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Old Saltの日々雑感

日々雑感的に思うところを小さなウソと大きな誇張でデフォルメして掲載中!

続けばいいけど・・・  




続けばいいけど・・・


韓国語の勉強を始めました。

以前に書いた韓国ドラマ『大王世宗』の記事を読み返してみて、改めて大王世宗(テワン セジョン:朝鮮王朝第四代国王)の偉大さを認識させられたのでした。

世宗大王最大の功績は表音文字ハングルを制作したこと。ハングルの母音は「・|―」(・は‐で表記)のわずか3つの記号の組み合わせで作られています。子音も□や○など簡単な記号です。無学な民に文字をという思いからです。しかも、「・」は太陽や天、「―」は地、「|」は人を表しています。ただの棒線に天・地・人の3つの意味を持たせているところがすごいと思うのです。
「아」は「a」です。北に向かって立っている人(|)の右側(東側)に(-)太陽です。日の出ですね。
「우」は「u」で、地平線の下に太陽があります。まだ太陽は出ていません。だから아は陽性母音、우は陰性母音なのです。発音も、아は東の空から太陽が上がっているので口を大きく開け「a」と発音します。우は、太陽はまだ水平線の下にあるので口を閉じて「u」と発音します。重めのくぐもった発音になります。
ㅑ(ya)とㅕ(yo)も同じです。yaは陽性母音なので口を大きく開けて発音し、yoは陰性母音なので重くヨ(日本語の母音には無い発音)になります。
ただの記号の組み合わせのように見えますが、ハングルは、とても味わい深い文字であることが分かります。

|―‐□○などの記号の組み合わせなので誰でも簡単に読み書きができるようになります。
誰でも読み書きができるのなら、僕でも出来るということ。じゃぁやってみましょうということで始めました。勉強を初めて10日が経ちました。とりあえず三日坊主という大きな壁・峠は超えたので胸を張って公表することにしました。

と、偉そうなことを書いていますが、町役場主催の「トラベル韓国語講座」に通い始めただけのことです。毎週土曜日1回90分、全8回の講習なので、いくら誰でも出来ると言っても8回でモノになるとは思っていません。それは分かっていましたが、『大王世宗』の文章を読み返していたときに、たまたま広報に載っていた講座を目にしたので衝動的に申し込んでしまったのでした。

ところが落選。ガッカリはしましたが、ちょっとホットモットしていたのでした。というのは7~8年前に初級英会話講座に行ったことがあって、総勢20名の中で男は僕一人。なんか居づらい雰囲気で初回で挫折した苦い経験があったからなのです。
その時のことを失念し韓国語講座に申し込んだわけで、衝動的に申し込んだことを後悔していたのです。だから落選してホッとしていたわけです。ところがなんと、役場から繰り上げ当選の電話があったのです。すごく、嬉しくなかったです。もう気持ちは『大王世宗』から離れておりましたから。

今回も男は僕一人でした。ほぼ全員、韓ドラもしくはKPOPファンのオバサマだと判明しました。世の不条理というか、韓ドラ女優のようなシュッとしたオバサマはいらしゃいませんでした。여보세요

韓ドラ好きの女性に悪人はいないと言います。あっ、これは正しくありませんね。
韓ドラ好きのオバサマに悪人はいない、これが正しい表現です。韓ドラ好きの若い娘の中には悪人がいると思うのですね。
なぜ韓ドラ好きのオバサマに悪人はいないのか。理由は幾つか考えられます。
韓ドラはストーリーが単純かつ簡単です。財閥が登場し、意地悪なオンナが必ず登場します。主人公は孤児院出身者が多いです。そしてほぼ8割が実業家で大成している実の親が見つかったり金持ちの外国の親族が見つかったりします。で、意地悪なオンナやオトコと攻守が逆転し、ほぼ何らかのハッピーエンドで完結します。

オバサマたちは家事や仕事の合間に見ますからややこしいストーリーはダメです。能力的にも難しい内容にはついて行けません。韓ドラは多くても3世帯ぐらいの家族が登場し全員何らかの相関関係があるという設定です。ホテルのバイキングのようなもので、食堂に和洋中の全て、コーヒーからジュース、デザートまで並んでいて、それらを移動距離10mで全部味わうことができます。楽ちんです。例えば2世帯が登場すれば「おっ、全員何らかの絡みがあるナ」と予測できるわけです。安心ですね。

韓ドラは現代ドラマも時代劇も必ずラブラブシーンがあります。BGMが流れれば数十秒はラブラブシーンもしくはラブラブシーンの回顧です。この間を利用して洗濯物を取り込んだりトイレに行けるわけですね。ハングルが誰でも読み書きができるように、韓ドラも誰でも“読み”をきかせて時間の有効活用ができます。これがオバサマたちには重宝なのです。

ラブラブシーンと書きましたが、韓ドラはプラトニックラブ的な展開が挿入されています。これがオバサマの胸の中に小指の先ほど残っている乙女チックな部分をチクリと刺激するのです。で、曲がり角を一つではなく三つほど曲がってしまったお肌のシミに厚めにファンデーションを塗る手を止めてふっとため息をつきます。で、「ドミー(地元のスーパー)に行かなくっちゃ」と独りごちて気分を変えます。

どうです、どこにも悪女はいないでしょ。悪女がいないというよりも、韓ドラ好きのオバサマたちは悪女にはなれな可愛い人が多いというべきかな。
英会話の時は若い女性が多くて気後れしましたが、悪人がいない韓ドラオバサマだらけなので、なんとなく安堵しました。これなら続けられるかもしれないと・・・。

勉強し始めて10日が過ぎましたが講習はまだ2回目。母音と子音の授業が終わったところですが、ハングルは簡単なのに難しい。
母音と子音の記号の組み合わせなので文字を読むのは難しくありません。文字の意味は分からずとも読むことはできます。これが簡単な点。
難しいのは発音。母音が21もあるのです。日本語はあいうえおの5つしかありませんから、日本の母音にない発音が難しいです。発音が難しいので、韓国旅行で喫茶店に入り、コピ(コーヒー)くださいと言ったらコピ(鼻血)が出てくるわけですね。
※実際に鼻血が出てくることは無いと思う。

これだけ母音が多いと言うことは、色は匂へど散りぬるを的な、のんびり母音で育った日本人があいうえお母音をしっかり入れた韓国語を話してももたぶん通用しないことでしょう。逆に、韓国の俳優や歌手やタレントが短期間で日本語を上手に話すのは、彼・彼女たちの努力あってのことですが、21も母音があるハングルに比べたら、日本語はすごく易しいのだろうと思います。

ま、とにかく、韓国語会話は発音が大切。何度も何度も発音の練習をする。これが習得の近道でしょう。



僕はこの動画で勉強しています。日本語=韓国語ではなく、英語=韓国語です。
これだと韓国語だけでなく英語の勉強にもなるでしょ。
まさに一石二鳥。賢いでしょ。

えっ、二兎を追う者は一兎をも得ず って格言もあるぞって?

