ヨットのコクピットで酒を飲んで微睡んでいる方がよほど得るものが多い。ただし、普通の人がやってもただの惰眠。この域に達するには何万冊も本を読み何万回も音楽を聴く必要があるのさ。
なぁんて偉そうに言っちゃって。



写真で分かるようこの本は貸与してくれた中で唯一無料の本だった。教鞭(死語?教鞭などといったら父兄からバッシングを受ける?)をとっている高校で廃棄処分になったのを貰ってきたという。友人は同じ本をもう1冊購入して蔵書としているそうだ。で、僕には金を出して購入した本ではなく、廃棄になった方を貸与したのである。
新品の本が傷むのを恐れたのではなく、彼からのサインだと思いたい。廃棄の印が押された本を混ぜたところに僕へのアテンションがあるのだ。

ちょっと脱線する。
以前から思っていることなのだが、図書館は本を廃棄するときに廃棄印をベタベタと押す。本に無能の烙印を押しているようで無性に腹が立つのだ。廃棄印を押しているのは図書を扱っている人間である。ベタベタと烙印を押すその愛情の無さは何なんだと思うのだ。しかも裁断して処分する勇気もないのだ。単に、無料で持ち帰った人が古本屋に転売するのを防止したいだけのことなのだ。心が狭すぎる。



この「白磁の人」に至ってはページ中にも印が押されている。陸な学校じゃない。学校の良否は教師が創るものだから、陸な学校じゃないということは、陸でもない教師しかいないということだ。廃棄本を救済してきた友人は少しはマシな方だといえようか。

『白磁の人』にソウルの国立中央博物館の学芸研究室室長の鄭氏(多分当時)の次のような言葉がある。
「青磁にはね、気品があるでしょう。愛情を持っている側に近づいていきます。まるで女性のように。気品があって美しいのでこちらも大切に扱おうとします。
それに対し白磁は静かでおおらかで自己主張をしない。見る側に決して負担を感じさせません。白磁を見ていると、まるで大切な友達に会えたような気持ちになれます」
青磁と白磁の違いを見事に言い表している言葉だと思った。
そして考えてみた。はたして僕は、青磁・白磁のどちらのタイプの人間かと。
しばし沈思黙考の末、つくづく思い至った。どこをどう透かしてみても、そんな上等な器ではないということに。

『白磁の人』(江宮隆之著:河出書房1994年初版 1600円)


不器用だった  




不器用だった


ケンさんが亡くなりました。

リドリー・スコット監督の映画『ブラックレイン』がクランクインする前だったので1987年、もう27年前も前のことになりますが、ヒルトン大阪ホテルで、ロケの下見に来ていたケンさん、マイケル・ダグラスさんのお二人とご一緒させていただいたことがあります。
その後、上階のコンベンションルームでミーティングし、北新地の創作料理店『カハラ』で食事をしました。何を食べたかは忘れましたが、ビンテージワインがすごく美味しくて2本空けたのは覚えています。あとで知りましたが、1本4万5千円だったとか。もう一つ、最後に出されたアッサムのミルクティーが素晴らしく、森オーナーに茶葉の品種や作り方を教えてもらったことも懐かしい思い出です。

今夜は多くの人が、独りで、あるいは友人たちと酒などを飲みつつケンさんを忍んでいるに違いありません。ケンさんとケンさんが歩んだ時代に自分を重ね、思い出しながら・・・。

ケンさんが任侠道から足を洗った最初の作品は「幸せの黄色いハンカチ」だったと思いますが、網走刑務所から出所した主人公の島勇作というところに任侠の残り香がありました。ドスこそ持ってはいませんでしたが、それはまぎれもなく“不器用ですから”のケンさんでした。その後、どんな映画のどんな役柄を演じても、ファンは次のように思い今に至っています。

あの映画の高倉健はよかったと。

スクリーンの中でも外でも、高倉健は高倉健を演じ高倉健で在り続けたたわけで、これ以上の不器用な俳優はいませんでした。さすがケンさんだなと思うのです。

当時26歳だった桃井かおりは斜に構えた魅力的な女優でしたが、「これで63。悪くないと思うワケ」と化粧品のCMで滑舌悪くしゃべっている姿を目にするたびに、歳は取りたくないと思うワケ。
28歳だった武田鉄矢は今と変わらぬ老け顔でしたが演技力はありました。ただ、その北海道旅行のあと、32年間も3年B組の教師を勤め上げたせいか、蘊蓄を押付けるのが好きな昭和オヤジになってしまいました。桃井や武田の経年劣化ぶりに比べると、ケンさんの一途な不器用さの、なんと新鮮なことか。

ケンさんが初主演の時につけられた芸名が高倉健。ケンさんはその映画の主役名の忍勇作を芸名にしたかったそうでダメ出しされ渋々高倉健にしたそうです。
『幸せの黄色いハンカチ』でケンさんが演じた役名は島勇作。忍勇作と似ています。デビューからずっと、忍勇作の名にこだわっていたのかも知れません。でももし、芸名が忍勇作だったら、のちのケンさんがあったのかどうか・・・。
だって、高倉のケンさんだから横尾忠則が「止めてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている」のポスターが描けイラストレーターとして大成できたのであって、忍ぶのユウさんだったら、場末のスナックの従業員以上のイメージは湧かず、創作意欲は起こらなかったと思うのですね。


以上、僕自身がケンさんとケンさんが歩んだ時代に自分を重ねて書いたわけですが、文中のある箇所で「おやっ」と違和感を持たれた方がいらっしゃったはず。

それは、「ケンさん、マイケル・ダグラスさんのお二人とご一緒させていただいたことがあります。その後、上階のコンベンションルームでミーティングし(以下略)」の、“その後”です。この文の流れだとこの接続詞は不用ではないかと、思いますよね。

実はこれ、ブラックレイン手法を使わせていただいたのです。ブラックレインはリドリー・スコットらしい独特の色調で表現されたデンジャラスで魅力的な大阪が見事に描かれていました。松田優作が自転車すら通行禁止の阪急三番街をバイクで走り回るぐらいは序の口で、あり得ない、実存しないシーンの連続なのに、それも紛れもない大阪でした。だからきっと、大阪の町を知らない人はブラックレインの世界が大阪と思ったに違いないのです。大阪人は大阪人で、自分が住む町がこんなにも魅力ある町だったのかと自覚させらたのでした。
映画は創作物であることは知っていましたが、そのことをリアルに再認識させてくれた作品でした。

なぜ「その後」の接続詞を挟んだのか。繋がりのない二つの出来事を「その後」で繋いでみたかったからです。

1987年の某日。某企業の顧問をしていた僕は、ヒルトン大阪上階のコンベンションルームでのミーティングに出席すべく、閉まろうとしていたエレベータに駆け込んだのです。そのエレベーターには二人の先客がいて、それがケンさんとマイケル・ダグラスだったのです。そう、エレベータをご一緒させていただいのでした。
ケンさんは奥の壁から10センチほど離れた所の左側に、両手を前で軽く重ねて立っていました。隣のマイケル・ダグラスが小さく見えたのですが、それはケンさんのオーラのせいではなく、身長がほぼ同じだったからかと思います。
ケンさんと目が合いました。瞬時にケンさんと分かりましたから軽く黙礼しました。ケンさんも黙礼を返してくれました。エレベーターの中でも高倉健その人でした。ケンさんは英語が達者ですから、僕が乗り込む前にマイケルに I am awkward...などと話しかけていたのかも知れません。

背中に二人のスターの目線を感じながらのエレベータは緊張ものでした。途中の階でケンんが「失礼」と言い僕の横を通り抜け降りていきました。この時僕は、何が何でも封切りで「ブラックレイン」観ると固く心に決めたのでした。それは2年後に実現させました。チケットさえ買えば誰でも封切りで観れますが・・・。

ミーティングのあと某企業の社長の招待で「カハラ」へ行ったのです。ワインの話もアッサムティの話も実話です。魅力的でユニークな社長で、懇意にさせていただいたものでした。その某社の商品開発部で仕事をしていた僕より25歳年下だった女性が、いま、2階の寝室で自分のイビキで窒息しそうになっている妻なのです。

1987年の某日は、二つの劇的ともいえる体験をした日でした。だから二つの出来事を繋いでみたくて書いたのです。ねつ造に見えるかも知れませんが、ケンさんと食事をしたとは一言も書いていないように、何一つウソは書いておりません。
エレベータ-で一緒になったぐらいで大袈裟なと思われるかも知れませんが、じゃあ尋ねますが、あなたは、ありますの?
京都の東映太秦撮影所そばの大衆食堂でケンさんが食べた丼で親子丼を食べた体験がありますのん?

僕はありません。





携帯ドラマの雄!  




携帯ドラマの雄!


僕の携帯に電話がかかって来る事はほとんどない。性格が良い方ではないので友人が少ないのである。世間ともあまりコミットしていないので知人も少ない。妻ですら僕の携帯を鳴らすことはほとんどなく、時々、生死を確かめるためにかけて来る程度だ。そして「生きてる?そう・・」と、いつも残念そうに電話を切る。そういう時の僕は必ず台所へ行ってコンロのガス栓が閉まっているか、寝室のドアの上に鉄アレイがぶら下がっていないか、生命保険の証書が増えていないかなど、不穏な動きが無いか確かめに走るのである。

そんな僕の携帯だが、最近、電話が鳴ると思わず小走りに部屋の隅や電柱の陰に身を寄せて小声で「ジャックだ!」と言ってしまうのである。また、携帯のボタンやTVのリモコンボタンをピピピと速やかに押そうとしてしまうのだ。

ドラマの『24-Twenty Four-』の見過ぎなのだと思う。ファイナルシリーズまで全て、しかも短期間に一気に見たので否応なしにジャックになってしまっているのだ。

なにを今さらだと言うなかれ。レンタルDVDは旧作でしか見ないから3~4年遅れになるからである。近年のアメリカ映画はどれもこれもCGアクションに頼りすぎ内容が薄いから新作を借りてまで見たいとは思わない。
単品作品が駄作ばかりなので連続もののドラマを借りるのだが、最近はもっぱら韓国ドラマを見ている。連続ドラマなので話が長い。当たり前のように80話90話。新作を追いかけていては金がかかりすぎるし、「ねぇねぇ、チャン・グンソクの最新作“ラブレイン”が盗作で訴えられたって知ってた?」などと隣の奥さんとダベりたいと思わないのでので、ドラマも見るのは旧作ばかりなのだ。

旧作なので全作品揃っているので一気に見てしまうため、つい作品と同化してしまうのである。だからペ・ヨンジュンになったりジャックになったりチャングムや朱蒙(チュモン)になったりキム・サンスンやキム・タックになったりで忙しいのだ。



このドラマを見て思うのは、ジャック の職場のCTU(テロ対策ユニット)は携帯が無いと成り立たないということだ。ドラマの3分の1は携帯で喋っているか、携帯でデータを検討しているかなのだ。それでいて秘密裏に敵の陣営の中を這い回っている時には携帯が鳴らないのである。マナーモードも設定していないようだから綱渡り的だと思うのだが、鳴らないし、たまに鳴っても敵に聞こえない音量だし早打ちガンマンのようにポケットから携帯を取り出し通話を始めるのである。「ジャックだ!」と・・。

そして、これも携帯の特徴だと思うのだが、その“軽さ”ゆえか「アイラブユー」のセリフが頻繁に行き来し、アイラブユーが何度も裏切られるのである。アメリカではアイラブユーはオハヨウよりも軽い言葉だと覚えておこう。

また、さすがは世界のUSA、地下でも水の中でもトンネルでもシェルターの中でもどこでも携帯が通じるのだ。素っ裸のベッドシーン中でも携帯は必携だし、そういう時に限って鳴るものなのだ。そしてスイッチを押して言う。「ジャックだ!」

国家存亡の危機を担う情報機器なのでとっかえひっかえ新機種に替えていると思うのだが、捜査官たちは全員、携帯ショップのカウンター嬢以上に新機能に習熟しているのだ。いつ勉強や訓練をしているのか不思議だが、とてもスゴイと思う。

一番スゴイなぁと思ったのはキー操作の速さである。ピポパッパッパなのだ。無茶苦茶速い。PCのキーボードを打つ時は特に速くて、常人には10文字ぐらいしか打っていないように見えるのにモニターにはサーと文字が並んで行くのである。ものすごい修行をして会得したのだと思う。
アメリカ人の指は日本人の指の2倍以上の太さがあり、指先の器用さは日本人の12分の1なのである。その太い指と不器用さで、あの小さな携帯のキーを目にも留まらぬ速さで押すのである。恐るべし、ジャック・バウアー。


上の記事は2012年6月に書いたものです。
なぜいかと言いますと、レンタルDVD店の店先に『24-Twenty Four-』の新作の宣伝バナーがはためいていたから。
まさかの、ドラマ復活である。
ちなみに脇役のクロエ・オブライエン(メアリー・リン・ライスカブ)のファンなので、彼女の演技が見れるのは楽しみだ。
携帯電話抜きでは成り立たないドラマので新作で不可欠なアイテムだろうが、これまでのガラケーと違い今度はスマホだと思う。新機種の機能に習熟するため秘密基地で特訓を積んだはずだ。

恐るべし、ジャック・バウアー。


タダやってんPARTⅡ  




タダやってんPARTⅡ


別府葉子さん が夜中に病院に担ぎ込まれたそうだ。先日はパソコンが壊れたらしいのだが、ついに身体も壊れたのかも知れない。近くに高圧線があって強い磁気でも発しているのかも知れない。知れないを連発したのは、緊急搬送された理由が一言も書かれていないからだ。だから、食あたりなのか風邪なのかテング熱なのか陣痛なのか流産なのか子宮癌なのか乳癌なのか、歌手なので喉頭癌なのか、痔が破裂したのか、あるいは危険薬物のせいなのか不明なのである。

このあたりが、この人の良くないところである。「夜中に病院に担ぎ込まれてしまいました」とたった一行だけ書き、不安のタネをファンや訪問者に与えて知らぬ振りなのだ。彼女に心酔しているファンにとっては大きな出来事なのである。なのに原因が書かれていない。ファンの不安を一層掻き立てる。
おそらく彼女は、深層心理のところでファンを大切な存在とは思っていないのだ。相手のことを思い測る気持ちがあれば、心配させないために入院理由ぐらいは書くはずだからである。それが例えば痔の破裂で理由が書きづらくても、症状を匂わす程度のことは書けたはずである。
「夜中に緊急搬送された」ことに、ファンや訪問者がどんな想像を巡らしどう反応するかを楽しんでいるのかと思いたくなる。入院理由を書かないのなら、緊急搬送されたことも書かなければいいわけで、なぜつまらないことを書くのだろうと思う。
僕も彼女のファンだが不安ではない。心酔しているのは歌の、それも特定の歌なので彼女の痔には(原因が書かれていないから原因が痔の破裂でもいいはず)興味がないから、ま、お大事に、である。