アンニョンヒカセヨ~♪

韓国ドラマ『大王世宗』 


人間ドック  




人間ドック


人間ドックの費用を見てみると、1泊2日タイプで7~8万円もするようです。
セレブ用だとン十万円というのもあるようで、フランス料理のフルコースなどが食卓に並ぶらしいです。高級ホテルで食事しながらついでに検査といった感覚なのでありましょう。当然、超微に入り細にわたって検査されるわけですから、絶対に何らかの異常が見つかるに違いありません。ざまあみろ、でございますですねー。
わざわざ何十万円も出して異常を見つけるのに躍起という気持ちが理解できません。

日本人で最も多い病気は癌らしいですが、この発見が難しくて、上の超微超細の検査でも見抜けないこともママあるようです。
ところが、癌発見犬というのがいまして、呼気を嗅ぐだけで癌患保持者を見分けるそうです。その正解率は90~98%というからすごいです。
癌には特有の臭いが有るのではという仮説に基づき臭覚の鋭い犬で実験を繰り返した結果、呼気を嗅ぐだけで癌が発見できるようになったらしいです。

冒頭のは人間ドック。こちらは人間ドッグ、ですね。

ア、チョー!!!!  




ア、チョー!!!!


大腸の内視鏡検査を受けてきました。
お尻から内視鏡を、蛇行させながら1mほど奥まで入れるそうです。その顛末を報告しようと思うわけですが、誰しもこういう切った張った突っ込んだという話は誇張をしたくなるもので、僕も例外ではありません。また、少しのウソを交えかつ大袈裟という演出があってこそ、真の状況が読者に伝わるというものでもあります。

ところがです。医療の話では迂闊なことは書けないのです。僕には花唐草というマイ・ナースがいるのですが、彼女は医療に人生の全てを捧げているとうか、捧げざるをえないというか、医療以外のものを棒に振ったというか、ま、とにかく、そういう一本道の人なので下手なことを書くと厳しい叱責が飛んでくるのです。
僕は病気持ちという特権を吹聴したいだけに、この人の存在は目の上のタンコブ、腸の中のポリープなのです。でも、これはまあ誰しもそうですよね。自分が拠りどころにしているもの、花園作りや犬猫や料理や豚丼屋のことで何かを言われたら、その道の通の方は黙ってはいられませんもんね。

今回だってマイナースに「大腸が・・・」と言っただけで「ポリペクね」ですからね。その、ポリペクの意味の説明はないのです。でも尋ねることができません。“誰でも知ってることだろ!”という雰囲気で言うので尋ねることが出来ないのです。相手は尋ねさせて勝とうとしているのです。尋ねたら負けです。何に対する勝ち負けかという突っ込みは無用です。人生には、意味が無くても勝ち負けに拘らねばならない時があるのです。だから、意地でも意味を尋ねてはならないのです。同様のことはガーデニング(花園)の“誘引”という言葉にもいえます。「なんじゃ、誘引とは?」と思うのですが、この言葉もこの道の通の方の中では普通に簡単に使われています。当然これも意味を尋ねたら負けです。
僕は感が鋭いので、ポリペクはなんとなくポリープをペクっと取るのだなと推測したり、昔はよく夜の庭園で遊んで蝶々たちに誘われ引っ張り込まれたことが何度もあったので、誘引とは人工的に無理やり誘い込むことだなと見当をつけるわけですね。とにかく下手に尋ねて負けてはダメです。特に相手が女の場合は増長の一途ですからね。

また、その道の通の方が使われている専門用語を違う表現で言うのもご法度です。それはとても神経に障るのです。例えば僕に対しては、ヨットのマストを帆柱とか、船長を船頭さんなんて言わないことです。“海~よ 俺の海~よ♪”と歌う加山雄三が“連れて逃げてよ~♪”とコブシが回った細川たかしになってしまいます。加山も細川もよく似たもんだろ!と言われたら返す言葉が見つかりませんが、でも、僕は一生、その人を恨み続けると思います。
余談ですが、矢切の渡しは伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の舞台でもあるのですよ。

長くなりましたが、以下に続く文章はウソも誇張もない真実の報告だと申し添えておきます。

内視鏡はカーブでは腸壁を突いて腸管を広げて通るのか、人工的な腹痛が発生して痛いこと痛いこと。かなり辛かったです。「せ!先生!!正露丸を!!!」とつぶやいてみたのですが先生の耳には届かなかったようでした。その、尻から内視鏡を入れている最中にナースが僕の指輪を発見。ポリープを電気で切り取るので金属物を身につけているとそこが火傷になるので外さねばならないと、尻に管がつながっている忙しい時に僕にレクチャーしてくれました。そ、そんな話は事の前に言えっちゅうの!

僕の指輪は簡単には外れないのです。妻の怨念で封じ込められているからではありません。単に、体重が増えたついでに指が太くなってしまったせいです。
「秘技があるから大丈夫よ。外してあげる♪」と自信たっぷりにナースは言い、石鹸とデンタルクロスを使って外そうしてくれるのですが外れません。とうとう指が鬱血し千切れそうに痛くて、あまりの激痛に「もうダメ、痛すぎる!」と言ってしまいました。あまりの痛さに吐き気がしたほどです。その間も医者は内視鏡を奥へ奥へと突っ込んで行くし、「痛たたた!!!」と言ってもその痛みが指か尻か判らない状態です。僕は昔からヒクヒク動く魚の生き造りが大嫌いですが、オペ台の上の僕はまさにそんなヒクヒク状態でした。鯛やヒラメや鯵や伊勢エビの、痛くて辛い気持ちがよくわかりました。料理人の皆様、どうか残酷ななぶり殺し料理はやめてくださいね。

結局秘技が通用せず、最終的にはナースがものすごい形相で無理に矢理を重ね続けてもぎ取ったのでした。指は今も倍に腫れあがった状態です。
指輪が抜けて痛みの神経を尻だけに集中できるようになって、ようやく僕も気持ちに余裕が持てるようになりました。“小指の痛みは全身の痛み”と言います。あなたが噛んだ小指が痛い♪というのは本当で、♪を付けてはいけないほど痛いものなのです。

医師が「一番奥まで入ってますからね。見ますか?」とモニターを見せてくれました。モニターに写っているのは粘膜でキラキラと美しく輝くピンク色の僕の大腸です。
黒部の大腸!空に大腸がある限り♪大腸マーン♪

僕の腹の中はこんなにも綺麗なのだ、僕は正直者なんだと、しみじみと思いました。まさにフレッシュ臓器そのものでした。肉や魚は腐り始めのちょっと崩れかけが最も美味しいですが、野菜や内臓は採れたてが一番です。古い内蔵は絶対に食べてはいけません。ライオンだってハゲタカだって獲り立ての湯気が出ている内臓から先にパクつくでしょ。やはり新鮮臓器がいいのです。僕の腸も美味そうでした。スライスして酢味噌かごま油か、あるいはさっと炒めて岩塩ぱらぱらか、モニターを見ながら真剣に悩んでしまいました。

僕はわりと痛みに耐えるタイプです。我慢がきくのです。それが今回は情けなくも我を忘れて「痛い!」を連発してしまいました。指も腹も、「僕が痛いという時は本当に痛いのじゃ!!!」と叫びたくなるほど痛かったのです。そんな僕でしたが、根はボケと突っ込みの大阪生まれ。お笑い精神を忘れてはいません。モニターのポリープが取り除かれたピンクの患部を見ながら僕は、

「先生、赤チンを塗っておいてください!」と言いましたさ。

先生は“ぶははは!”と笑ってくれました。そのせいで内視鏡を持つ手が激しく揺れてモニター画面も激しくブレました。
「痛っ、先生。痛い!!!」と、僕は身をよじってしまいました。

時と所をわきまえず笑いを取ろうとしてはいけませんね。

副作用  




副作用


馬乳酒。モンゴルではアイラグ(айраг)という。名前の通り馬乳で作った酒でアルコール度数は2%ほど。牛乳よりも濃度が薄く乳の甘味と軽い酸味があるのでサラッと爽やかな口当たりの飲みものだ。モンゴル人は野菜を食べないのでビタミンやミネラル補給、乾燥地の水分補給のために大人だけでなく子供も飲む。