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痔の話はこれぐらいにして、冒頭の写真は、頂き物第二弾だ。図書館へ行ったところ、さすがに量は半分以下に減ってはいたが、「ただやってん」がまだあったのだ。今回は遠慮せずに8冊頂いてきた。

上段左から。
「ロングショットをもう一丁(日本競馬名人列伝)」岩川隆著:マガジンハウス(1990年)は、競馬にまつわるエピソード集である。(と思う)
若い頃僕は、色川武大が阿佐田哲也名で書いた麻雀ものを始め、競馬・競輪・横山やすしの「かまし一発 競艇人生」まで、ほとんどのギャンブル小説を読んでいて、僕自身も競馬本を2冊出版してるので、その延長上で頂いてきた。
いまでも忘れられないのは黒鉄ヒロシの漫画。
イカサマ麻雀を暴く漫画だった。麻雀のイカサマといえば積み込みやすり替えや通しだが、それを暴いたのではないのだ。やにわに「待てっ!」と叫んで、相手が積もった牌を奪い取りガリッと噛むのだ。すると牌の中から鉛が出てくるというもの。同じ目が出るようにサイコロに鉛を仕込むもとはあっても、麻雀パイに鉛を仕込んでも何の意味もないわけで、黒鉄ヒロシのその感性に脱帽し、抱腹絶倒させてもらった。
麻雀好きで役満をもじってペンネームにしたやくみつるのセンスの無さとは雲泥の差である。

「日本の原像」吉本隆明・梅原猛対談:中央公論社(1986年)は、たぶん以前に読んだと思う。吉本隆明は全集を持っているし、梅原猛は「隠された十字架 法隆寺論」「水底の歌 柿本人麿論」「さまよえる歌集」「塔」など、学会で常識化している学説を覆す新学説には目から鱗の思いがしたものだ。

「ボーダー」(双葉社:1994年)と「越境者」(講談社:1993年)は戸井十月の小説。戸井十月はルポライターやバイクで世界各地を旅した人としての方が名を馳せていると思う。

「上海(モダンの伝説)」森田靖郎著(JICC出版局:1990年)は上海租界の話。森田靖郎は主に中国関連のルポを多く書いている。チベットのルポを昔読んだと思う。
※JICC出版局は現・宝島社

「伴走者」木村孝治著(JICC出版局:1990年)瀬戸を始め多くのアスリートを育てた中村清の話。木村孝治はノンフィクションライター。

「マンハッタン5丁目ルームナンバー10」松本秀一著(博美館出版:1991年)は、300万円と1枚の絵を持ってソーホーのアートの世界に飛び込んだ青年の物語。小田実の「なんでも見てやろう」のマンハッタン版のようなものだと思うのでたぶん面白いはず。

「売国奴の持参金」フレデリック・フォーサイス(篠原慎訳 角川書店:1991)
フレデリック・フォーサイスといえば「ジャッカルの日」や「オデッサファイル」あるいは「戦争の犬たち」である。「ジャッカルの日」はリチャード・ギアとブルース・ウィリス主演で、「オデッサファイル」はジョン・ボイドで映画化されている。映画、面白かったです。そんな、フォーサイスの小説だから、面白いだろうと思い頂戴した。

以上の8冊。どれも一度も読まれた形跡がございません。

もったいない。

タダやってん  




タダやってん




図書館に行ったところ、フロアに古本の無料持ち帰りコーナーが設けられていた。
2~3年に一度、この催しがあり、毎回何冊か持ち帰ってくる。
冒頭の写真は持ち帰って6冊。他にも持ち帰りたい本が何冊もあったが、他の人のことも考えこれだけにした。
テーブルの上に並べ写真を撮ったあと、堅く堅く絞った台拭きで丁寧拭いてやった。



『栄光のポーツマス(サム・ルウェリン著)1991年初版』は、イギリスのポーツマスからポースマスに戻る世界一周ヨットレースを舞台にした冒険小説だ。まだ一頁も読んでいないが、ご存じのように僕は海の古塩なので、わくわくする内容だと思っている。
小さな級数の450ページの大作だ。この本、ページの間に早川書房の案内パンフが挟まったままだった。図書館では誰にも読まれていなかったのだ。海やヨット関連の書籍は日本ではあまり売れないし読まれないのだ。





『風の中の男たち(鈴木義昭著)1991年初版』は色んな男たちのルポ集。これも面白そうだ。この本も読まれた気配がない。黒く汚れていて倉庫で長く眠っていたのではないかと思う。



『文学の現在(江藤淳著)1989年初版』対談集だ。対談相手は吉本隆明・中上健次・富岡多恵子・川村湊。



『わが心のウディ・ガスリー(矢沢寛:訳)1986年初版』あのウディ・ガスリーのことが書かれた本。この本も一度も借りられた形跡がない。ウディ・ガスリーの「わが祖国」(This land is your land)は若い頃に天王寺公園やアベ地下や梅田地下、新宿西口の路上でよく歌った。フォークを辿ると、ボブ・ディランやピートシーガーを辿ると放浪の吟遊詩人のようなウディ・ガスリーに辿り着く。その彼のことが書かれた本を手に入れたわけで、なんという僥倖とつくづく思う。



『百の男(山口洋子著)1985年初版』山口洋子は作詞家であり直木賞作家。五木ひろしの初期のヒット曲はほとんど全て山口洋子が手がけた。銀座の高級クラブ「姫」のママの方が有名だったかも知れない。『百人の男』はその幅広い交友歴を綴ったものというか、人物像を書いている、ようだ。(まだ読んでいないので)
鈴木義昭の『風の中の男』と違い、内容は軽そうに思える。幾人か分を読んでみて、あとは読まないかも知れない。



『アボジ(キム・ジョンヒョン著:日本語版監修つかこうへい)1998年刊行』
アボジ(父さん)というタイトルとつかこうへいの名に惹かれ持ち帰った。韓国人作家の現代小説だ。




ブルース・スプリングスティーンのカヴァーで。



それは秘密のアッコちゃん  




それは秘密のアッコちゃん




韓国時代劇『大王世宗(テワンセジョン)』全43巻86話。
李朝時代の最も優れた君主といわれている4代国王世宗の生涯を綴った作品だ。人物像や業績については、ウィキペディア(Wikipedia) を参考にしていただければと思う。

世宗は1400年代に生きた人である。中国は明、日本は室町時代にあたる。世宗の最大の功績はハングル文字を創ったことにつきる。ハングル文字以外にも多くの業績を残しているが、そうした業績の数々が収斂した先にハングル文字があると僕は思っている。

例えば、天文儀がある。六分儀のようなものだ。世宗は朝鮮独自の天文儀を作ることに固執した。朝鮮独自の暦を作りたかったためだ。それまでは明の暦を使った。明の暦は明が持つ天文儀で天測作成した暦だから朝鮮で使うと誤差が出る。種を蒔いても芽が出ない、雨期を予測して事業を行ったのに乾季が続き干魃被害がでる、あるいはその逆といったことが起こる。

干魃や増水被害が出ても王族や朝廷の官吏たちは困らない。例年通り年貢を取るだけだ。疲弊するのは民だけ。この搾取構造は日本でも同じなのは水戸黄門をみれば分かる。

日本の場合、平成になった今も変わっていなくて、経済干魃ともいえる大不況下でも例年通りの年貢(税金)を絞り取られている。そうして集めた血税総額は38兆円。対する朝廷の官吏(国家・地方公務員)の給与総額は42兆円なのである。民の平均年収400万円に対し官吏の平均年収は840万円。平成の民は官吏を養うために年貢を納めるという、強烈な搾取構造に泣いているのである。

明は天文儀や暦を周辺諸国をコントロールする武器として利用したが、朝鮮独自の天文儀や暦を欲した世宗の目的は覇権を守るためではなく、疲弊する民の暮らしを良くしたいがためだった。彼の賢王たるゆえんだ。

日本は仁徳天皇が人家のかまどから炊煙が立ち上っていないことに気づいて租税を免除したことがあるが、1800年も前のことで、それ以後は王族も朝廷も覇権争いに明け暮れ民を忘れ今日に至っている。NHKの時代劇ドラマの英雄たちは、国や国民のためといった目線に欠けた勢力争いの主人公でしかないのである。

ハングル文字は朝鮮語(会話として言葉)を11の母音と17の子音の計28個に分解、記号化し組み立てることで表した表音文字である。
民族はそれぞれ独自の言葉を持つ。喉や舌や唇を使った表音の仕方が異なる。民族独自の言葉だから文字で残す場合、他の国の文字では微妙にニュアンスが異なるから言い表せないことが多い。鶏の鳴き声の表現が国によって違うのは、聞こえ方が違うのではなく、聞こえたものを表現する言葉の背景が違うからなのである。
日本の場合はかやぶき屋根の農家の庭先という狭い空間で鳴くから鮮明なコケッコーであって、アメリカのクックドゥードゥルドゥーは、広い空間に鳴き声が拡散するためだ。フランスのココリコは、フランスのエスプリ、鶏の鳴き声も小粋に聞こえるのである。

ハングル文字が生まれるまでの朝鮮語は中国の漢字を使い表記していた。世宗が独自の文字を欲したのは、漢字では自国の文化を表現し切れなかったのと、漢字は難しすぎ誰でもというわけにはいかず、一部の特権階級しか学べなかったからだ。

28個の表音記号の一つ一つはとても簡単な記号だ。この記号を覚えてしまえば、あとはそれを組み合わせて表記するだけなので、誰もが文字を持つことができたのである。ハングル文字は民のための文字なのである。このように見てくると、ハングル文字がとても素敵な文字に思えてしまうのは僕だけではないと思う。

余談になるが、11の母音を持つ韓国人にとって、同じウラル・アルタイ語系の親戚かつ5つの母音しか持たない日本語は簡単に覚えられる言語であるらしい。訪日した韓国芸能人たちがすぐに日本語を話し始めるのはこのためだ。親戚の言葉なのに、逆に日本人には11母音を持つ韓国語は難しいらしい。難しくて、昨年僕は1ヶ月で挫折した。(根気がなかっただけでしょ ← 妻)

民が文字を持つのは簡単なことではなかった。朝廷の官僚たちが大反対したのである。民は無知の方が扱いやすい。民に文字を与えると自分たちの特権がなくなる。民が文字を持つと知恵がつく。知恵をつけると下克上が起こる。武士の覇権争いの下克上ではなく、民の下克上は専制君主制の否定につながる。君主にぶら下がる権力者側にとっては脅威だ。権力者にとっての民は、無知のままがいいのである。最近の(とは言っても20年も前になるが)例だと天安門事件。あれは中国政府が無知から脱皮しようとした人民を押さえ込むための弾圧だった。

最近の例だと秘密保護法。この保護法が悪法なのは、デモのシュプレヒコールはテロと同じと石破茂幹事長が言ったように、民の行動や知る権利を権力側がどのようにでも拡大解釈して規制できるだけでなく、情報を隠蔽することで民が無知化無力化し、扱いやすくなる。以前のブログで安倍にチョビ髭をつければヒトラーと重なると書いたが、自民党一党独裁政治の道をまっしぐらなのである。

世宗は朝廷の役人以外に学者の府(集賢殿)を作り王の事業補佐を担わせたのだが、その学者たちからも猛反対される。彼らもまた自分たちの権力を守ろうとしたのである。民主政権時代に行った事業仕分けに学者たちが反対声明を出したアレが、600年前もあったといういことだ。孤立無援の中、世宗は少数の協力者と水面下で隠密裡に長い年月をかけて研究を重ねハングル文字を完成させるのである。

明は、朝鮮独自の文字を持つことを非難し妨害した。朝鮮を御せなくなるからである。内からは朝廷や学者から猛反対され妨害を受ける。まさに内憂外患。よくもまあハングル文字を完成させたものだ。

現代に住むわれわれは、読み書きができて当たり前と思っているが、かくのごとく、民が読み書きできるようになるまでの道程は長くて厳しいものだったのである。

韓国時代劇『大王世宗』全43巻86話。
数百冊の本を読むよりも遙かに学ぶことや得るものが多い作品である。


能は面白い  




能は面白い




能舞台の鏡板の老松を背景にオジサンが二人。その写真に『能はこんなに面白い!』のタイトル文字を重ねただけの表紙デザイン。なんだか能の簡易入門書のように思える。で、実際の内容はというと、まさに簡易入門書なのである。ただし手取り足取り的な通俗的ハウツー本ではない。表紙の装丁からはまったく想像ができない世界がこの本の中に詰まっている。
能は申し合わせを一度するだけでリハーサルをしないのだという。以下は抜粋文。

「能楽師は舞台に入る前はあまり準備をしないという話を、ワキ方で下掛宝生流の安田登さんからうかがったことがあるんです。リハーサルを重ねて、だんだん盛り上げて行って、ピークになったところで舞台に出るというのじゃなくて、人によっては15分前に楽屋に入って5分で弁当を食って、5分で装束を着けて、そのまますいっと舞台に出てゆくんだそうです。でも、たしかに能舞台はこちらの世界とは別世界ですから、別世界に入るのにこちらの世界で準備運動してもあまり意味が無いんですよね。だんだんグラデーションでこちらの世界から別世界に移行するわけじゃないから。いきなり違う世界に入り込むわけですから、楽屋で準備したものを舞台にそのまま繋げるという発想自体が能にあわないかも知れません。(以下略)」

とても面白い話だと思う。この話を前提にこの本の表紙の見直してみると、オジサン二人が能舞台の上で面をつけずに座っている世界はこちらの世界である。オジサンたちの表情は嬉しそうで幸せそうだ。だからなんとなく、この本はお稽古事の卒業生の記念作品的な内容と思ってしまう。
けれども、上の文にあるように、能はこちらの世界の延長上にあるのではなく別世界なのである。この本もそうで、こちらの世界の表紙を一枚めくったそこには、別世界が展開されているのである。
この、記念写真を配しただけのような表紙が、読者をこちらの世界から別世界にすいっと入らせるための意図的なデザインだったというなら、このカバーデザインを考えた編集者は間違いなく能に精通している。でもたぶん、予算の関係から装丁に金をかけられなかっただけというのが実情なのだろうけれど。(笑)

この本は思想書であり哲学書だ。表紙からは想像もできないほど深遠で濃い内容なのである。いや、能の世界がかくも深遠で濃いということなのだ。しかも面白いのである。本が好きな人、ということは、行間に思いを馳せることができる人にはとてつもなく面白い本だと断言できる。(1890円:小学館)



左から『信光・世阿弥以後』、中は『かくて老兵は消えていく』、90歳を超えた佐藤愛子の著書である。右は『五十肩はこうなおす!』だ。60を過ぎても五十肩というのかどうかは知らないが、丁度いま五十肩なのだ。左腕が激しく痛み水平までしか上がらない。その左を庇うせいか右肩も同じ症状が出始めている。昨年も同じ症状になり行きつけの整体医院に長く通った。昔は行きつけとと言えば飲み屋か食べ物屋、洋服店たったものが今は整体医院や病院ばかり。と愚痴っていてもしかたがないので話を進めよう。

三冊とも図書館の新書棚に隣同士で並んでいたのだ。『かくて老兵は消えていく』は特に読みたいと思ったわけではなくパラパラとめっくってみて、ある意図があって借りた。五十肩は当然、今の僕の切実な問題の解決策としてである。

『信光・世阿弥以後』のぶ厚さをご覧あれ。三冊並べたのは厚みを知って貰うためだったのだが、600ページもある。文字が多いだけではない。Q数(活字サイズ)が小さいのである。

そう、文字の大きさを比較するために『かくて老兵は消えていく』を借りたのである。老兵は消えてゆくは237ページだが文字サイズが大きいのと内容も年寄りの繰り言なので、耳鼻科の診療を待つ間にさらっと読み終えてしまい、途中から『信光・世阿弥以後』を読み始めたのだが、2時間の待ち時間で読めたのは34ページだけだった。内容を理解するのに時間がかかるのと、文字が小さくて読み辛かったのである。
このペースだと借り出し期間の2週間で読み切るのはとても無理である。読破どころか読み辛くて挫折する可能性のほうが高い。気持ちは、何度か借り直しても読み切りたいと思っているのだが・・・。


このドラマは空しい  




このドラマは空しい


「なんじゃこの結末は!」
まさかの出向とはと、『半沢直樹』の最終回を見た多くの視聴者はそう思ったに違いない。一方で、出向辞令にホッとした視聴者も多かったのではないだろうか。
なんとなく食い足らない最終回だったわけだが、ご安心あれ。このままでは終わりません。終わるはずがない。
あの、知る人ぞ知る不朽の駄作、『「アナコンダ』」ですら『アナコンダⅡ』」『アナコンダⅢ』と三作も制作されたのだ。
大蛇が人を飲み込むだけの映画でこれ。42%という驚異的な視聴率を叩き出した『半沢直樹』をTV局がワンクールだけで終わらせるはずがない。

あのヘタレの近藤ですら片道切符で旅立ち、絶対に戻れないはずの出向先から戻ってきたのである。近藤よりも数十倍も執念深い半沢直樹が銀行に戻って来ないはずがないではないか。
「あれだけ尽くしてやったのに出向させやがって。おのれ憎っくき中野渡頭取!」と怒髪天に届くばかりに怒りに震えたはず。頭取には100倍返しだ!!
ということで、いかに倍返しすべきか十穀米の夕飯を食べながら妻の花と相談中なのだ。が、しかし花よ、たまには育児しなさい。

まさか組とホッと組。あなたはどちらだっただろう。
原作には、大和田常務に土下座させるシーンは無く、事実を暴いただけで会議室を出て行く爽やかさがあった。ところがドラマの半沢直樹は衆目の中で大和田に「やれー!」と怒鳴り床にねじ伏せる。その怒りの執念はネジを握りしめた手が血で真っ赤に染まるほど。

あの大場のシーンを見て快哉を叫んだ視聴者は、そのあとのまさかの出向に唖然とし、大和田常務よりも執念深く横暴という印象を抱いた視聴者は出向辞令にホッとしたといえようか。
『半沢直樹』は社会正義に燃えるサラリーマンの気持ちを代弁するドラマではなく、半沢直樹という個人の出世欲を絡めた復讐劇であった。舞台はメガバンクだが、暴力団の内部抗争と同じ構図をそこに見た。銀行も暴力団も、もめ事(大抵金欲がらみ)の解決には役に立ちそうにみえて、どちらも最後は相手をとことん絞る取るという点で同じだ。
東京中央銀行の幹部連中のあの怒鳴りあい。ふつう、銀行の取締役や部長や支店長があんな大声で恫喝しないが、態度は慇懃でも、心の中では相手を見下し怒鳴りつけているということなら納得できる。

「倍返しだ!」が一人歩きして視聴者の喝采を得たが、冷静に振り返って見ると脚本はとても安直なものだった。原作では半沢直樹の父親は死んでいない。あえて自殺させることでメガバンクを舞台にした半沢直樹の復讐劇の正当化を強調したのである。
ストーリーの安直さは至る所にあって、前半の西支店時代の5億円融資回収では、倒産させられた町工場の竹下社長(赤井英和)が解決の手助けをし、後半の東京本社ではフリーライターの来生(ダンカン)が同じ役割をする。同じ設定だ。「下町ロケット」が舞台を銀行から町工場に変えただけだったように、池井戸潤の作品は同じ手法が多い。
半沢の嫁の花が銀行幹部の婦人会で情報を拾ってくる設定や、衆目の中での怒鳴りあい。これらは韓国ドラマに頻繁に登場するシーンだ。監督もしくはプロデューサーが韓国ドラマファンなのか、あるいは手法をパクっているのかのどちらかなのだろう。

半沢は難問課題を一つ一つ解決していくが、その手法は相手を寝返らせるか脅すかのどちらか。前編の5億円融資では西大阪スチール社長の愛人、壇蜜(演技が超下手だった)に寝返らせる。ネイルサロンの開店資金の融資約束を飴にするわけだが、これ、かなり無茶な設定だ。ネイルサロンの開店資金などたかが数百万円。パトロンに出させれば済む話だし、銀行の融資と違い返さなくていい金だ。資金融資を飴に愛人の社会正義感に訴えるわけだが、社会正義感がある女が愛人なんかにはならないし、ネイルサロンがやりたーいなんて思わない、と思う。

なによりも、通常の融資手続きを踏んでメガバンクに申し込んでも、何の実績も持たない一個人にメガバンクが融資することなどありえない。最も身近な住宅ローンを見よ。頭金を積ませ連帯保証人を立てさせ、建てる住宅と土地を担保に押さえ、さらに所帯主に生命保険をかけさせるというアコギな貸し方。そこまでして2千万円の融資を受け3%の金利で20年借りると返済総額は3千万円。逆の預けた時の普通預金の金利は0.02%。2千万円を20年間預けて受け取る金利は微々たるもの。銀行は鉄板商売ではございませんか。

個人に融資はしないと言っても例外はある。銀行幹部をパトロンに持つバーやクラブのママが結構いたりするのである。自分が囲った愛人が実は暴力団の隠れ愛人だったりするケースも多いから、その暴力団員に脅されてフロント企業に融資させられるといったことがママ起こる。いま世間を騒がせているみずほ銀行の暴力団への融資も元はたぶんこれ。
銀行は確実に儲かる相手か確実に抵当物を持っている相手、愛人、もしくは弱みを握られいる相手にしか融資をしない。暴対法で暴力団への融資が禁止されているにもかかわらず融資をしたのは、儲かる相手ではなく、弱みを握られていた相手だったからだ。

メガバンク、都市銀行、地銀や信金といった棲み分けがある。メガバンクが零細事業主や個人に簡単に融資をするなら地銀や信金は不要だ。その地銀や信金ですら担保や保証人がなければ融資しない。銀行が簡単に個人に融資しないから保証協会があり、その保証協会ですら保証人を立てなければ銀行への保証をしない。だから保証人不要の消費者金融がある。そのサラ金の下に闇金が・・・。
銀行がアコムやプロミス等の消費者金融と提携しているのは、銀行は個人への融資をしないと明言しているのと同じ。個人の起業という夢には金は貸さず、高金利のぼったくり商売に金を貸すのが銀行なのである。

千歩譲って、仮にメガバンクが壇蜜へ融資するとした場合、それは特例中の特例なわけで、半沢が融資担当者に根回しなければ実現しない。そこには融資担当者への半沢の飴もしくはムチがあるわけで、半沢も大阪西支店長や大和田常務たちと同じ手法を使っていることになる。

半沢の情報収集や証拠を得るための飴とムチ手法は、大阪西支店長や大和田一派と同体質のものにもかかわらず、半沢の飴とムチは“善”なのは父親が自殺に追いやられたことへの復讐という“正義”を大義名分にしているから。この通俗性にも問題ありだ。
なぜなら、正義は一つではなく相対して二つあるからだ。例えば、企業と組合は本来相容れない対立関係がある。経営者側の正義と労働者側の正義だ。原発デモでの機動隊と市民との攻防は原発を正義とする国家権力と脱原発を正義とする市民との攻防だ。大抵は弱者の正義が敗れる。

単純に大和田一派を悪とせず、大和田一派の所行も正義とし、その正義に弱者側の正義が立ち向かうストーリーにしなければならず、そのためには、大和田一派と同質の飴とムチ手法ではなく、半沢に別の手法で対抗させなければならないが、「倍返しだ!」の連発で誤魔化してしまっている。

外部への出向は絶対に戻れない片道切符のはずが、ヘタレの近藤は大和田の飴に食いつき半沢を裏切ることで出向先から銀行へ戻ってくる。それまでの鉄壁ともいえる親友ぶりからは想像が出来ないほど軽い変わり身だった。しかもそのことを半沢は爪の先ほども怒らない。これも設定が甘い。その下りをちょっと抜粋してみよう。

半沢「生きてくって大変だな。お前みたいに、
   なりたくもない病気になっても、
   周りの奴らから一つの謝罪の言葉すらない。
   なった人間が悪いといわんばかりに片道切符の島流しだ。
   だが、お前は自力で戻ってきた。
   広報部はお前の夢だったんだろう?
   それを手に入れたんだ。いいじゃないか、それで」
近藤「半沢、でも俺は、そのためにお前らを裏切ったんだ」
半沢「何でだろうなあ。裏切られた気がしない。
   おまえはタミヤ電機を立て直そうと必死に頑張った。
   その結果、タミヤ社長を説得して証言を手に入れる事が
   できたんだ。だったら、それをどう使うかはお前の自由だ。
   お前はそれを使って銀行復帰を果たした。
   それはお前の実力だよ。俺がお前でも同じ事をしたと思う。
   誰だって生きてくためには、金も夢も必要だ。
   お前は銀行員として、当然の選択をしただけだ。
   報告書の事も気にするな。
   おまえは何も悪くない。良かったな。銀行に戻れて」
近藤「すまん」

なんだかとても恰好いい台詞だ。
けどね近藤君、コンちゃん。君が裏切ったのは半沢だけじゃないぞ。絶対に裏切ってはならないはずのタミヤ電気を裏切っている。タミヤ社長の証言を握り潰すことで大和田の妻に迂回融資させられたタミヤ電気の3千万円の資金回収が難しくなる。タミヤ電気はこの3千万円のせいで資金繰りに四苦八苦していたのではなかったのか?
半沢君、口をへの字の半次郎、怒鳴りの直樹ちゃん。手に入れた証言をどう使おうと自由だって?銀行幹部の悪行を暴くためという説得で得た証言ではなかったの。それを自分の利益のために使うことが正しいの?
「お前は銀行員として当然のことをした」という台詞は、なるほど、自分の利益を最優先してこそ、銀行員と公務員の鏡、っちゅうわけだ。だから次のように正々堂々と言う。
「おまえは何も悪くない。良かったな。銀行に戻れて」と・・・。

片道切符の島流しとはよくも言った。融資を受けただけで囚人の島扱い。無理矢理出向先にされてしまう企業を何と思っているのか。
妻の花もひどい。岸川常務の妻の「あなただけに教える」との信頼を裏切って右から左に直樹に流す。その結果、岸川は出向になる。流れから行けば娘の結婚も破談になる可能性が高い。岸川家は崩壊したわけで、自己利益のためなら平気で他人を蹴落とすのが半沢夫妻ということなのだ。子供がいるはずなのに花が育児をしているところを見たことがない。とても血が通っている夫婦には見えません。

余談になるが、バブル時代に全国に銀行の支店が雨後の竹の子のように作られたことがある。今は支店や営業所はほぼ皆無の状態で、僕が住む人口2万人の町には近くのホームセンターにATMが1つあるだけ。支店も営業所も消えた。月末や給料日前後になると雨天寒暑に関係なくATMの前に長い行列ができる。
全国津々浦々的に支店や営業所を増設した時代に銀行は次のような宣伝をした。「当行はお客様にご不便をおかけしないよう、また心地よいサービスをさせていただくために支店や営業所を増やしております」と。
だが、本音は別の所にあった。バブルの好景気の中で銀行員が溢れ始めた。年功序列だから新たな“席”を作らなければ役職のない平社員が増えるばかり。その社内的課題を解消させるために支店や営業所を増設したのである。だから景気が後退したら利用者の利便やサービスなどは二の次、自行の利益を守るために真っ先に支店や営業所を閉鎖したのだった。行員たちの処遇は、仕事のできる若手は別の支店に残し、トコロテン式に役職を得た無能な行員は片道切符の出向になった。彼らは誰一人銀行に戻っていない。
だが仮に左遷であっても、銀行員は出向先があるからまだいい。中小企業は出向先を持たないから解雇の憂き目にあうだけである。

公務員は銀行員以上だ。よほどの大罪を犯さない限り免職になることはない。公務員と一般サラリーマンとの給与格差が逆転してから公務員は増える一方で今に至っている。
公務員はダブついている。タクシーの規制緩和で台数が増えタクシー運転手がダブついているのと何ら変わらないのだが、タクシー運転手の給与は道路工事の現場で旗を振る交通警備員並にまで下落した。ダブついている公務員はというと平均的サラリーマンの約2倍以上の年収なのである。