アイラグは生活の知恵から生まれた酒だと思う。馬もかなり頻繁に搾乳をしてやらねばならない。そうしないと乳が張って苦しむからだ。だが馬乳は薄いから乳製品には不向き。冷蔵庫はないから保存ができない。発酵させて酒にしたのである。遠い昔に現地で見聞きしたことから推測して書いているのだが、学術的にも大きくは間違っていない推測のはずである。

モンゴルにはオラーン・イデー(赤い食べ物)とツァガーン・イデー(白い食べ物)の二つの食べ物がある。ちなみにモンゴルの首都ウランバートルは赤い英雄という意味。

赤い食べ物は肉を指す。羊肉である。白い食べ物は乳製品。モンゴル人は野菜を食べないと書いたが、遊牧という生活形態だから野菜を作れない。ゆえに食べないということなのだ。生肉を食べないから肉からビタミンやミネラルはあまり補給できない。それを乳製品で補う。体調不良でダウンしても、さすがの富山の薬売りもゴビまでは来ていないので置き薬を持っていないから、彼らの薬はツァガーン・イデーなのである。
「お腹を白くする」と言ったりする。腹黒よりも腹が白い方が健康なのでる。心も体も・・・。

煉瓦のように硬いチーズからラムネ菓子のようにシュワッと溶けるチーズ、その過程のヨーグルトタイプなどなど何十種類もの乳製品がある。我々はヨーローパのチーズに馴染みがあるが、あれとはかなり異なるチーズや乳製品が多くある。

肉は茹でて食べる。モンゴルだからジンギスカン焼きを想像しそうだが、焼いて食べる風習はない。焼くと肉の脂や肉汁が失われるからだ。大鍋にぶつ切りにした羊肉を入れ水で茹で、ほんの一つまみの塩が味付け。肉だけ大皿に盛りつけスープはうどん出汁や菓子の材料、集めた油脂をロープの補強その他に利用する。骨は、サイコロ代わりに子供たちのオモチャになる。日本人は鯨を完全消費する技を持つが、モンゴル人は羊を一滴の血も無駄にせず完全消費する技を持つ。その度合いの深さに比例して文化が根付いているということなのだ。

羊をぶつ切りにして茹でただけの料理は見た目はグロテスクである。もしアナタがゲル(モンゴルのテント)の招待客だったなら、歓迎として目の前にドンとぶつ切りの茹でただけの羊肉の塊が置かれるはずだ。しかも虚空を睨み歯をむき出した頭が自分の方に向いて置かれている。もうそれだけで辟易としそうになるが、頭が置かれるというのは、この羊はアナタのために用意したという意味なのである。その耳を客人は持参した(椀と箸とナイフは常時持参)ナイフでチョンと切る。そうすることで、羊の頭を他の客に出せなくするのだ。頭付きの羊肉は最上のもてなしの証しなのである。

茹でただけの羊肉だが、見た目と異なり美味い。かなり美味い。日本人は欧米のマトンが羊との出会いという悲しい歴史を持つ。だから羊は臭いという思い込みがある。匂いの少ないラムですら苦手という人が少なくない。そういう人がモンゴルの茹でただけの肉を食べると絶句する。これは美味いと。
かつて日本人のタンパク源の補給用に進駐軍が脱脂粉乳と一緒に配給したマトンが、そのままではクセがありすぎるので焼肉のタレをまぶした味付けマトンになった。マトンは、羊毛を採る羊だったのだ。羊毛用の羊は毛が長く毛深い。卵を産まなくなった鶏、毛が取れなくなった羊は最後に食肉となる。
彼、彼女たちは生涯一度も風呂に入らない。その強烈な汗と尿素の臭いが染みついた肉、それがマトンの正体なのである。

モンゴルの羊も毛を採るが種類が違う。手を洗ってもあっという間に自然乾燥してしまうほど湿度が低い。湿度が低いと匂わないものだが、汗をあまりかかないから化学変化した尿素の臭いもあまりしない。だからモンゴルの羊は臭くないのである。
そしてもう一つはエサ。モンゴルの草は原生ニラ科なのである。ニラの香りがする。それを食べているから肉にニンニク風味がついているのだ。遊牧している羊なので肉質は硬めだが噛めば噛むほど旨味が出てくる。モンゴルで肉を食べて帰国すると、日本の牛肉は豆腐のように歯ごたえがなくて不味く感じてしまう。それほどまでに歯ごたえと旨味が違う。

最後にもう一つ。羊のDNAと人間のDNAは近い。だから羊肉は疲労回復になると言われている。いま僕はとても疲弊している。猛烈に羊肉が食べたい状態にある。
もしこの文章を読んでいるアナタが北海道の方なら、羊一頭とは言いません。頭も付けてとも言いません。左右どちらでもいいです。腿の付け根から脚一本、送ってくださいな。


話をアイラグに戻そう。
馬乳酒の作り方は簡単だ。木の桶に絞りたての新鮮な馬乳を入れ木の棒で攪拌するだけだ。ひたすら攪拌し2~3日寝かせば完成。発酵菌は不要。桶に残った前のアイラグがスターターの役目をする。カスピ海ヨーグルトと同じと思えばよい。

アイラグは速成の酒だがらワインならヌーボーである。ワインを寝かせると味が変わるようにアイラグも寝かせると味が変化する。
アイラグは木の桶で作るのが主流だが、革袋でも作る。特に遊牧中はそうだ。馬や羊やラクダを追いながら革袋に入れた馬乳を揉むのである。3日揉み、5日揉み1週間揉む。そして3日かけて作った酒を3日かけて飲み、1週間かけて作った酒を1週間かけて飲む。
7-7=0なのだ。余剰がない。余剰がないから捨てるものが出ない。モンゴルの草原には過剰消費がないのである。だからゴミが落ちていない。
司馬遼太郎の街道を行くモンゴル編だったと思うが、日蒙登山隊がモンゴルを探検したとき、日本の隊員が空になった空き瓶を捨てて帰ったところろ、その瓶が1500km離れたウランバートルの隊員たちが宿泊していたホテルに「忘れ物だよ」と届けられたという。
むろん、馬でね。
※空き瓶だったと思うが、スーパーのビニールの袋だったかも知れない。

余剰がないから完全消費。ラマ教の教えの影響だと思うのだが、そういう思想で彼らは生きている。


さあてと。
いま僕は体調がすこぶる悪い。座っているとそうでもないのだが、動くと目眩とふらつきが酷い。微熱があり時折悪寒もする。点滴の副作用だと思う。目眩やふらつき、痺れ、むくみを押させる薬を飲んでいるのだが、この薬を調べてみたところ、副作用として目眩やふらつき胃腸障害とあった。場合によっては悪化することもあるとあった。そういう症状が出たときは医師に相談とも書いてある。
点滴の副作用を抑えるために飲む薬も同じ副作用。だったら次はその副作用を抑える薬が処方され、そしてその薬の副作用がまたも目眩とふらつき、むくみ、胃腸障害だったならば、悪循環である。

対処方法は、一つだと思う。薬を断つ。これしかない。
一日7~8時間かけて大量の薬剤が身体の隅々まで投下された。末梢血管の先の先まで薬漬けである。この薬を抜けば体調は戻ると思っている。
7日間かけて作った酒を7日間かけて飲むように、7日間かけて薬漬けづけにした身体を元に戻すには、最低でも7日間はかかると思うべきだろう。
薬効や副作用を差し引きゼロにする。
たった二行で済む話を書くために肉とアイラグの話を延々と書いた。

ツァガーン・イデー。
アイラグを飲みながら茹でた羊を囓れば体調が戻る速度も速くなると思うが、生憎手元に酒も肉もない。

お腹(身体の中)を白くするために、7日間は養生しようと、思っております。

退院  




退院


市民病院西病棟577号室。窓際に二つ、廊下側に二つベッドが置かれた四人部屋だ。
窓際の右側が僕のベッド。看護師がラッキーねと言っていた。たぶんそれは窓際のことなのだろうと思う。どうやらこの577号室は新規入院患者を一時留め置く病室のようで、患者がかなりの頻度で入れ替わる。
この部屋に入院してくるのは緊急な入院を要する患者ばかりなのだが、一刻を争う重体患者はICUへ運ばれるはずだから、緊急入院とはいえ今日明日という患者はいないようなのである。とりあえずこの部屋に留め置かれ、担当医の診断を受け、その科の病室が空けば移っていく、そういう流れなのである。

入院当初にもう一つの窓際にいた老人はもういない。老人の名札には形成外科とあった。寝たきりで頻繁に痰の吸入をしていたので気管支の疾患もあったようだ。
老人が移っていったあと、577号室は二人になり三人になりまた二人になり、今日は一度に二人入院したので今は満室になっている。窓際は耳鼻科の二人。廊下側は内科関連の患者だ。その一人については日を改めて書きたいと思う。

今日で入院一週間。長くこの部屋に居座っているのは僕だけなので、おのずと僕がこの宮殿の主になっている。僕のベッドは窓際の右側、方角だと東側になる。東は日がいずる方角だから、同じ窓際でもこちらが上座。つまり僕は女官を従えた天子様なのである。

牢名主という見方もあると思うが、それは健常者のやっかみというものだ。そいえば老人の後に窓際に入院した痩せぎすの目つきの鋭い男は肩から腕にかけて立派な彫物があるので、牢名主というなら彼の方だろう。牢名主の彼も天子様の僕も共に突発性難聴だから、病気は人を選ばないということだ。再発なんですと、牢名主は申し訳なさそうに僕に言った。
パジャマ代わりのTシャツ姿で彫物を見せながら敬語で話しかけられると違和感があるが、天子様の品格が彼をそうさせるのだと思う。
牢名主は、「ストレスが原因なんです」とも言った。

ああ、そうなん?

いずれにせよ、窓際は渡世の裏街道行く御法度なのだ。ん?なんか違うな。

以上が、病室で書いた文章。この時点で、病室を移るのではなく退院になった。
いま、自宅のPCで続きを書いているが、点滴の副作用なのだろう体調があまりよくない。日頃110~120程度の血圧が150~170もある。動くと軽度だがめまいとふらつきがある。首から上がぼんやりした感じで思考力があまりない。だから、文章を書いていても乗らないから書いていても面白くない。どうしましょうね。

ということなので、病院食のことをほんの少しだけ書いて今日はおしまいとします。


病院食、不味かったです。

入院6日目  




入院6日目


点滴のステロイド薬の副作用で顔と手がパンパンにむくんでいます。



指はこんな感じです。
これでiPhoneのタッチキーを操作できます?
この指で操作することを何と言うかご存じですか?

ブラインドタッチと言うのです。

キーを2つ3つ同時に押すのはまあいいでしょう。違う文字が表示されるだけですから。
文字キー以外のところをミスタッチしてしまうと悲惨です。それが原因で5~6本は原稿を無くしてしまいました。

最悪だったのは初日。4時間半かけてコツコツと書いた文章があと少しで完成というところでミスタッチで消え去りました。ベッドの上で茫然自失でした。
ミスした後で思い出したのです。次女の「メモで書いてからコピペした方がいいよ」というアドバイスを。
ブログの編集画面にダイレクトに書き込んでいたミスでした。PCで更新しているときはワープロソフトで作成しコピペしているわけで迂闊でした。

でもね、笑ってやってくだせいお客人。
メモで書いた原稿も4本ほど無くしているのです。
タッチパネルは嫌いだ!
あんな数センチ四方の、宇宙から見たら蚤の疾呼のシミの大きさすらないスペースにピコピコピコピコなんてセコすぎる。そんな矮小な中に世界があると思ったら大間違いなのである!と声だかに叫びたいが、病室なので我慢しております。



そのようなわけで、これを使っています。可愛いでしょ。
娘の携帯用キーボードです。Bluetooth仕様なので扱いは楽です。キーは小さいですがiPhoneに比べたらうんと楽です。なによりも余分な箇所をタッチするミスがありません。

この赤くて可愛いキーボードがコミュニケーションツールとして役立ってくれています。
皆さんとの、ということではございません。僕は異性愛主義者なので皆さんのことなどどうでもいいのです。
赤くて可愛いキーボードを見たナースが「これは?」と話しかけてくるわけですね。先ほどのナースで4人目でした。ね、役立ってるでしょ。
 「お仕事ですか」
 「いや、ブログの更新やネット検索で」
 「ああ、ブログやってるんですね」
 「病院のことも書いてますよ」
 「へぇ。こういうの、あるんですね」
 「Bluetoothといってね・・・」
というよな感じで、ナースと数分は会話を弾ませることができるわけです。
退院する頃にはメールアドレスとスリーサイズを5~6人分ぐらいはメモに書き残せると思います。

ミスタッチして消さななければ・・・。


入院初日  




入院初日


外泊許可を得て帰宅しています。
入院までの顛末と初日の報告をしておきます。

左耳が極細のベビー綿棒が入らないほど腫れ激しい痛みのため耳鼻医院で診察してもらたところ、外耳炎と中耳炎を併発していて中耳炎の炎症が内耳に影響し内耳も炎症の可能性があると診断されました。聴覚検査をしたところ内耳の反応が悪いという。もしそうなら一刻を争うらしく、その場で市民病院への紹介状を書いてくれたのでした。
市民病院で再度聴覚検査をしたところデータは同じ傾向を示し、市民病院の医師からも入院点滴をした方がいいと助言されたのです。そして急遽入院。

病名は「突発性難聴」というもの。
この“突発性”というのが曲者なのです。病名の頭に“突発性”がつくと、難病の部類に入ります。原因不明という意味でもあるのです。原因不明ということは、確固たる治療薬が無いということです。

僕は「突発性間質性肺炎」という病気を抱えています。“突発性”がつきますから難病です。約20万に一人程度の割合の難病です。平均寿命は5年~上手に付き合って8年。
“突発性”なので原因不明。原因不明なので治療薬はありません。唯一、ステロイド系の薬剤が進行を抑える働きをするようですが、強い副作用を我慢しても使用するほどの効果は期待できないようなのです。発病当初、ステロイド系の呼吸薬を使っていましたが、すぐにやめ多量に貰っていた薬剤を捨てました。副作用で別の辛い思いをするなら肺炎で死ぬ方がいいじゃないかと。幸い、8年の壁を越えていますが、これは日々更新しているようなもので、あと1年は大丈夫といった見立てはできなそうです。40度を超える高熱が数日つづくとまず助からないそうです。

「突発性難聴」も突発性がつきますから、最悪のケースが当然あります。肺炎は死亡ですが、耳なので命は死にはしません。死ぬのは内耳の機能。内耳が死ぬと聴覚が死ぬ。怖いのですね。これが即入院治療を勧めた理由です。