いま国や自治体が「国民や住民のサービスのため」という名目で、○○センター的な名称の外郭団体が増え続けているのは、国民や住民の職員のポストを増やすのが目的なのである。肩書きを持たない平の公務員が中小企業の部長クラス以上の年収を得ていては国民や市民に恰好がつかないわけで、せめて見合った肩書きをということなのである。
幼児虐待や学校のイジメ、体罰、DVやオレオレ詐欺などの事件が増えれば増えるほど、外郭団体を増加させる大義名分になり○○センターや○○相談室が増えるだけのこと。住民サービスは名目にすぎないから保育相談室や育児センターは増えても保育所は増えないというように、事件や事故は減らないし無くならない。


半沢はその逆襲として、大和田派の筆頭、岸川取締役を脅して寝返らせる。金融庁検査官の黒崎と岸川の娘の結婚を銀行に暴露すると脅すわけだが、無関係な家族を脅迫ネタに使う卑劣さは大和田以上だ。同じことを大和田一派がやれば視聴者は大和田の卑劣さを非難したはず。そう思いません?
なぜ半沢なら許されるのか。親の復讐という大義名分だけでは根拠が薄すぎる。

『半沢直樹』の結末のつまらなさは、頭取の「私は銀行員としての貴方を尊敬していた」との大和田への台詞が追い打ちをかけた。大和田の行為は尊敬どころか銀行への裏切りであり詐欺行為。社内の不祥事で片付けることができない犯罪だから懲戒解雇だけでは済まず訴追されるのが普通だ。それを尊敬していると言い、平の取締役に降格するだけにとどめるというのは、事実や事件の隠蔽行為で視聴者をバカにしているとしか言いようがない。原発事故の東電やJR事故の経営者を見ればわかるように外への責任よりも保身優先。大和田への軽い処分は住み心地のいい銀行という家に住む自分の守るためのものであって、企業としての社会責任や社会正義を見ようとも考えようともしない処分。

『ハケンの品格』が派遣社員を増加させたように、『半沢直樹』は川の流れに逆うのは損と考える後ろ向きのサラリーマンを増やすだけのドラマだと思う。

土下座ストラップが250万個も売れているのだという。
なんてこった、アナコンダ。

記者魂  




記者魂


山崎豊子が亡くなった。88歳だった。元新聞記者だったからか真摯に“ウラ”を取る取材姿勢を貫き可能な限り資料を集めて肉厚な作品を書いた。「白い巨塔」の財前五郎、「沈まぬ太陽」の恩地元、「大地の子」の陸一心(松本勝男)のように実際の事件や出来事を素材にし架空のモデルを主人公に置いて小説が組み立てられているのでノンフィクションと思ってしまうが、どの作品も限りなくノンフィクションに近いフィクションなのである。そこに迫力があった。

山崎豊子の創作姿勢は新聞記者時代の先輩であり師であった井上靖の教えによるという。それは「100の取材や情報収集で使えるのは一つ」というもので、納得できるまで徹底的に調べなさいということである。井上靖も同じ姿勢で小説を書いた。産経新聞の記者だった司馬遼太郎もそうで、新聞記者はどんな特ダネでもウラ(事実かどうかの関係者の言質をとる)を取らなければ紙面に掲載しないという、ジャーナリストとしての矜恃を持ち、それを記者魂と言ったりするが、彼らはそういう魂を持った作家だった。

司馬遼太郎の書き方の特徴の一つに「と言ったかどうか」というのがある。それは坂本竜馬が「南方しぇんせ(先生)!」といったかどうか・・・。という書き方で、資料を漁りその時代のその日のその時間まで迫ろうとする姿勢が、「言ったかどうか」という至近距離の当時のシーンの描き方になったのだと思う。

山崎豊子も井上靖も司馬遼太郎も好きな作家でほぼ全作品を読んでいるのだが、中でも山崎豊子の作品は申し訳なく思いながら読んだ。というのも、あまりにも長い年月をかけて書き上げた小説ばかりだったからだ。例えば中国残留孤児をテーマにした「大地の子」は書き上げるのに8年かかっている。何度も中国に足を運び当時総書記だった鄧小平の取材も成功させている。そんな超大作を読めるのは嬉しいことなのだが、長い年月と膨大なエネルギーを注いで書き上げた作品をわずか数時間で読んでしまって申し訳ないという気持ちがいつもつきまとったのである。

88歳。天寿を全うされたと思うべきなのだろうが惜しまれる。まだ70歳ぐらいであって欲しかった。もう一作書いて欲しかった。
題材は福島原発事故。未だに汚染水処理に追われるだけで、その汚染水処理ですらだだ漏れ状態にも関わらずコントロールできていると世界に豪語する総理大臣や経済最優先の論理一点張りの各電力会社の原発再起動主張を山崎豊子ならどう扱うか。どう深くえぐるか。作品の中でどう追求するのかを見たかった。

安倍首相にチョビ髭をつけて見るといい。アドルフ・ヒトラーと画像が重なる。滑舌の悪いしゃべり方すら似ている。ヒトラーはユダヤ人を大量虐殺した悪の権化のイメージだけが後世に残っているが、支持者がいなければ裸の王様でしかない。彼を独裁者というが、独裁者は熱狂的な支持者に囲まれていて始めて独裁者たり得る。
ヒトラーは権威と国威高揚のためにベルリン五輪を招致した。この点でも安倍と重なる。
ヒトラーはユダヤ人は人にあらずと大量虐殺した。安倍は福島原発や大震災の被害者を真剣に顧みることをしない。仮設住宅は鉄条網を巻いていない収容所と同じだ。そこに住まわせたまま何年も放置している光景はアウシュビッツそのものである。
先の派遣法の緩和だけでなく、いま以上に企業が自由に派遣社員を使えるよう特区構想まで通そうとしている。まるで弱者は人にあらずと言っているようなものだ。弱者の奴隷化。毒ガスを使わないだけで、じわじわ絞め殺す大量虐殺と何ら変わらない。

安倍は総理よりも総統の道を驀進中なのだが、そのことに気づいている国民は少ない。
良くも悪くも政治や権力や経済やスポーツまでも全てが東京に集中している。蘇った三波春夫の五輪音頭の下、その東京が円安株高と五輪招致成功と巨人優勝で踊りに夢中でマイナス要因を見ようとしない。
岡目八目という。東京を碁盤や将棋盤に見立てると、地方に住むわれわれの方が盤面がよく見通せる。対局者には見えていない違う手筋も見える。
一市民の僕ですら盤面が見える。優れた記者魂を持つ山崎豊子なら、いまの日本のこの現状をどう分析し総括しまとめあげ、そして展望を示唆してくれただろうか。それを思うと彼女の死が惜しまれてならないのである。
合掌


Sous le ciel de Paris  




Sous le ciel de Paris




ずいぶん涼しくなり犬の散歩が楽になった。
こんな景色の中を歩いていて、ふと思い浮かんだのはイタリア映画の『道』だった。
監督はフェデリコ・フェリーニ。キャストはアンソニー・クインとジュリエッタ・マシーナ。
フランスの俳優ならジャン・ギャバンやリノ・バンチェラ、イタリアの俳優だとアンソニー・クイン、エジプト人俳優のオマー・シャリフたちが僕は好きだ。いずれも遠い昔の名優だから、僕のブログを読んでくれている方たちは、よほどの映画好きでない限り、「誰?」的な俳優だろうと思う。

日本はかつてフランスブーム時代があった。文学や思想哲学ならサルトルや妻のボーボワール、カミユ、リルケ、音楽はシャンソン、そして映画。アメリカナイズされる前にフランス文化のシャワーを浴びた。僕たち世代は和の文化の上にフランスのエスプリ、その上にアメリカナイズという3層コーティングなので、2層コーティング世代や2層世代を親に持つ和文化を持たない単層世代よりは深く味わいのある渋い仕上がりなのである。
ま、例外はありますが・・・。

サルトルの叔父がシュバイツアー博士で幼児の時に父親を亡くしたサルトルがシュバイツアーに引き取られ育てられたことや、若い頃の僕がリルケ詩集を読みふけっていたことはあまり知られていない。僕の中学生の時の夢は、パリへ行き、セーヌ川の湖岸に寝そべって「パリの空の下」聴くことだったのである。川なのに、“湖岸”に寝そべってというあたりが若さ故である。この頃はまだウオークマンなどは生まれていないから、どんな手段で河川敷で音楽を聴くつもりだったのかという突っ込み無用だ。理路整然とした夢など夢じゃない。
たぶん、パリは天空からいつもシャンソンが振り注いでいる思っていたのだ。だってフランス映画の中のパリの街はいつも音楽が流れていたのだもの。

その夢は、後にツール・ド・フランスの取材に行ったときに叶えた。歌に出てくるベルシー橋はコンコルド広場からセーヌ川を遡行したパリ12区(13区だったか)のベルシー駅のそばにある。
橋の欄干にもたれ、一緒に行こうと語り合った亡き親友を偲んだ。橋に佇んで始めて分かったことがある。音楽は頭の中に流れているということを・・・。

ジュリエッタ・マシーナはあまり馴染みのない女優だと思うが、フェデリコ・フェリーニの妻である。フェリーニがまだ無名の頃に彼と出会い結婚した。
『道』は切なくやるせない映画だった。ジュリエッタ・マシーナが演じたジェルソミーナのジェルソミーナはジャスミンという意味だと後に知る。

ジャン・ギャバンの映画はほとんど観ている。まだテレビがモノクロだった時代に、深夜に放映されていた時期があったからだ。僕の家にはテレビが無く、一緒にパリへ行こうと語り合った友の家で観た。
ジャン・ギャバンの映画はどれも好きだが、中でも『望郷』(原題:Pépé le Moko)が好きだ。当時フランス領だったアルジェリアのカスバが舞台の映画で、カスバの中に隠れ住むぺぺル・モコは故郷フランスへ帰りたがっているのだが、カスバの外には逮捕しようと待ち構える警部(だったか?)がいて迂闊に出ることができない。その望郷の念との葛藤が描かれた異国の匂いがプンプンする映画だった。

リノ・バンチェラが出演している作品の中で最も好きな映画は『冒険者たち』だ。アラン・ドロン、リノ・バンチェラ、ジョアンナシムカスの男女が織りなす交友と宝探し冒険の映画。テーマ曲の『愛しのレティシア』も良かった。若さが横溢した秀作である。

オマー・シャリフはアラビアのロレンスで助演男優賞をとった俳優だが、あまり知られていないと思う。僕はむかし、シーツを頭からかぶりアラブ人の真似をし写真を撮ったことがあるのだが、オマー・シャリフそっくりだったのでこの俳優が好きになってしまったのだった。今はただの日本人のオッサンだが若い頃はアラブ系の顔立ちだったのさ。
オマー・シャリフは長く映画界から遠ざかっていた。2003年に復帰して撮ったのが『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』である。
食料品店のトルコ移民の老人役のイブラヒムを演じているのがオマー・シャリフなのだ。この映画もなかなかの佳作で、フランス映画だとつくづく感じさせる一作だ。
まだ観ていないという方はぜひご覧あれ。TUTAYAにもゲオにもあると思う。




意外なことに・・・。  




意外なことに・・・。


上村一夫が死んで四半世紀も経つことを最近知った。四半世紀前の僕は、公私両面でとても忙しくしていた頃なのだが、そういう時期だったからこそ世情の出来事にも敏感だったはずだから彼の訃報を見逃すはずがないのである。にもかかわらず最近まで彼は今も健在だと思っていたこの錯覚はなんなんだろうか。

逆の訃報、つまり今も鮮明に覚えているのは開高健の死である。彼が彼岸に去ってからでもすでに23年が経つが、訃報に接したときの情景は今も鮮やかに記憶にある。
そのころ僕は大阪の守口市にある公団住宅に住んでいた。彼が亡くなったその日は、ちょっと紆余曲折のあった女性と一緒に、車で10分ほどのダイエーに彼女の着替えを買いに行った帰りで、公団の駐車場に車を停めようとしたその時にラジオのニュースで知ったのである。
ダイエーで着替えを買うなど貧乏臭い話だが、ブランドなどどうでもいいというほど急いでいたところに、どこにでも転がっている男と女の恋の物語、けれども、本人たちには極めて真剣な恋愛ドラマがあったわけだ。その、男女関係のもつれの独特の昂ぶりと興奮が僕たちを包んでいたのだが、その緊張感を和らげるために普段はめったに聞かないカーラジオのスイッチを入れていて訃報を知ったのである。
訃報を耳にしたとき、恋愛ドラマの渦中にいるというのに、瞬時にして世間の何もかもが色褪せてしまい、激しい喪失感に襲われ脱力し、しばらく車から出ることができなかった。そしてなぜか脳裏に浮かんだのは、彼の、自分の名前に関するエッセイだった。

開高健の「開」はカイやヒラクだけでなくボボとも読む。ボボというのは女性のあの部分の呼称である。「開」のヒラクは天の岩戸が開くのヒラクである。天の岩戸が開くというのは女性が男を受け入れることをいうわけで、ボボは神話にまで遡る歴史ある(?)呼称だということなのだ。
つまり開高健は、恥骨が盛り上がった健やかな女性のアソコという意味になる。彼はそんな自分の名を、男の名前としてふさわしいのか、堂々と名を名乗っていいのかとか、なんとなく恥ずかしいとか、そういう意味合いのことを自嘲を交えて面白おかしく書いていたのである。

彼の作品のほとんどを読んできていて幾つもの珠宝のような作品に接してきた。それなのになぜ僕は、他のどれかではなく、訃報を耳にしたイの一番に、どうでもいいような高く健やかなボボの話を思い出したのか。その理由は今も不明のままなのだが、おそらく真っ先にそのエッセイを思い浮かべるほど開高健の名は僕の中では血肉化されていたからではなかったかと、今は思っている。

高く盛り上がった健やかなボボのエッセイが脳裏に蘇ったとき、僕は着の身着のままの彼女と着替えを買いに走るという、一度終わったドラマが再スタートした熱い時間の中に在ったにもかかわらず、瞬時に世間が一変し、彼女との関係は終わったと思ったのである。
思考が別の所に飛ぶというのは熱中できていない証拠。それはつまり、恋愛ドラマが恋愛ドラマたる所以の自己中心的世界の遠心力が拡散したことでもあるからだ。今もドラマの風雨は激しく荒れ狂っているが、台風の目はすでに消えていて熱帯性低気圧に変わりつつあるという感じだった。開高健の訃報に接して僕の座標軸がずれた。彼はそれほどまでに大きな存在だったといえようか。予感どおり、僕のそのドラマは熱低になり数ヵ月後に消えた。