治療は「入院点滴」というもの。朝9時頃から夕方5時頃までの終日点滴です。薬1.5リットルほど点滴します。抗生物質などを生理食塩水で希釈したものを点滴します。点滴薬の一つにステロイド薬が含まれます。これこそ難病の証左といえましょうか。身体副作用があります。
内耳は鼓膜の奥にありますから鼓膜を破って治療するわけにはいきません。点滴薬で内から治療するわけです。身体の中の小さな一部位の炎症を治療するために大量の点滴薬を投入するわけです。ピンポイント治療ではありませんから、水虫菌やらビフィズス菌やら借金やら、とにかくキンとつくものもやられてしまいます。

親の血を引く兄弟よりも お乳ほしがるこの子が可愛い といいますが、
毎日の大量の点滴で僕の血はとても水っぽくなるのではないかと思っています。僕はA型ですが退院する頃にはH2O型になっていると思います。
「水くさい奴」と言われようになるに違いありません。

外泊ができるのなら通院点滴でもよさそうなものですが、入院でないと使えない薬剤があるので効果が減少するらしいのです。通院点滴で様子を見ている間に内耳炎が悪化するともう手遅れなのですね。

市民病院西病棟577号室4人部屋の窓際が僕のベッドです。

入院初日。
午後2時に妻に付き添われ入院。看護師から説明を受ける。妻が職場に戻っていってすぐに点滴が始まった。点滴針を差しながらナースが言った。

「綺麗な奥様ですね」と・・・。

妻が同席していなくて良かった。もし聞いていたら、近くに木はないから、5階の窓からベランダに出て、壁を懸垂登坂して屋上に上がっていたと思う。

「アナタほどではないです」と答えておいた。

ナースは、くすっと笑った。

お気づきの方がいるだろう。看護師とナースがいることを。

詳細は外科東病棟でどうぞ。

外科東病棟  




外科東病棟


看護師。この言い方は好きではありません。だって、強肥りのオバサンのイメージがしません?ナースの方がいい♪ ユニフォームの裾をひらっとさせながら院内の廊下を颯爽と歩いている感じがするではないですか。最近はパンツタイプになって病院もつまらなくなりましたが・・・。
廊下の真ん中を歩いてくる強肥りの看護師を病気でフラつく身体で避けるのと、妙齢でスレンダーなナースに正面衝突するのと、患者としてはどっちを選びます?♪

えっ、患者がオンナならどうするのって。
そんなん、知らん!

突発性間質性肺炎という20万に一人ぐらいの率の難病を患っています。平均寿命は約5年。上手に付き合えば8年ぐらいらしいです。
僕は上手に付き合っているようで9年になりました。この病気を簡単に説明すると酸欠病。肺機能が低下しているため慢性的な酸素不足が主な症状。したがって酸素を余分に必要とする力仕事や運動は良くありませんし、するのが辛い。トランペットなどもってのほか。ハーモニカを吹いても息切れします。正常に吹けるのはホラぐらいで、これだけは大ボラを吹く自信があります。

病院で鼻にチューブを入れ小さなボンベを引いている人、それがこの難病の末期症状。難病なので治療薬も確固たる治療方法もありません。僕は付き合いが上手なのか平均寿命をとっくに超えているのに酸素ボンベの世話にはなっておりません。それどころか、酸素がかなり必要なカラオケで全国一位が数度、ヨットも乗りますし、トライアスロンやアメリカンフットボールの観戦にとどまらず、イモトのエベレスト登頂の応援すらすらやってのけます。富士の五合目で酸欠で死にかけた僕ですから、すごいでしょ。人生は一度こっきり、やりたいことをやらないとね。

一昨年の夏に転覆したヨットに這い上がれず死ぬ思いをしましたが、これは病気だけでなく加齢のせいです。ヨットにはクルーザータイプの転覆しにくい船とディンギーという簡単に転覆するタイプの船があります。その両方に乗っているのですが、60歳を過ぎてディンギーに乗るバカはめったにいません。そんなバカなのです。
「A型さうさ脳」の僕は、この脳の天敵ウイルス「B型ううう脳」を持つ妻と18年も上手に付き合ってきたのです。突発性間質性肺炎との付き合いなど軽いものと思っております。

脱線ならぬ転覆しましたね。話を戻します。
というようなわけで、難病を抱えていることから病院とは色々とお付き合いがございます。面白ネタとして幾つか書いてきましたが、今回は、真面目ネタを1つ掲載させていただきたいと思います。
突発性間質性肺炎の検査入院をした8年前に病室に持ち込んだパソコンで書いたものです。

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入院していると、当然といえば当然のことだが、1日に最低でも3度は担当のナースが変わる。検査入院なので健常者と変わらないのでヒマだし、することもないのでナースの品定めをしてしまう。

入院している6階東病棟に、どういうわけかすごい美人のナースがいて時々僕のところにやってくる。髪をアップにまとめ上げたウナジがこれがまた、三途の川を半ば渡り切ろうとしている爺さんでも引き返して来るのではないかと思うほどの艶っぽさなのだ。容姿の容だけでなく、容姿の姿も抜群、性格、笑顔も素晴らしくて、およそ非というものが見当たらないのだ。このまま一生入院していてもいいやと思ってしまったほどのナースなのである。

けれどもそんなナースばかりだと爺さんたちが長生きし過ぎて病室の回転率が落ちる。そこで混ぜるのである。かのナースををAAAとすれば、他にもAAやA’というナースもいるわけなのだが、そういうクラスをぶっ飛ばして一気にJとかKクラスのナースも混ざるのである。いや、山ほどのJやKにほんの少しAが混ざるといった方が正しい。こうしておけば爺さんたちも生き甲斐を無くすだけでなく、たまにAAAに巡回させると心臓発作などを起こすから病室の回転率が上がるという目論見からなのだ。

このようにA~Kもしくはランク付けすら空しいと思える人も含めて様々なナースがいるが、僕はメンクイではないので、その全ての人に恋をしていると言っておきたい。特に、老人病棟を担当するナースたちはとても素敵であると。外見は千差万別だが、その全ての人が僕の目には美しく映るのだ。

一般病室が空いていないため、全員高齢の老人階の部屋に入院させられた。だからかどうか、各病室はくすんでいて暗く重い。自力でトイレへ行ける人は数人で他はほとんどが寝たきり。痩せこけ、微動だにせずに虚空を見つめてポカンと口を開け、静かに呼吸をしているだけという人も少なくない。言葉は悪いが生きる屍と言っていいだろう。自分で自分の生死を牛耳れない老人たちの無念さを病室に漂う空気の中に感じるのである。老人病棟のナースたちは、そんな患者たちを分け隔てることなく24時間体制で面倒をみている。汚物処理も含めて全ての面倒をみているわけで、家族以上の看護ぶりと言っていいだろう。

どう好転しても老人たちが元気に退院していくことは望めない。10人の内8人は生きて退院することはないはずである。残る2人は病院規定による強制退院である。金のある家なら高額な老人看護施設へ移る。それ以外の人は退院後に急変を装って他の病院へ入院させるか自宅で死なせるかである。
そんな現実の中でのナースの仕事は、来るべき死のための終末看護でしかない。他人の人生の後始末である。喜びや充足感の少ない看護だろうなとつくづく思うのである。それでも健気に寸暇を惜しむように仕事をするナースたち、倦怠感や嫌悪感を微塵も見せずに仕事をする彼女たち。僕には誰もが輝いて見えた。