聞いていたはずの上村一夫の訃報を忘れ去っていたのは、同時代を歩んできたことの延長のまま今に至ってしまったからではないかと思っている。
以前に『ヘルメットをかぶった君に会いたい』(鴻上尚史)という本の感想を書いたが、作者がその時代の少し後の世代だったから憧憬の想いで秀逸な作品が書けたわけで、実際のその時代の中で生きてきた主人公には、地球に住んでいる者が地球の自転を感じないのと同じで、ごく普通の出来事でしかなかった。

僕が生きてきた時代は周りはヘルメットをかぶった君だらけだった。それが普通だった。黒や白や赤や青などの様々な色のヘルメットの君がいて、その“男の君”も“女の君”も誰もが美しかった。唯一美しくなかったのは黄色のヘルメットをかぶった“君”で、このヘルメットは共産党の下部組織の民主青年同盟、略して民青と呼ばれた連中がかぶっていた。工事現場のガードマンじゃあるまし、ヘルメットの色に黄色を選ぶ共産党のセンスに、心ある若者たちは硬直した体制と同じ臭いを嗅いだのである。事実、民青が行った黄色以外のヘルメットたちへの暴力は機動隊のそれを超え暴虐で陰湿で激しいものだった。



上村一夫というと、僕たちの世代では「同棲時代」である。彼の年齢からだと「同棲時代」は彼が生きた世代からは微妙にずれているはずだ。つまり彼は、ヘルメットの君時代に憧れた鴻上尚史のように、「同棲時代」の世代に憧憬を抱いてこの作品を書いたといえるわけで、渦中ではなく外から眺めたからこそ秀逸な作品になった。そして、彼が同棲世代に同化したからこそ、この漫画に引き込まれた僕たちは彼も同世代の人と思い込んだのだ。
齢を重ねるにつれてあの時代の友人や知人が一人二人と静かに消えて行っているわけだが、彼岸へ旅立った彼らは僕の中では今も普通に存在しているわけで、つまり生きているわけで、上村一夫もそうした仲間の一人として在ったからこそ彼の訃報を訃報と思わなかったのではあるまいか。

「同棲時代」は切ない物語である。僕たちの世代の中で、心根の優しい連中、多少なりとも思想や哲学を持っていた連中の三分の一は同棲を体験している。いわゆる四畳半フォークの世界を生きたのである。
四畳半フォークという言葉は矮小な視野の狭さをイメージさせるが、この言葉は後の物知り顔の文化人や知識人が侮蔑を込めて称した造語である。文化人や知識人、評論家と称する人種は自分を安全な場所に置いてモノを言うことで泡銭を稼ぐ輩だ。彼らは自分たちが吐く言葉の10分の1も実体験をしていないしギターを弾いて1曲の歌も生み出していない。四畳半が持つ空間の広がりも実際に体験したことがないから発想が貧しく通俗的なイメージしか持てないでいるのだ。



同棲というのは、互いだけを見ているピュアな関係である。婚姻という規範に縛らるのは窮屈だが、一方にはその規範に守られるという安堵感がある。けれども同棲にはそういった先の保障や安堵感はない。ピュアゆえ劇薬の劇、劇的の劇であって、劇“場”の劇なのだ。不倫であったり無理心中であったり駆け落ちであったり年齢差であったりという、社会通念上タブー視されている黙契を逆撫でする者の方が、平々凡々と規範の中で生きる人たちよりも己に誠実だし魅力的なのである。周りに劇薬的な毒を撒き散らし劇的に劇“場”を生きていて美しくないはずがないからだ。むろん、劇場はいつかは幕が下がるわけで、聴衆は誰も彼らにアンコールをかけないが、そんなことは当事者たちは知ったことではないのだ。
所詮、誰だっていつかは人生の幕を閉じる。だったら一度ぐらいは自分に誠実に生きスポットライトを浴びて劇的に舞台でお辞儀をする方がいいと僕は思う。

世の中には絶対自由というものはないわけで、あるとすれば自分の思考世界の空間だけである。自分の思考空間だけは無限で、誰の制約も受けることなく彼方の彼方まで飛翔できる。
「同棲時代」の四畳半というのは男と女が薄衣だけで向き合う、あるいは抱き合った空間なわけだが、薄衣だけにナイーブで傷つきやすく、喜怒哀楽の一つ一つに胸が震え、また、四畳半という制約があればこそ逆に思考する空間も広かったのである。
もう一つ言えるのは、四畳半の同棲時代の僕たちは、互いを見つめ合うだけでなく実際に社会ともコミットしていたということだろう。個と共同体という相矛盾する関係の中に真摯に身を置き悩んでいたわけで、ヘルメットをかぶった君たちの同棲世代は、今のユニットバス付きワンルームマンショの同棲世代とはずいぶん違うと僕は思っているのだが・・・。



携帯ドラマの雄!  





携帯ドラマの雄!

僕の携帯の着信音はEaglesのHotel Californiaだ。
本当はDoorsのThe Endにしたかったのだが、11分43秒もある長い曲なので全曲聴く前に相手からのコールが切れてしまうから断念したのである。もっとも、Hotel Californiaでも6分31秒もあるので携帯でフルに聴いたことはないのだが・・・。

僕の携帯に電話がかかって来る事はほとんどない。性格が良い方ではないので友人が少ないのである。世間ともあまりコミットしていないので知人も少ない。妻ですら僕の携帯を鳴らすことはほとんどなく、時々、生死を確かめるためにかけて来る程度だ。そして「生きてる?そう・・」と、いつも残念そうに電話を切る。そういう時の僕は必ず台所へ行ってコンロのガス栓が締っているか、寝室のドアの上に鉄アレイがぶら下がっていないか、生命保険の証書が増えていないかなど、不穏な動きが無いか確かめに走るのである。

そんな僕の携帯だが、最近、電話が鳴ると思わず小走りに部屋の隅や電柱の陰に身を寄せて小声で「ジャックだ!」と言ってしまうのである。また、携帯のボタンやTVのリモコンボタンをピピピと速やかに押そうとしてしまうのだ。
ドラマの『24-Twenty Four-』の見過ぎなのだと思う。ファイナルシリーズまで全て、しかも短期間に一気に見たので否応なしにジャックになってしまっているのだ。

なにを今さら『24-Twenty Four-』だと言うなかれ。レンタルDVDは旧作でしか見ないから3~4年遅れになるせいなのだ。近年のアメリカ映画はどれもこれもCGアクションに走りすぎていて内容が薄いから新作を借りてまで見たいと思わない。単品作品が駄作ばかりなのでドラマを借りるのだが、最近はもっぱら韓国ドラマを見ている。ドラマなので話が長い。当たり前のように80話90話。新作を追いかけていては金がかかりすぎるし、「ネェネェちょっと、チャン・グンソクの最新作“ラブレイン”が盗作で訴えられたって知ってた?」と隣の奥さんとダベりたいと思わないのでので、ドラマも見るのは旧作なのである。

旧作なので全作品揃っているのを一気に見てしまうから、つい作品と同化してしまうのである。だからペ・ヨンジュンになったりジャックになったりチャングムや朱蒙(チュモン)になったりキム・サンスンやキム・タックになったりで忙しいのだ。



『24-Twenty Four-』
このドラマを見て思うのは、ジャック の職場のCTU(テロ対策ユニット)は携帯が無いと成り立たないということだ。ドラマの3分の1は携帯で喋っているか、携帯でデータを検討しているかなのだ。それでいて秘密裏に敵の陣営の中を這い回っている時には携帯が鳴らないのである。マナーモードも設定していないようだから綱渡り的だと思うのだが、鳴らないし、たまに鳴っても敵に聞こえない音量だし早打ちガンマンのようにポケットから携帯を取り出し通話を始めるのである。「ジャックだ!」と・・。
そして、これも携帯の特徴だと思うのだが、その“軽さ”ゆえか「アイラブユー」のセリフが頻繁に行き来し、アイラブユーが何度も裏切られるのである。アメリカではアイラブユーはオハヨウよりも軽い言葉だと覚えておこう。

また、さすがは世界のUSA、地下でも水の中でもトンネルでもシェルターの中でもどこでも携帯が通じるのだ。素っ裸のベッドシーン中でも携帯は必携だし、そういう時に限って鳴るものなのだ。そしてスイッチを押して言う。「ジャックだ!」

国家存亡の危機を担う情報機器なのでとっかえひっかえ新機種に替えていると思うのだが、捜査官たちは全員、携帯ショップのカウンター嬢以上に新機能に習熟しているのだ。いつ勉強や訓練をしているのか不思議だが、とてもスゴイと思う。

一番スゴイなぁと思ったのはキー操作の速さである。ピポパッパッパなのだ。無茶苦茶速い。PCのキーボードを打つ時は特に速くて、常人には10文字ぐらいしか打っていないように見えるのにモニターにはサーと文字が並んで行くのである。ものすごい修行をして会得したのだと思う。
アメリカ人の指は日本人の指の2倍以上の太さがあり、指先の器用さは日本人の12分の1なのである。その太い指と不器用さで、あの小さな携帯のキーを目にも留まらぬ速さで押すのである。恐るべし、ジャック・バウアー。


こんにちわぁ♪  





こんにちわぁ♪

最近沖縄にブログ仲間ができました。しかも二人も同時に。
お一人の方は、遊び盛りの息子さんの子育てに一喜一憂しつつ、二人目の子づくりに余念がありません。
沖縄はすっかり夏模様らしく、クーラーが壊れていて大変な状態を次のように書かれていました。「(クーラーがないのはいいとして、)ただ、夏の暑さの中で1番困ったのが、夫婦生活。半端じゃない汗をかいて大変でした。」
クーラーのない状況下での夫婦生活をサラッと書いちゃうあたりはさすが南国沖縄。しかも、「昼間の時は首に巻くアイスノンなんかがお勧めです!!」と、びっくりマークを2つも付けた補足付きです。
真っ昼間にですねアナタ、首にアイスノンを巻いた素っ裸の夫婦がレスリングをして、1・2・3・ダァア!!ですよ。その光景を想像してみてください。笑えてきません?
平和っていいですね。

もう一人の方は40半ばに差し掛かった自分にため息をつきつつ南国の空の下でお住まいです。ウチナンチューの男は長寿番付25位なのに女は長寿日本一。まだあと半世紀は生き続けければなりません。笑顔が素敵といわれてきたそうなのですが、最近は笑うと目尻辺りでカラスがカァと泣いて足跡を残して飛んでいくらしいです。そりゃぁ、悩みますわね。

この方、ベランダでパッションフルーツを栽培されているそうです。サトウキビの栽培もされていて、ベランダのサトウキビ畑をざわわ ざわわ ざわわ~♪と口ずさみながら毎朝散歩するのだそうです。おしゃれですねー。
ベランダのサトウキビ畑ならハブに噛まれる心配がないから安心ですね。

ハブといえば、以前、蛇の日記を書いたことがありました。今日はそれを再掲載させていただきますね。


ああ、なんてこった!


久しぶりにレンタルビデオ店に行きました。ニコラスケイジが主演している作品があったので借りて帰ったのでありますね。帰宅してから妻が「こんなの借りた?」と言います。
「何?」と尋ねると、
「アナコンダ2」ですと・・・。
飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになりました。
どうやらニコラスケイジのパッケージにアナコンダが入っていたようで、それを確認せずに借りてしまったのでした。
「アナコンダ」というタイトル名だけでB級というのが分ります。内容も制作に至る経緯すら読めてしまいます。
プロデューサーが女優志願の若い娘を落すために「あんたが主役の映画を作ってあげるから・・・な、いっぺんだけ、ええやろー」とかいってくどいたのです。(関西弁の訛があるのは、このプロデューサーは若い頃に来日し1年ほど大阪に住んでいたことがあったからです)
で、あまり知識や教養のない脚本家が生活費欲しさに、大蛇を題材にしたシナリオを書いたのです。蛇の演技力に頼らないと女優の大根演技では制作費の元がとれません。ということは、どうせ大蛇に飲み込まれるといった内容なのです。

無駄なDVDを借りてしまいました。プロデューサーのスケベ計画に数百円とはいえ援助したというのが悔しくてなりません。たとえ数百円といえども、こういう出費こそ無駄と思うのが大阪人に染み付いたDNAなのです。かといって、大阪人は決してケチではありません。無意味な金は1円でも出しませんが、意味のある金なら何万でもポイと出せるのが大阪人なのです。それが証拠に、ドラえもん基金の都道府県別一位はいつも大阪なのでありますね。

観る前からB級と分っている映画を観る気にはなりません。“観る”という字を使うのすらアホらしい。そもそも観る時間がないのです。わが家は子供が起きている時に親だけが映画を観るという習慣がありません。観るのは子供が寝室に消える午後10時過ぎからになります。アダルトビデオじゃございませんぜ、お客人。その貴重な時間をB級と分っている映画のために犠牲にするのは納得できないのでありますね。
で、見ずに放っておりました。
けれどもです。7泊8日の6日目の朝を向かえ、ふと思ったのでした。

アナコンダではなく、「アナコンダ2」となっています。続編が出るのは、普通は、前作の評判が良かったからです。この業界は柳の下にドジョウは2匹までといいますからね。
あのジョーズだって、観るまではアナコンダと同じようなイメージでした。だから、もしかしたらB級はB級でも“Bの松”かも知れません。もしも、アナコンダ2が二人目の女優志願の娘をくどく口実で作ったのでなければ、二流小料理屋の松竹梅の松の可能性があるということですね。そう思ったので、昼間一人でいる時間帯に観たのでした。

いやぁ、アナコンダ2は、B級ではありませんでした。

C級でした・・・。

妻の貴重な時間を浪費させずに済んで安堵いたしましたですねー。
僕さえ犠牲になればいいのです。万事が丸く収まるのです。

われら夫婦にとっての、過去最低の映画は、タイトルすら忘れてしまいましたが、パニック映画でした。
何かの拍子にビルの狭い地下室に3人か4人の人間が閉じ込められて出て来れないという設定の映画でした。部屋の中でなんやかやと自問自答やつまらない葛藤があったりして、1時間30分ほどフィルムが回った末に地上に出て来るのです。
地下の空き室なので家具不要。セット費用はゼロ。無名の出演者なので日当を1万円として、そこに撮影テープ代程度の予算をプラスして、機材のレンタル費や編集費を入れても30万円ぐらいの作品。見事なまでにくだらない映画でした。

ところで、

アナコンダ2はやはり大蛇に飲み込まれる映画でした。


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本当に大蛇は存在するようですね。
馬を飲み込まれるのを目撃した人がいるそうです。馬に乗って川辺に散歩に行き、馬を木に繋ぎとめて読書していたら馬のイナナキがしたので見ると大蛇に襲われていたそうです。慌てて助けに行って飲み込むのを阻止したらしいのですが、馬は助からなかったそうでうす。蛇は獲物の頭にかぶりついて胴で獲物の身体を締め上げるのだそうです。すると骨がボキボキになって飲み込み易くなるのですね。でなければ、幾ら大蛇とはいえ馬を丸呑みするのは苦しいです。蛇の業界では丸呑みして獲物を喉に詰めて窒息するのは最大の恥とされているらしいのですね。
だから、これでもかというほどボキボキしてから嚥下するらしいです。

最近まで北欧の貴族の間では、大蛇に飲み込まれる場合、頭から飲まれるのと足の方から飲まれるのとどっちがいいかという論議が盛んだったようですね。頭から溶かされるのがいいか、蛇の口の間から見える小さな世間の空間を眺めながら下半身が溶けていくのがいいか、あなたはドッチ!ということなのです。農民たちはドッチも嫌や!と言ったそうですが、この論争が30年にも及んだといいますから、貴族というのは暇だったのですね。
この論議に終止符を打ったのが上のボキボキ事件です。頭、足からにかかわらず最初にボキボキというのが嫌やなぁというところに落ち着いたのでした。


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日本人はあまり蛇は食べませんがアジアでは極めて一般的な食べ物です。とても美味しいらしいですね。残念ながら僕は食べたことがありませんが・・・。
蛇はグルタミン酸が多いから美味しいのだという意見もありますね。
そういえば、味の素は蛇から作っているというデマが流れた時代もありましたねー。
これとは関係なく、味の素が経営が芳しくない頃、社員からアイデア募集をしたところ、ある工場の女工から味の素の蓋の穴を大きくしたらどうかという提案が寄せられたのでした。その案を採用したら、なんと年間数十億の増収になったといいます。確かに穴を大きくすれば出る量が増えます。消費が拡大するというわけです。この女性社員は莫大な報奨金もらって本社企画室スタッフに昇進したと聞きましたが・・・。
今はどのメーカーも調味料や香辛料の蓋の穴が大きくなっていますが、元はこの女性のアイデアからなのですねー。


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蛇は毒蛇ほど美味しいともいいますね。アジアの混沌の街角ではケージに入れられた様々な蛇が売られております。眼鏡蛇なんかも美味しいらしいです。コブラのことね。
沖縄でも蛇がよく食べられるみたいです。ハブ酒などもあるので沖縄ではハブ獲り名人もおります。ハブは猛毒を持っています。毎年何人も噛まれていますね。
そんな危険なハブを獲るのは怖いですね。
ハブ獲り名人がハブを獲るために農道やサトウキビ畑を歩いていると農作業をしている人たちが、必ず、挨拶するそうですね。

ハブ・ア・ナイスデーと・・・・。


巨星往生す  



巨星往生す



吉本隆明が亡くなった。87歳だった。
冒頭の写真は『吉本隆明全著作集(全15巻)』(勁草書房)の一部と、彼が主宰していた同人誌『試行』の一部だ。

『吉本隆明全著作集』は全巻を、『試行』(1961年~1997年)は全74号中の30冊を保有している。全集のハードカヴァーが色褪せているが、持ち主の僕と同じで寄る歳なみのせいだ。だがハードカヴァーは本を日焼けや当て傷から守るためののものだから、これでいいのである。帯が破れているのもあるが、これは歳のせいや管理が雑だったのではなく長女芳恵が0歳の時に破いたのだ。

全集は重いので書架の最下段に並べることが多い。這い這いで動き回る0歳児には丁度目の高さの位置になる。芳恵は全集を読もうとして手を伸ばしたのだが、書架から引き出せずに帯を引っ掻き破いたのである。0歳で吉本を読もうとする熱意は買うが、非力さや理解力の点を考えると、その挑戦はあまりにも無謀だった。
他にも数冊帯が無いのがあるが全て芳恵が破いた。本の帯は書店の店頭で客の目を引かせるためのもの。本を読むときには邪魔なものだ。僕の場合は買うとすぐに帯を外して捨ててしまうのだが、吉本全集に関しては帯付きのまま所有していた。初版モノの帯付きは売ったときに値が付くというさもしい根性に因る。

全集は全巻を一括購入したのではなく、各巻が刊行されるたびに買い求めた。面白いのは、写真右端の「定本詩集」が第1巻なのだが第3回配本なのである。全巻揃った時には作品が時系列に並んでいるということなのだ。時系列の順で刊行されていないのは、時代へのタイムリーさを狙ってのことだ。

吉本隆明は優れた詩人だが、戦後日本の、最も優れた思想家としての評価の方が高い。全集は1968年に刊行が始まり1975年まで、全15巻が出揃うのに7年を要している。この時期の日本は急成長の真っ直中で、新たな文明の利器や文化が生まれ始めていた時期であった。色々なものが同時多発的に生まれ発達していたから世の中は混沌という言葉ぴったりの感があった。若者はカオス(混沌)やエトス(品性・人柄・精神)、パトス(感情・熱意・感動)、ロゴス(ロジック・言語・議論)といったギリシャ哲学やマルクス・レーニン主義といった思想を追い求めた。詩集よりも「共同幻想論」や「情況・情況への発言」といった“今”という時代(今風に書けば“リアル”)にリンクしていた思想本の方がニーズが高かったから作品が時系列を度外視し刊行されたのである。
ちなみにパトスは、エヴァンゲリオンの『残酷な天使のテーゼ』にも登場するパトスと同じだ。

  窓辺からやがて飛び立つ 
  ほとばしる熱いパトスで
  思い出を裏切るなら
  この宇宙(そら)を抱いて輝く
  少年よ 神話になれ♪

テーゼ(These)はドイツ語で、命題・定立を意味する。つまり、残酷な天使の命題としてパトスが登場するのである。この歌、カラオケのジョイサウンドでは18000人以上が歌う超人気ソング。この内の何人の若者がテーゼやパトスの意味を知って歌っているかは知らないが、思想的にも意味深い歌が好まれているということは、今の若者たちの中にも思想や哲学や宗教に枯渇している内なるものを持っているということなのかも知れない。



写真は写真に撮るため無造作に書架から抜き取ったもので、右から 「定本詩集」
「心的現象論序説」「言語にとって美とはなにか(全)」「共同幻想論」「情況・情況への発言」なのだが、それぞれかなりよく読んだ巻でもある。「定本詩集」は硬質だが面白く、中でも「固有時との対話」や「転位のための十編」は何度も読み返したものだった。

他の4巻もよく読んだが、最もよく読み返したのは「共同幻想論」だ。
“幻想”という言葉は、「いやぁ幻想でした。見てはいけない夢でした」的というか夢想的というか、自己の行動をへりくだって否定する意味合いで使われているが、本来の意味はそうではなくて、“現実には見えないモノやコト”を“想う”ことが幻想なのである。

例えば大震災後よく使われるようになった“絆”という言葉。絆とは何かと問われると、明確な定義や答えを示せる人は少ないはずである。“絆”は現実には見えないが“現実に存在する”のは確かだろう。つまり“絆”は幻想の一つなのである。絆はまた相反する作用も起こる。

「共同幻想論」はかなり難しい内容で、吉本隆明の言う“幻想”を僕が完璧に理解できているとは思えないが気づいたところを少し書いておく。
“幻想”は大きく「心的(個)・対・共同」の3つに分類できる。「心的(個)」とは自分、「対」は夫婦や家族、「共同」とは社会や国家。吉本のいう共同幻想論の要は、この3つが“正立”しているのではなく“逆立”した関係にあるという点にある。

個の幻想は対の幻想と逆転する関係ある。具体的に書くと、夫と妻の対の関係は、夫という個を主張し過ぎると、妻の個と対峙せざるを得なくなる。これは妻からの場合も同じ。
夫婦の対の関係を円満に保とうとすれば、どちらかが妥協するか個としての自由を半分ずつにするしかない。このように相対する関係になる。「個」や「対」と社会の関係も同じように相反する関係が生じるから、人が集まったところが社会、社会の集合体が国家という単純な図式にはならないのである。
個と対が逆立の関係で、対と社会も逆立の関係、社会と国家も逆立関係とすれば、逆の逆は正だから、個と社会、対と国家の関係は正立になるが、実際はこれも逆立の関係にある。とてもややこしい。この辺りのことを詳細に説明すべきなのだが、面倒だなので割愛させていただく。
個や対や社会や国家の幻想を「絆」という言葉に置き換えてみると良く理解できるのではないだろうか。夫婦(対)の幻想は夫婦の絆というように・・・。

見えないモノを想うことが幻想であり、ブレない座標軸(ブレないから座標軸というのだが)の下の幻想こそが思想なのである。

縦方向のY軸と横方向のX軸の中の座標が指し示す方向Zが幻想だともいえる。
Yを哲学としXを思想とすると、その座標軸が指し示す方向が目的とする未来である。

いま日本は重くぶ厚い閉塞感に覆われているが、原因は一にも二にも政治家の座標軸の無さにある。思想や哲学を持たない思想家が政(まつりごと)を行っているからだ。Y軸やXを持たない政治家とは、座標軸を持たない政治家ということだから、Zの方向を示せない。野田の政策、野田内閣の施策には未来の夢がない。

閉塞感の原因の原発や消費税増税や反故にされたマニフェスト。民主党政権と政府は、肥大化した構造を組み立て直す(様々な歳費削減や箱物行政や無駄の削減、公務員削減)ことをせず、税金を増やすことしか方法を持たない。連中がつくづく馬鹿だと思うのは、消費税を増税したからといって計算通りには税収は増えないことに気づかない点だ。下町のラーメン屋の親父でも、商品が現状のままで、500円のラーメンを600円に値上げしたら売り上げの向上どころか客離れになることを知っている。

野田がそのことに気づかないか気づいていても甘く見ているのは松下政経塾出だからだ。松下政経塾はロクな政治家を排出していない。政経塾で教える政経に座標軸がないからだ。つまり思想がない。思想を支える哲学がない。
思想を持たない政治家は簡単に日和る。状況が変わったのだからマニフェスト通りにはいかないと居直るのである。思想を持たないから居直っているという自覚すらない。マニフェストは政党を支持した国民と交わした契約書だ。契約は、事情が変わったからといって一方的に破棄できるのものではない。思想や哲学を持っていた昔は、口約束だけでも信義は守られた。思想や哲学を持たなくなり口約束が守られなくなり、文書化した契約書が必要になったのである。マニフェストは明文化した契約書。その契約内容すら守れない。民主政権は国営のオレオレ詐欺集団である。

国家と社会、国家と国民は正立で共生しているのではなく逆立での共生関係にある。マニフェストはその逆立関係を正立的に維持するための国と民との“絆”として示したのではなかったか。そこに夢があったから国民の支持を得たのである。
ブレない座標軸が生み出す幻想を国民に与えていない。彼らに共同幻想論を読ませたいと思うが、松下幸之助の水道理論を信奉する彼らははて、理解できるだろうか。

水道理論とは、幸之助が若い頃、公園を歩いていて浮浪者が公園の水飲み場の無料の水を美味しそうに飲んでいるのを見て、「安いもの作れば売れる、大量に世に出せば社会貢献になる」と悟り、以後の松下電器のモノ作りの原点になった理論のこと。
人々に受け入れられやすい理論であり、短期的視点では優れた考え方であるといえる。けれどもこの理論には重大な欠陥があると僕は思っている。それは、この理論は公園の水飲み場の水が無限だからという点だ。水は資源という考え方は当時は無かったから、幸之助はこの点を看過した。安くて良質の製品を大量に生産すれば人々の生活向上につながり社会貢献である。この発想は資源は無限という前提があって成立する。けれども地球資源は無限ではないのだから、根幹から水道理論は破綻しているのである。
パナソニック商品だけでなく、衣食住の全てで、水道理論的商品が町に溢れている。日本は物質的には非常に豊かである。なるほど水道理論は文明を作った。けれども文化を生んでいないのである。
そしてもう一ついえるのは、物質文明へと突っ走ってきたことが日本を今のような借金漬けにしてしまったということだ。造幣局の貨幣は無限ではないのである。税金や公共料金ばかりを上げようとする野田の政治では文化は生まれないということだ。

吉本隆明の著書の話が政治の話になった。吉本の説く思想を下敷きに現代を乗せると今の政治思想のお粗末さが見えるということを書きたかったのである。

吉本隆明の作品でもう一つ感じていることがある。それは中島みゆき。吉本隆明の詩と中島みゆきの詩、歌詞が、その硬質さ、力点の置き場所、視点、勢い、機微、もろもろが酷似していると僕は感じている。

思えば遠い遠い昔、僕は義持隆明の本を読みつつ中島みゆきのレコードを聴いていたのだった。あの時には気づかなかったが、中島みゆきは吉本隆明の詩から大きな影響を受けていたのではと、今頃になってそう思っているのである。

吉本隆明との出会い(著書)は、僕の人生にも大きな影響を与えてきたのだと、この文章を書いていてつくづく思います。合掌。



大王世宗  




大王世宗




韓国時代劇『大王世宗(テワンセジョン)』全43巻86話を見終わった。
李朝時代の最も優れた君主といわれている4代国王世宗の生涯を綴った作品だ。人物像や業績については、ウィキペディア(Wikipedia) を参考にしていただければと思う。

世宗は1400年代に生きた人である。中国は明、日本は室町時代にあたる。世宗の最大の功績はハングルを創ったことにつきる。ハングル以外にも多くの業績を残しているが、そうした業績の数々が収斂した先にハングルがあると僕は思っている。

他には、天文儀がある。六分儀のようなものだ。世宗は朝鮮独自の天文儀を作ることに固執した。朝鮮独自の暦を作りたかったためだ。それまでは明の暦を使った。明の暦は明が持つ天文儀で天測作成した暦だから朝鮮で使うと誤差が出る。種を蒔いても芽が出ない、雨期を予測して事業を行ったのに乾季が続き干魃被害がでる、あるいはその逆といったことが起こる。

干魃や増水被害が出ても王族や朝廷の官吏たちは困らない。例年通り年貢を取るだけだ。疲弊するのは民だけ。この搾取構造は日本でも同じなのは水戸黄門をみれば分かる。

日本の場合、平成になった今も変わっていなくて、経済干魃ともいえる大不況下でも例年通りの年貢(税金)を絞り取られている。そうして集めた血税総額は38兆円。対する朝廷の官吏(国家・地方公務員)の給与総額は42兆円なのである。民の平均年収400万円に対し官吏の平均年収は840万円。平成の民は官吏を養うために年貢を納めるという、強烈な搾取構造に泣いているのである。