市民病院は日勤・夜勤・深夜勤の3交代制。深夜なら深夜ばかり同じ勤務が続くのならともかく、日替わりで勤務時間が異なる時もある。不規則な勤務体制は体内時計を狂わすだろうから、慢性的な疲労感と背中合わせで仕事をしているはずだ。その厳しい職場環境を見ると、一度や二度ぐらいの点滴ミスや検査用血液を間違えても許す!なんて思ってしまうのである。(と、僕が言ったからといって、現職のナースさんは真似ないでくださいね)

医師とナース。同じ医療従事者でも立場がずいぶんと異なる。世間では医師が主でナースは従の関係で捉えられている。なるほど医師の方がインターンを含めた研修期間も長いし専門知識も施術も勝っている。けれども医師とナースの立場は対等であると思う。
少なくとも10年選手のナースともなれば立場は医師と対等だと言っておきたい。そもそも医師とナースは施術する者と看護する者、テリトリーが違うのだ。より長く日常の患者と接しているという点ではナースの方が患者にとっては有り難い存在である。入院していて感じるのは、日々、ルーチンで消化されていくケアとちょっとした会話が、患者の心のケアにもなっているという点だ。少なくとも、僕が入院している病院のナースはおしなべて心のケアのできるナースばかりである。

昨夜亡くなった隣の個室に新たな患者が入院した。かなり高齢の老人である。付き添いの夫人がほぼ同年と思える老婆。夫婦なのである。その老婆が時々、廊下中に鳴り響くような大きな声で「ハイ!」と言う。返事ではなく、切れない痰を切る声なのだ。悲しい声である。ベッドに寝ている老人とポツネンと椅子に座っている老人。外見の違いはそれだけで、どちらも病人だと言っても誰も疑わないだろう。見ていて切ない光景である。ナースが「二人一緒に面倒は見れないよ」と言ってもどうしても付き添っていたいのだという。おそらく夫を看取ったらそれほど日を置くことなく後を追うのだろう。

その部屋から2つ隣の個室に付添人が増え始めた。患者の死期が近いようなのである。集まって来た親戚縁者がすることもなく所在なげにぼんやりと座っている。周辺に立ちこめている早く逝けよという空気が時間と共に深くなり、沈滞に重みを増す。
そんな陰鬱な光景を目にして妻が言う。「入院にお金を遣うなら、さっさと退院して美味しいものでも食べに行こうよ」と。その通りだと思う。

倒れた老人は2度と起きあがれないものだ。老人でなくても、気持ちが老人になってしまえば同様に起きあがれない。老人は寝込むと一気に衰弱する。これは間違いないのない事実である。現在の、病むと病室で寝かせ付けてしまう西洋医学の手法は間違いだと思う。年寄りや気の病んだ者ほど外を引きずり回すべきなのだ。死ぬまで引きずり回せばいいのである。そのほうが幸せなのだ。

動ける時に出来ることをやる。それしかないと思う。若さを、健常であることを謳歌すること、それがとても大切だとつくづく感じてならないのである。70歳でもやれることを30歳や40歳でやるなということだ。夢や希望があるなら、さっさとそれに向かうべきだし、その若さでしかやれないことをすべきなのである。毎日死んで行く老人に囲まれていて、今更ながらにそのことを感じてならなかった。

冒頭に1冊の本を紹介しておいた。ナースの葛藤が感じられるすごくいい本である。昭和62年に小学館から発行されている。ナースもそうでない方もぜひ読んで欲しい、そんな一冊である。

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突発性関節性肺炎の平均寿命を3年以上も更新できているのは、この時の検査入院での体験が大きい。自分自身で自分を引きずり回せばいいのである。

1月7日。702・248・925。
PCの上に貼ってあるメモの数字だ。体重70.2kg、体脂肪24.8、腹回り92.5cm。みっともない数字である。
1月9日。680・241・913。
糖質制限とカロリーダイエットを併用して実行している。当面の目標は650・850、最終目標は600・800・800なのだが、ストイックなダイエッターではないので無理でしょうね♪
昨年はあまりヨットに乗れていない。バカが冠のないバカになると、ただのバカである。
夏にディンギーで遊ぶ。そのためのダイエットでございます。
カラオケで息切れし全国1位の歌も減りました。たかじんの「あんた」や「やっぱ好きやねん」を歌わせたらちょっとしたもんだったのに、今はサビの部分で息切れ。全国1位に返り咲くためにもダイエットでございます。
つまりは、楽しく遊ぶためのダイエット、なのでございます。


はひふへほ  




はひふへほ


イロハときたら次は「はひふへほ」でしょう。本日は、以前に書いた医療の話でございます。医療ネタで笑っていられるのは元気な証拠と申せましょうか。

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雨の中、隣町の市民病院の歯科口腔外科へ行った。親知らずを抜歯するためだ。
午後の手術時間帯なので待合には誰もいない。受付に紹介状と診察券を渡して待つこと10分ほどで「たかのつめさん」とお呼びがかかった。
「はーい」と返事して診察室に入ると、ナースがあっちへと、いくつかあるブースの一つを指さす。パーテーションを回り込んでみると、そこに座っていたのは女医だったのである。それも並の女医ではない。この僕が絶句したほどの美女だったのである。

傾国の美女という言葉がある。王が美女に現(うつつ)を抜かして政(まつりごと)をおろそかにし国を傾けるという故事のことだが、まさに傾国ならぬ傾院の美女だった。
ただし、女医に見惚れた男性医師が医療事故を頻発させ賠償金で病院を傾けるからではない。偽患者が待合に詰めかけ本物の患者の治療を邪魔したり、入院患者が仮病を使って退院せずに居座って経営を圧迫するからだ。そのため、病院経営者はとびっきりの美人医師や美人ナースを採用するのを嫌がる傾向があるのだ。

したがって、とびっきりの女医やナースに出会うことなど稀である。病院から中元や歳暮を貰ってもいいほどの僕ですら今日この日まで、ため息が出るような女医に出会ったことはなく、過去に美人ナースが一人いただけである。

そのナースは今回とは違う町の市民病院に検査入院していた時の病棟を担当をしていたナースだった。
病室が満室で僕は老人病棟の空ベッドに入れられていた。老人病棟の入院患者が元気に退院することはまずない。大抵が一旦地下の霊安室へ居を移し病棟の裏口から自宅もしくは葬祭会場へ運ばれて行くのである。それが2日に一人ぐらいの頻度で繰り返される。

ところがだ。僕が入院してた階の爺さんたちはしぶとかった。なかなか成仏しないのである。担当医からもうダメと連絡を受けた親族が病室に詰めかけているのに、二日も三日も保つのだ。傾院ナースのせいである。最後にもう一度傾院ナースの顔が見たいと現世にしがみつくのだ。中には一旦事切れたのにハッっと生き返ったりする爺さんもいて、親族は寿命が尽きて安堵し、蘇生してガッカリさせられたりするのだ。
結局、病院経営や親族の精神衛生上良くないということで、傾院ナースはICU( 集中治療室)へ転属していったのだった。
検査入院後、本入院を勧められたが、ICUに行くことがない僕はココロにぽっかり穴が空き、とてもそんな気にはならず退院した。

えーと、何の話だったっけ?
傾院の女医だったね。過ぎたるは及ばざるが如しというように、ちょっと美人程度がいいのである。ただ、歯科の傾院女医だと、治療台に座る患者に指示をださずとも口をあんぐり開けてくれるというメリットりますが・・・。