明は天文儀や暦を周辺諸国をコントロールする武器として利用したが、朝鮮独自の天文儀や暦を欲した世宗の目的は覇権を守るためではなく、疲弊する民の暮らしを良くしたいがためだった。彼の賢王たるゆえんだ。

日本は仁徳天皇が人家のかまどから炊煙が立ち上っていないことに気づいて租税を免除したことがあるが、1800年も前のことで、それ以後は王族も朝廷も覇権争いに明け暮れ民を忘れ今日に至っている。NHKの時代劇ドラマの英雄たちは、国や国民のためといった目線に欠けた勢力争いの主人公でしかないのである。

ハングルは朝鮮語(会話として言葉)を21の母音と19の子音の計40個に分解、記号化し組み立てることで表した表音文字である。
民族はそれぞれ独自の言葉を持つ。喉や舌や唇を使った表音の仕方が異なる。民族独自の言葉だから文字で残す場合、他の国の文字では微妙にニュアンスが異なるから言い表せないことが多い。鶏の鳴き声の表現が国によって違うのは、聞こえ方が違うのではなく、聞こえたものを表現する言葉の背景が違うからなのである。
日本の場合はかやぶき屋根の農家の庭先という狭い空間で鳴くから鮮明なコケッコーであって、アメリカのクックドゥードゥルドゥーは、広い空間に鳴き声が拡散するためだ。フランスのココリコは、フランスのエスプリ、鶏の鳴き声も小粋に聞こえるのである。

ハングルが生まれるまでの朝鮮語は中国の漢字で表記していた。世宗が独自の文字を欲したのは、漢字では自国の文化を表現し切れなかったのと、漢字は難しすぎ誰でもというわけにはいかず、一部の特権階級しか学べなかったからだ。

40個の表音記号の一つ一つはとても簡単な記号だ。この記号を覚えてしまえば、あとはそれを組み合わせて表記するだけなので、誰もが文字を持つことができたのである。ハングルは民のための文字なのである。このように見てくると、ハングルがとても素敵な文字に思えてしまうのは僕だけではないと思う。

余談になるが、21母音を持つ韓国人にとって、5つの母音しか持たない日本語は簡単に覚えられる言語であるらしい。訪日した韓国芸能人たちがすぐに日本語を話し始めるのはこのためだ。アルタイ語系の親戚の言葉なのに、逆に日本人には21母音を持つ韓国語は難しい。

民が文字を持つのは簡単なことではなかった。朝廷の官僚たちが大反対したのである。民は無知の方が扱いやすい。民に文字を与えると自分たちの特権がなくなる。民が文字を持つと知恵がつく。知恵をつけると下克上が起こる。武士の覇権争いの下克上ではなく、民の下克上は専制君主制の否定につながる。君主にぶら下がる権力者側にとっては脅威だ。権力者にとっての民は、無知のままがいいのである。最近の(とは言っても25 年も前になるが)例だと天安門事件。あれは中国政府が無知から脱皮しようとした人民を押さえ込むための弾圧だった。

世宗は朝廷の役人以外に学者の府(集賢殿)を作り王の事業補佐を担わせたのだが、その学者たちからも猛反対される。彼らもまた自分たちの権力を守ろうとしたのである。日本政府が行った事業仕分けに学者たちが反対声明をだしたアレが、600年前もあったといういことだ。孤立無援の中、世宗は少数の協力者と水面下で隠密裡に長い年月をかけて研究を重ねハングルを完成させるのである。

明は、朝鮮独自の文字を持つことを非難し妨害した。朝鮮を御せなくなるからである。内からは朝廷や学者から猛反対され妨害を受ける。まさに内憂外患。よくもまあハングルを完成させたものだ。

現代に住むわれわれは、読み書きができて当たり前と思っているが、かくのごとく、民が読み書きできるようになるまでの道程は長くて厳しいものだったのである。

韓国時代劇『大王世宗』全43巻86話。
数百冊の本を読むよりも遙かに学ぶことや得るものが多い作品である。

ああ、なんてこった!  




ああ、なんてこった!


久しぶりにレンタルビデオ店に行きました。ニコラスケイジが主演している作品があったので借りて帰ったのでありますね。帰宅してから妻が「こんなの借りた?」と言います。
「何?」と尋ねると、
「アナコンダⅡ」ですと・・・。
飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになりました。
どうやらニコラスケイジのパッケージにアナコンダが入っていたようで、それを確認せずに借りてしまったのでした。
「アナコンダ」というタイトル名だけでB級というのが分ります。内容も制作に至る経緯すら読めてしまいます。
プロデューサーが女優志願の若い娘を落すために「あんたが主役の映画を作ってあげるから・・・な、いっぺんだけ、ええやろー」とかいってくどいたのです。(関西弁の訛があるのは、このプロデューサーは若い頃に1年ほど大阪に住んでいたことがあったからです)
で、あまり知識や教養のない脚本家が生活費欲しさに、大蛇を題材にしたシナリオを書いたのです。蛇の演技力に頼らないと女優の大根演技では制作費の元がとれません。ということは、どうせ大蛇に飲み込まれるといった内容なのです。

無駄なDVDを借りてしまいました。プロデューサーのスケベ計画に数百円とはいえ援助したというのが悔しくてなりません。たとえ数百円といえども、こういう出費こそ無駄と思うのが大阪人に染み付いたDNAなのです。かといって、大阪人は決してケチではありません。無意味な金は1円でも出しませんが、意味のある金なら何万円でもポイと出せるのが大阪人なのです。それが証拠に、ドラえもん基金の都道府県別1位はいつも大阪なのでありますね。

観る前からB級と分っている映画を観る気にはなりません。“観る”という字を使うのすらアホらしい。そもそも観る時間がないのです。わが家は子供が起きている時に親だけが映画を観るという習慣がありません。観るのは子供が寝室に消える午後10時過ぎからになります。アダルトビデオじゃございませんぜ、お客人。その貴重な時間をB級と分っている映画のために犠牲にするのは納得できないのでありますね。
で、見ずに放っておりました。
けれどもです。7泊8日の6日目の朝を向かえ、ふと思ったのでした。

アナコンダではなく、「アナコンダⅡ」となっています。続編が出るのは、普通は、前作の評判が良かったからです。この業界は柳の下にドジョウは2匹までといいますからね。
あのジョーズだって、観るまではアナコンダと同じようなイメージでした。だから、もしかしたらB級はB級でも“Bの松”かも知れません。もしも、アナコンダⅡが二人目の女優志願の娘をくどく口実で作ったのでなければ、二流小料理屋の松竹梅の松の可能性があるということですね。そう思ったので、昼間一人でいる時間帯に観たのでした。

いやぁ、アナコンダⅡは、B級ではありませんでした。

C級でした・・・。

妻の貴重な時間を浪費させずに済んで安堵いたしましたですねー。
僕さえ犠牲になればいいのです。万事が丸く収まるのです。

われら夫婦にとっての、過去最低の映画は、タイトルすら忘れてしまいましたが、パニック映画でした。
何かの拍子にビルの狭い地下室に3人か4人の人間が閉じ込められて出て来れないという設定の映画でした。部屋の中でなんやかやと自問自答やつまらない葛藤があったりして、1時間30分ほどフィルムが回った末に地上に出て来るのです。
地下の空き室なので家具不要。セット費用はゼロでっせ。
出演者の日当を1万円として、そこに撮影テープ代程度の予算をプラスして、機材のレンタル費や編集費を入れても30万円ぐらいの作品。見事なまでにくだらない映画でした。

ところで、

アナコンダⅡはやはり大蛇に飲み込まれる映画でした。


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本当に大蛇は存在するようですね。
馬を飲み込まれるのを目撃した人がいるそうです。馬に乗って川辺に散歩に行き馬を放牧して読書していたら馬のイナナキがしたので見ると大蛇に襲われていたそうです。慌てて助けに行って飲み込むのを阻止したらしいのですが、馬は助からなかったそうでうす。蛇は獲物の頭にかぶりついて胴で獲物の身体を締め上げるのだそうです。すると骨がボキボキになって飲み込み易くなるのですね。でなければ、幾ら大蛇とはいえ馬を丸呑みするのは苦しいです。蛇の業界では丸呑みして獲物を喉に詰めて窒息するのは最大の恥とされているらしいのですね。
だから、これでもかというほどボキボキしてから嚥下するらしいです。

昔の北欧の貴族の間では大蛇に飲み込まれる場合、頭から飲まれるのと足の方から飲まれるのとどっちがいいかという論議が盛んだったようですね。頭から溶かされるのがいいか、蛇の口の間から見える小さな世間の空間を眺めながら下半身が溶けていくのがいいか、あなたはドッチ!ということなのです。農民たちはドッチも嫌や!と言ったそうですが、この論争が30年にも及んだといいますから、貴族というのは暇だったのですね。
この論議に終止符を打ったのが上のボキボキ事件です。頭、足からにかかわらず最初にボキボキというのが嫌やなぁというところに落ち着いたのでした。


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日本人はあまり蛇は食べませんがアジアでは極めて一般的な食べ物です。とても美味しいらしいですね。残念ながら僕は食べたことがありませんが・・・。
蛇はグルタミン酸が多いから美味しいのだという意見もありますね。
そういえば、味の素は蛇から作っているというデマが流れた時代もありましたねー。
これとは関係なく、味の素が経営が芳しくない頃、社員からアイデア募集をしたところ、ある工場の女工から味の素の蓋の穴を大きくしたらどうかという提案が寄せられたのでした。その案を採用したら、なんと年間数十億の増収になったといいます。確かに穴を大きくすれば出る量が増えます。消費が拡大するというわけです。この女性社員は莫大な報奨金もらって本社企画室スタッフに昇進したと聞きましたが・・・。
今はどのメーカーも調味料や香辛料の蓋の穴が大きくなっていますが、元はこの女性のアイデアからなのですねー。


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蛇は毒蛇ほど美味しいともいいますね。アジアの混沌の街角ではケージに入れられた様々な蛇が売られております。眼鏡蛇なんかも美味しいらしいです。コブラのことね。
沖縄でも蛇がよく食べられるみたいです。ハブ酒などもあるので沖縄ではハブ獲り名人もおります。ハブは猛毒を持っています。毎年何人も噛まれていますね。
そんな危険なハブを獲るのは怖いですね。
ハブ獲り名人がハブを獲るために農道やサトウキビ畑を歩いていると農作業をしている人たちが、必ず、挨拶するそうですね。

ハブ・ア・ナイスデーと・・・・。


ヘルメットをかぶった君に会いたい  




ヘルメットをかぶった君に会いたい




“ヘルメットをかぶった君”というのは、表紙のイラストにあるように女性である。けれどもヘルメットを被って交通整理をしている君でも、リフトの運転をしている君でも陸上自衛隊員の君でもない。40年かもっと前の学園闘争や反戦運動や革命闘争に身を投じていた君なのである。

作者(鴻上)はTVショッピングのオールディーズのCDの宣伝のバックで放映されている昔のシーンの中の、ヘルメットを被って素敵に笑う女性に一目惚れするのである。そして彼女を探す旅に出る・・というストーリーなのだ。

この作品は小説なのだそうだ。だとすれば私小説なのかも知れない。一人の女性を追うドキュメンタリーのようでもある。ようわからんのだ。ようわからんけれども、作品の出来栄えとしては中途半端で、これが小説なら駄作、ドキュメンタリーなら不作である。
作品としてはお粗末なのだが、そうなったのは、彼女に会いたくて会いたくて会いたくて、急ぎすぎて切れ切れの文章になってしまったからなのだ。

作品は駄作だが、60年代後半から70年半ばまでの時代背景や若者像を知りたいと思う人にはかなり参考になる読み物だと思う。時代を極めて的確に掴んで書かれていると思った。

作者は時代の主役ではなかった。丁度紛争や闘争が終焉した直後の世代なのである。そのことがかえってあの時代に強い憧憬を抱くことになったと書いている。何でもそうだが主人公や当事者よりも周りの者、例えば映画だと主役の俳優よりも大道具や照明や助監督といった人の方が作品の裏話や逸話を鮮明に覚えているというふうに・・。
なるほど言われてみればそうだと思える。最近流行のセピア調の回顧的セット(ラーメン横丁、ジンギスカン屋、居酒屋など)も、時代から遥か後に生まれた人たちの企画によるものばかりだ。

彼は、当事者や主役たちは語らないというのだが、その通りである。面映くて主役は語れないのである。ヒーローであれヒロインであれ語りたくないのだ。失敗の総括や挫折したということも語りたくないはずなのである。どういう形であれ今頃になってスポットライトを浴びるのをヨシと思っていないのだ。まともなヒーローやヒロインは、饒舌になればなるほど成金のサクセスストリーの自伝と同じスタンスになり同じ腐臭が漂い始めることを知っているからである。

僕も時代の主役もしくは当事者の一人としてあの時代を生きてきて、何かを後世に伝えたいとか残したいと思うのだが、「どうだ、おじさんはすごいだろ」という自慢話的になりがちでペンが鈍るのである。この本の作者が言う“国は戦う相手であり、信用できない対象であり、胡散臭い存在”などはまさに正鵠を射た指摘だが、このことを実証しようとすると様々な例を出さなければならず、それは自慢話と紙一重の内容であることが多くて書き切れないのである。書いたとしても何の意味があるのかという自問もあって、ペンが止まってしまうのだ。

続編はコチラ


「ヘルメットをかぶった君に会いたい」 
鴻上尚史著 集英社(2006.5発行)1700円

続・ヘルメットをかぶった君に会いたい  




続・ヘルメットをかぶった君に会いたい


先日のブログの「ヘルメットをかぶった君に会いたい」で紹介した『ヘルメットをかぶった君に会いたい』の著者、鴻上尚史氏からコメントを頂戴した。

『自慢話ではなく、事実を書くのはどうでしょう。そこにあまり思い入れをいれず、ただ、事実を書く。それでけでも、意味はあるき思います。駄作を書いた、鴻上です。
最近、「僕たちが好きだった革命」という本も出しました。(角川学芸出版)こちらもよろしければ、お読みください)、;』