そんな傾院の女医が僕が持参した紹介状を見ながら、親知らずの抜歯手術ですねと、冷たく言い放ったのだ。美人は冷たく言い放つとますますその美が冴えるから不思議だ。特に傾院だからね。「確認のためにレントゲンを撮りに行っていただけますか」と、これもまたにこりともせず言い放ったのである。
で、彼女がメスで歯茎をかっさばいて埋もれている親知らずをこじあげペンチか何かで強引に引き抜くシーンを思い浮かべた僕は、よーし、治療イスに座る前に亀甲結びで縛ってもらい鞭で2発ほどしばかれてから抜歯してもらおうと考えながら、長い廊下を左に曲がり右に曲がりしながらレントゲン室へ行ったのだった。そして、びょう~と回る撮影機で頭蓋骨のパノラマ写真を撮った。

再び歯科口腔外科の受付に戻り待つこと15分。「たかのつめさーん」「はーい」」と同じ手順で診察室に入った。ナースの「あちらにどうぞ」と、これも同じだ。当然、パーテーションを回り込むとそこには傾院の美女・・・のはずが、普通のおっさんの医師がいたのである。

「えっ。どうして。それはないんじゃないの」と叫びたいのをぐっと我慢して納得がいかないまま診察イスに座ったのだった。そして長い拷問が始まった。
普通なら10分程度ですむ抜歯が、僕の親知らずは横向きに生えていて奥歯の下に潜り込むだけでなく顎の神経とも交差していたのだ。
ブスブスと麻酔注射を打たれメスで歯茎を切開するところまでは分かった。それから歯をドリルで分割。顎の神経を痛めると顔の左半分に麻痺が残るため慎重に作業は進められているようなのだが、時折「取れないな」とボソリと助手に言ったりするのだ。こういう言葉って患者のココロまでも傷める。
結局、医師の疲れた声の「抜けましたよ」を聞いたのはイスに座って50分後。その間、追加で麻酔を4回も打たれたのである。もう10分余計にかかっていたら、僕は激痛に耐えられず死んでいたと思う。まあ大変だった。

けれどもだ。僕は大阪生まれである。その悲しい性が、こういう非常事態でも周りの笑いを取ろうとするのだ。
僕 「先生」
医師「はい何でしょう」
僕 「痛みや苦しさに歯を食いしばって耐えるといいますが・・」
医師「・・・」
僕 「口を開けていて歯をくいしばれない時は、どう耐えればいいんでしょう」
医師「・・・?」
僕 (話も聞いてくれないのか・・・)

よくよく考えてみると、「痛みや苦しさに耐えて・・・」ときちんと喋っているつもりだったが、麻酔で痺れた舌と腫れ上がった唇から出た言葉は「ひたみひゃ ふるひさひゃに はふぉくひひばって・・・」というふうにしか言っていなかったのである。

たしか、以前にもよく似たことがあった。
違う町の大病院で大腸の内視鏡検査を受けたときだった。お尻から内視カメラを入れられ大腸のポリープを切り取って貰ったのだが、その一部始終を僕はモニター画面で見ていた。そして、ポリープがメスで切り取られて医師が「綺麗にとれましたよ♪」と言ってくれた時に、笑いをとろうと言ってしまったのである。

「せんせ。切ったところに赤チンを塗っておいてください」と・・・。

先生はそのジョークにガハハと笑ってくれたのは良かったのだが、内視鏡を保つ手が激しく震えて内視鏡が大腸の壁をアチコチ突いてとても痛い思いしたのだった。

抜歯して5針ほど縫ったようだった。止血のガーゼを真っ赤に染めて帰宅したら、妻が言う。
妻「F(会社の同僚)さんが言ってたけど、Tバックを噛むと血が止まるらしいよ」
僕「へぇ~。あんなもん噛むと止血効果あるの? で、君、Tバック持ってたっけ?」
妻「・・・あのね」
僕「?」
妻「Tバックじゃなくて、Teaパックね」
僕「ほふぇひふぉふぇ」


Banana Boat  




Banana Boat


どういうわけか、1年ほど前に突然右足親指が巻爪になってしまったのでした。どういうわけかと書いたぐらいだから原因は不明です。
靴を履くと痛くて辛くて我慢の限界を超えたので近くの外科へ行ったところ巻爪と診断されたのでした。先生はとてもお年寄なのですが、モゴモゴと入れ歯を動かしつつ自分の事務机の引き出しからニッパーの入っているプラのケースを取り出したのでした。こういう器具は普通、滅菌器の中にピンセットやハサミやメスなどと共に入っているものだと思います。実際、診察ベットの横にはちゃんと滅菌器が置かれています。にもかかわらずそれを無視し、自分の机の引き出しの中から出してくるというはどういうことなのか。引き出しの中には便箋や定規、名刺、ゼムピンなどの事務用品しか入っていませんから、よどほ思い入れのあるニッパーなのだと思います。いやもしかしたら自分専用の爪切りで、患者が途切れた束の間の時間に爪を切るために引き出しに入れているのかも知れません。

どっちなんだろうなぁとイメージを膨らませていたら、やにわに先生は、ニッパーの先を爪の横にねじ込むではないですか。
これはですね。とても痛いものなのです。拷問のトップ3に入るのが生爪剥がしなのです。生爪をペンチでベリベリっと剥がず。剥がした爪の裏には指の肉と毛細血管が・・・うううぅー、僕は想像するだけで、何でも洗いざらい白状しちゃいます。爪の間に爪楊枝を刺し込む、これも痛いです。弁慶も泣きます、きっと。

ニッパーの先を爪の間に突っ込むというのは、まさにその痛さです。しかも巻いて潜り込んだ爪をこじ上げるではないですか。ぐっ、ぐわっ、むっつ、ぎょよぅー。
外科というのは荒治療なものですが、痛かったです。小指の痛みは全身の痛みと言います。小指ですらそうなのに親指です。全身から冷や汗が飛び散る痛さでした。
こじ上げた爪をピンセットで持ち上げておいて愛用のニッパーで爪切りです。
赤チン塗って包帯巻かれて炎症止めを貰って治療は終わりました。4日後には腫れも引き痛みも無くなりました。手術(?)は成功でした。

ところが、3ヶ月ほどすると再発するのです。再び、ぐっ、ぐわっ、むっつ、ぎょよぅーです。これはですね。とても痛いです。
爪の横が食い込むわけでそれを切ります。回を重ねる毎に切り方が深くなって行きます。「もうちょっと切っておかないとダメだね、モゴモゴ」と先生は切ります。僕はその都度、ぐっ、ぐわっ、むっつ、ぎょよぅーです。説明しておきますと、この、ぐっ、ぐわっ、むっつ、ぎょよぅーは声を出しているのではありません。声すら出ません。息を呑んで歯を食いしばり両手を握りしめ荒川静香よりも背を反らせて声無き声でぐっ、ぐわっ、むっつ、ぎょよぅーと叫んでいるのです。本当に痛いと声は出ないものなのです。
この繰り返しです。ということは巻爪は慢性化しているということなのです。右足を庇うせいか左足の親指も右ほどではないにしろ巻爪になりつつあります。

そんなときに、巻爪矯正という治療法があることを知りました。わが町には巻爪矯正をしている病院は無いのですが、運がいいことにクルマで30分ほどの隣町の病院では週に1度だけ都会から専門医が来て治療してくれることを知りました。
行って参りました。



道具が一杯散らかっております。写真では分かりにくいですがワイヤー治療という矯正方法なのです。(撮影の許可を得て携帯で撮りました)

僕の親指を見て、「深爪です」の一言でした。爪を切れば痛みが引くが爪が伸びて来ると再発するのだそうです。つまり、これまでの治療方法が間違っていたのです。ぐっ、ぐわっ、むっつ、ぎょよぅーと耐えても耐え損だったのです。見っなおそう♪見直そう♪、損保24で見なおそお♪、ちゅうことでした。

今回は痛くありませんでした。でも保険が使えない・・・。

デ、痛てて 痛てて 痛てて 痛て~よ! 辛いわ こんなの もうイヤよ!