以上がそのコメントの全文である。4行のうち前半の2行がブログへのコメント、後半の2行が新作案内だ。
このコメントを読み、「駄作を書いた、鴻上です。」の部分に痛く恐縮してしまったのだが、一方で、本当にご本人からのコメントなのかどうか疑念を持ってしまったのだった。
というのは、メジャーな出版社から本を出している作家が、たった2行の文章の中に「それでけでも、意味はあるき思います。」と2つも誤字を含む文を書くだろうかと思ったからである。この文が地方の方言で書かれたものでないなら、彼は相当誤字脱字の多い編集者泣かせの作家だといえよう。

最近、「僕たちが好きだった革命」という本も出しました。(角川学芸出版)こちらもよろしければ、お読みください)、;という後半の新作案内文も気遣いに欠ける。
文頭に( )括弧の一文があるような錯覚を起こす続け方はよくない。「僕たちが好きだった革命」(角川学芸出版)という本も出しました。か、「僕たちが好きだった革命」という本も出しました。(角川学芸出版刊)で止め、改行すべきだろう。
極め付けは最後の「)、;」である。これは「^^;」と同種の汗表現なのかも知れないが、真面目なやりとりの、しかも初対面の相手へのコメントを締めくくるのに絵文字がふさわしいかどうか・・・。

コメントを頂戴した時間が夜中の3時半になっていたから、もしかしたら一杯機嫌で意識が朦朧とした中で書いて、リライトするのが面倒でそのまま送ったということなのかも知れないが、売文で糊口を凌いでいる(本業は別にあり売文は糧の一部なのかも知れないが)者としてはプロ意識に欠ける。
たとえ僕のことをキャバクラ嬢程度の溶けた脳みそか顆粒状に乾燥した脳みそしか持たない相手と判断したとしても、文字を産み出す辛さや文字の重さを知っている作家は「)、;」などを使ってキャピれないのものなのだ。

括弧は対で意味をなす記号だ。読点は文章の区切り記号で、鉄道でいえば途中駅であって終着駅ではない。セミコロンは前後の文を比較するための記号である。括弧の片割れや読点やセミコロンといった尻切れトンボの記号を組み合わせた絵文字には反射的に嫌悪感もしくは不快感、場違い、ゼネレーションギャップを感じるのがまともな作家の感性というもの。記号はコミュニケーション上の約束事なわけで、その基本を壊しては意思の伝達ができない。文章を自己表現の道具としている作家なら「)、;」の絵文字は禁則文字ではないだろうか。白木のカウンターの向こうのパリッと糊を効かせた割烹着の板前が、目の前の客が主婦だからといって、通販で買った穴あきモリブデン包丁で刺身を造ってはいけないである。

というようなことから、今回のコメントは鴻上氏の名を騙った誰か、新作を知っていることから鴻上氏のファンの誰かではないかと思ったのである。

けれども、次のようなことも想定できる。
コメントは本人のもので、夜中に酒を飲みながらネットを徘徊していたら僕のブログが目にとまり、駄作不作と評されているのを読みアタマに血が上ってコメントした。その際、酔いと逆上で誤字乱文になった・・・と。

自分のことを批判されて心地よいと思う人は少ない。僕が彼なら、「自腹で購入して読んで駄作不作と言うならともかく、図書館で借りたタダ読みのくせに偉そうに批判しやがって!」とヘルメットとゲバ棒で武装して殴り込みをかけたはずである。

けれども彼は僕と違い、そうした怒り心頭の気配を見せず、酒の酔いと早朝に近い深夜独特の睡魔と、あらぬ批判で逆上という悪状況下にもかかわらず「駄作を書いた、鴻上です」でとどめた。その、ぐっと我慢の懐の深さに、僕は恐縮してしまったのである。
ご本人は駄文を連ねたとは思っていないはずだから、「駄作を書いた・・・」と自嘲的に言うことで意識的に、批判は看過しましたよというメッセージに代えたのかも知れない。ただ、さすがに動揺があったので誤字乱文に気づかなかった。最後の絵文字は、日ごろキャバクラのお嬢たちと携帯でピコピコやり合っている癖がつい出てしまったのだ。

というような推測もできるので、頂戴したコメントがご本人のものかも知れないと想定し、なぜ駄作としたのかを振り返ってみたいと思う。

『ヘルメットをかぶった君に会いたい』について書いたのはずいぶん前のことで、2006年6月26日に書き、翌27日に以前開設していた楽天のブログに載せている。今回はその再掲載だった。
『ヘルメットをかぶった君に会いたい』は再掲載に値すると思い掲載したわけだが、その理由は駄作や不作の例としたのではない。むしろ逆で、いい作品だと思ってその紹介を兼ねた再掲載のつもりだった。

僕は1日に1冊本を読むと決めて30年以上になる。修行や願掛けやギネスに挑戦するために読書しているわけではないので1日1冊はあくまでも目安。読まない日もあれば日に数冊読む日もある。多い年だと年に千冊以上、少ない年でも400冊は読んできている。これだけ読み続けてくると作品に求めるクオリティもおのずと高くなる。近年は唸る、感動する、考えさせられる、畏怖する、楽しむ、憧憬や嫉妬を抱くような作品は年に数冊もないという現状なのである。つまり僕にとってはほとんどが駄作なのだ。

いまさら弁解する気はないが、そういう僕なので、僕の中の駄作にもピンキリがあるのだ。キリの方はルパン三世の五右衛門のように「またつまらぬモノを切ってしまった」ならぬ、「またつまらぬ本を読んでしまった」と一人ごち、引き裂いて庭に放り投げ灯油を撒いて燃やした後で我にかえり図書館へ弁償に行くはめになる本で、けったクソが悪いから一字たりともブログに批評を書かれることはないのである。したがって「駄作」とブログに書かれたことは、ピンの領域にランク付けされていて、最低でもミシェランの1つ星以上の評価なのである。ちなみに星2つ半から佳作と呼ぶようにしている。

コメントを頂戴したことで再度自分が書いた書評を読み返してみたのだが、書評が中途半端だったことに気づいた。以前は楽天ブログの気心の知れた少数のブログ仲間相手だったから僕の気質が理解されていて駄作の位置づけも伝わっていたわけだが、初めて僕の文章を読む人には単に駄作や不作という印象しか与えないかも知れないと思ったのだった。書評では星1つ、つまり序の口ではなく幕内三役の評価を散りばめているはずなのだが、肝心の、僕が最も書きたかったことが書かれていないことに気づいたのである。

作者には申し訳ないのだが、『ヘルメットをかぶった君に会いたい』を読んでずいぶん経つので内容をきちんと覚えていない。先日、この本を読んだ友人と話をしたのだが、彼も本を高く評価しつつも「ところでどんなラストでしたっけ」と言ったのだった。彼は僕よりも20歳も若く文学に精通し記憶力も良いのだが、その彼の記憶ですら曖昧にさせる作品だったということなのである。
起承転結の結が無いというよりも消えているというか、見えないというか、起承転までの部分が最後の余韻効果をもたらさない読後感であったのだ。駄作と書いたのは、たぶん読後すぐの、そう感じた手ごたえのなさからだと思う。

僕がこの作品を最大に評価したのは、ヘルメットの君に会いたくて会いたくて会いたくて、結末も何も考えず文章の中を突っ走った作者の営為にあった。
老後の設計図を描いてその図面をなぞって生きるヤツよりもアトもサキも考えず惚れたモノやコトに突っ走るヤツの方が僕には魅力的なのである。

人はいつか死ぬ。けれども死ぬのがいつかは分からないはずだ。つまり人生は計画通りにはいかないというのが真理ではないのか。ならば利害や安定志向などは枯れ尾花である。その影に怯えて生きるよりも、自分の気持に素直に生きる方がまともだし美しい。何よりもそうした行為こそが若さなのである。その若さが格好いいのだ。

会いたくて会いたくて会いたくてたまらないという心情は、そういう心情を経験した者でないと共有できない。真に何かをなし得たいと思ったなら座して夢想しているだけでなく行動に走らなければならないわけで、『ヘルメットをかぶった君に会いたい』の作者もしくは主人公は正にそれなのである。
したがって優れた読み物であるわけだが、高速道路ぶっ飛ばして御殿場で降りましたといった内容でしかない。だから僕と友人が「えーと、あれはどこのインターで降りたのだっけ。まあどこで降りてもいいか」といった会話になったわけである。
この文章が無名の人が書いたものなら「見込みのある内容ですが習作ですね。がんばってください」と言われるのがオチで、本として陽の目をみることはないはずだ。作者に既にネームバリューがあったから陽の目を見たのである。ゆえに、眩しくて素敵で、僕にとっては懐かしい時代を思い出させる本なのだが、駄作なのである。駄作だけれど、続編、続々編があるなら読みたい。そういう本なのである。

頂戴したコメントには「自慢話ではなく、事実を書くのはどうでしょう。そこにあまり思い入れをいれず、ただ、事実を書く。それでけでも、意味はあるき(ママ)思います。」とあった。これにも同意できない。
事実を書くとはどういうことなのか。「ただ、事実を書く」の“ただ”とは何を指すのか。
例えば、「何月何日何時何分、誰それが電車に轢かれて死にました」や、「新幹線の開通は何年で、北京オリンピックは何年に開催された」といったことが、思い入れの無いただの事実表記だと思うのだが、そんな羅列に何の意味があるのだろう。

人という存在があって初めて事実という現象が生まれる。事実は人が創るのである。南極の氷壁が海に崩れ落ち大音響を発しても、そこに人が存在しなければ大音響は存在しない。新幹線開通の最初の列車に乗りましたという事実、その線路工事をしたのは俺だという事実、発車の笛を吹いたのが私でしたという事実など、新幹線開通を取巻く事実は多様だしその一つ一つに軽重の差こそあれ思い入れが存在する。思い入れがあって初めて事実が実像になるのである。
事実は個人に帰属するという属性を持つがゆえに自慢話になりがちという性質も併せ持つ。僕は、語り部でありたいと思っても力不足で、昔話をすると自慢話になりがちで聞く相手の耳を塞がせているだろうなと推察し嫌悪感で書ききれない、あるいは語りきれないと言っているのであって、自慢話がダメと思っているわけではないのだ。

もし、頂戴したコメントが鴻上氏ご本人なら言っておきたい。
「そこにあまり思い入れをいれず、ただ、事実を書く。それだけでも、意味はあると思います。」なんて、中学の卒業式の来賓挨拶のような、空虚で通俗的な言葉を並べるんじゃないと・・・。

『ヘルメットをかぶった君に会いたい』こそ、思い入れ一杯のタイトルではないか。
下手くそな装丁はともかくとして、この、思い入れが感じられるタイトルに惹かれて本を手にした読者も多いはずなのだからね。

前編はコチラ


Gパンが似合った時代もあった  




Gパンが似合った時代もあった



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先日の日記で「ザ・コミットメンツ」という映画のことを書いたが、そのサントラのCDを見つけたので購入した。映画で使われていた曲が網羅されていて、これがなかなかいい。

冒頭の写真はこのCDの歌詞カードに載せられていたもの。この写真があるだけでもCDを購入して良かったと思う。僕にとってはかなり痺れる写真だ。自分自身をこの中に紛れ込ませたいような、写真の彼らの時代まで遡行したいと切なく切なく思う写真なのである。
写真に写っているのはこの映画の出演者たち。オーディションで採用されたアマ・セミプロミュージシャンたちらしい。意図的にブスとブオトコばかりを集めたように見えるが、それがかえってリアルでいい。映画の中でも彼らは足を地に着けてとても聴かせるのである。

このCDを聴きながら写真を眺めていると、かつて僕にもGパンが似合っていた時代があったことを思い出した。今はもう精神が弛緩してしまい、その反動で腹や尻から若さが消えた。ジーンズは履けてもGパンは履けない。情けないことである。


追記

上の日記に二人の方から質問をいただいた。一人は「ジーンズとGパンはどう違うの?」というもので、もう一人は「↑に同じ」とコメント。
二人とも長年のブログ友なので質問は受ける。「↑に同じ」の人は青森からホタテやリンゴを送ってくれるので許そう・・・と言いたいところだが、高邁なタカノツメ先生に対し手抜きもいいところだ。僕の文章を読んだローラに、「おもしろかったぁ♪ でも良くわかんなかった♪」「んーと、長かったぁ、ポッ♪」と、本音は最後の一言みたいな感じがしてならなかったのだ。

大先生は、こういう質問には真面目に答える気になれないものだ。
なぜなら「スーパーで特売の290円のメルシャンワインとシャトーマルゴー1848年はどう違うのですか」という質問と同じだからである。答えられますか?

そもそもメルシャンとマルゴーがどう違うかと言う質問を投げかけてくること自体が、ワインの知識が無いと白状しているようなもので、そんな人に百万言を費やして説明しても理解できるはずがないのである。
だから例えばだが、シャトーマルゴーはかのヘミングウエイも愛したワインで、あまりにもお気に入りだったので自分の孫娘に“マーゴ”という名を付けた(マーゴ・ヘミングウエイ:女優1996年没)というような薀蓄を述べても、メルシャンとマルゴーの区別もつかない連中には「あら、そう」的な反応しか期待できないから空しいのである。

ジーンズとGパンの違いも同じだ。
自分の中にワインの歴史を持たない人にワインの区別がつかないように、10代や20代をあまり謳歌してこなかった人にはジーンズとGパンの区別はつかないはずだから、その違いを説明しても理解されることはないのである。
ジェームス・ディーンも僕も、新品のGパンを履いたまま風呂に入って、タワシでごしごしやって、着たまま乾かして自分の身体にフィットさせたなんて書いても、「へぇ」程度の反応と、ジェームス・ディーンって誰?と言われるのがおちなのだ。

もっと書けば、GIとはgoverment issue(官給品)のことで、それが米兵を指す言葉になったのだよとか、男の兵士をジーアイ・ジョー、女の兵士をジーアイ・ジェーンと言うのだよ、彼・彼女たちがはいたのでGIパンツ、Gパンになったのだよ、 というふうな説明をしながら“メリージェーン オン マイ マインド♪”と口ずさんであげれば、映画や音楽にジョーやジェーンという名がよく出てくるのもうなずけるのだろうが、そして、そんなあれこれをつなぎ合わせて行けば、ジーンズとGパンの違いが見えてくるはずなのであるが、見えるのと感じるのとでは違うわけで、知識として理解できても、ワインを味わう味覚同様、Gパンに内包される若さを謳歌する感覚は伝えようがないのである。

以上のことから僕は、「ジーンズとGパンはどう違うのですか?」という質問には、
「アメリカ南西部で作られたのをGパン、北東部で作られたのをジーンズと呼んでいる」とウソを教えることにしているのである。


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