白内障  




白内障


セカンドオピニオンって必要ね、と妻が言った。「くどうがんか」と「なべたがんか」の僕の話を聞いた感想である。漢字で書くと工藤眼科と鍋田眼科。

先日、あまりにも目の調子が悪くて眼科に行ったのである。6年前に近くの深見病院内にある眼科の藪下先生に白内障が始まっていると診断されていたので、その進行が目の不調の原因と思ったからだ。ちなみに深見病院の藪下先生はミニスカートにブーツ、毛皮のコートを羽織って院内の廊下を闊歩しているイケイケの女医さんである。内科の深見先先の奥さんで高校生の息子さんがいる。「私もね、老眼なのよ。蚊が飛んでるの(飛蚊症)」と、僕の目を正面からのぞき込みながらおっしゃるのである。眼科の診察室は暗室だから、そんなシチュエーションで、わずか30cm先からまっすぐ僕の目を見て告白されると、愛や恋でなく加齢の告白であっても、うぶな僕はどぎまぎして思わず目を反らしてまったのだ。
夫の深見先生にもずいぶんお世話になっている。毎年、家族のインフルエンザの予防接種は深見先生だ。他の病院だと日時指定だが、深見病院は事前に「今年もお願い」と電話しておけば、他の病院が予防接種繁忙期でワクチンが品切れになった時でも、深見さんは待ち時間無しで、こちらの都合でいいときに打ってもらえるのでとても便利なのだ。売れ残りの昨年のワクチンかもという心配がついて回るが、いまのところ消費期限切れのワクチンだったことはない。

インフルエンザの予防接種以外は、妻や娘たちは遠くの、患者が溢れている「山岸さん」に行っている。山岸さんはいついかなる時も、どんな症状で行っても必ず、例外なく、「風邪ですね」と患者を安心させてくれるいい先生だ。処方される薬もいつも同じで、食後に飲む西洋薬と食前に飲む漢方薬の併用だ。食前に飲む漢方薬は忘れがちになるので、わが家には残ったツムラの漢方薬がネットで売るほどある。

話がずいぶん脱線してしまったが、医師の名が藪下というのはハンデだろうなということはさておき、深見病院の眼科では白内障の手術ができない。他の、手術ができる病院を探した結果、わが町には白内障手術ができる眼科医院は2軒しかなく、近い方の医院が工藤眼科だったのである。

その工藤眼科で2時間待って、様々な検査の末にようやく先生の診察を受けたのだが、目の写真を一瞥し「白内障です。手術ですね」と面談即決されちゃったのである。
白内障は水晶体が濁り見えにくくなる症状のことだ。眼球を3㎜ほど切り、そこから器具を入れて水晶体を粉砕し吸い出し、水晶体の代わりにレンズを入れる。手術時間は10分~15分。日帰りでOKだ。目の手術は怖いと思うのだが、とても簡単で成功率の高い部類に入る手術のようで、どの医院も年間350~400件ほど手術しているようなのである。

面談即決時に「日帰り手術は片目をやったあと1週間後に残る方ね」と簡にして潔な説明があった。なにしろ待合室は患者で溢れかえっている。僕にとっては深刻な初体験の未知の手術であっても、先先にとってはone of themでしかない。気持ちはすでに「お次の方ぁ」のようだった。

水晶体の代用として入れるレンズは単焦点眼内レンズと多焦点眼内レンズの2タイプがある。多焦点眼内レンズはメガネやコンタクトの遠近両用と同じようなタイプ。近くも遠くも見えるが費用が高く医療保険がきかない。だからほとんどの人が単焦点レンズにする。単焦点は一カ所しか焦点が合わない。遠くに合わせると手元が見えず手元に合わせると遠くがぼやける。遠くに合わせた場合は手元用に老眼鏡を使い、手元に合わせた時は近視用メガネを使う。どちらのレンズにするかは、その人のライフスタイルによる。

ご存じのように僕は文豪なので近くを見ることが多い。目の不調から最近はペースが落ちたが何十年も1日1冊以上のペースで本を読んできた。読書だけでなくPCに向かっている時間も長い。だから手元に合わせたレンズかなと思う。
だか、である。ブログ名のOld Saltyにあるように、僕は潮っ気たっぷりのヨット乗りでもある。ヨットの上から遠く八丈島やアメリカ大陸を見なければならない。遠くに合わせるか近くに合わせるか、気持ちは千々に乱れる。

そんな悩みを抱えながら、「先生、遠近どちらのレンズをいれるべきでしょか」と尋ねたところ、「うちはね、1mに合わせます」と即答だった。余韻もなにもございませんでした。水晶体だけでなく、千々に乱れたココロも粉砕していただけました。患者のライフスタイルなど一顧だにしない明快な回答でございました。

1mに合わせる。遠くも見えないが手元も見えないが、でもTVはよく見えるぞ!ということなのだろうか。そして遠くや手元は遠近両用メガネで補正せよということなのだろうかと思ったが、1mに合わせることの是非説明などが一切無いので不明のまま診察と診断が終わった。つまり、インフォームド・コンセントが皆無だったのである。

しかもである。手術は1年待ちなのだ。ネットで検索すると早ければ2週間待ちほどで手術ができる病院が多々あるのに、工藤眼科は1年待ちだった。患者が溢れていたから人気病院なのかも知れないが、それでも1年待ちは長すぎる。突発性間質性肺炎という難病を抱え、この病気の平均寿命を超えて生きている僕は日々更新の毎日。寿命の方が先に尽きるぞと思ったのだった。

さてどうしたものかと悩んだのである。残る一つの眼科に問い合わせてみると、そこは10ヶ月待ちだった。わが町にはこの2軒しか手術が出来る医院がない。義母にそのこと話すと、「こう言っちゃなんだけど、幸田(隣町)に鍋田さんがあるよ」と言う。「こう言っちゃなんだけど」は義母の口癖なのである。詳細はコチラをご覧あれ。

そこで鍋田眼科に電話で問い合わせてみると、11月末に手術可能で12月ならいつでもOKという嬉しい回答だった。一安心して電話を切ったのだが、ふと不安がよぎったのである。他の医院は先の先まで予約で埋まっているのに鍋田医院は今月末でも可能、12月はいつでもOKって、ヒマ過ぎネ、と思うよね。そう思うのが正常な反応だよね。



鍋田眼科医院である。タイムスリップしたような感覚になる建物ではないか。明治42年に開業し3代目になるという。この建物、100年以上も前に建てられたのだ。写真には正面玄関が写っているが、ここから入る患者は少ない。写真左手に広い駐車場があり、そこにも玄関があって、現在のメインはその玄関なのである。初めてこの医院に来た患者は駐車場の方の玄関から入る。当然、入ってすぐ受付窓口があると思う。僕もそう思った。ところが玄関の引き戸を開けて入ると、正面に「トイレ」の札がかかっていたのだ。

「な、なに?」である。僕は動揺した気持ちを落ち着かせるために小用を済ませた。この手法は遙か昔、紅顔の美少年だった19歳の春に神戸の六甲山を宝塚から三ノ宮方面へ踏破しようとした途中で道に迷い遭難しかけた時に、「おしっこして落ち着こう」と思った時以来使っていない手法なのだ。あの時は、川を遡行すればやがて山頂に出る。山頂から周辺を眺めればどこで迷ったか判断がつくと、おしっこで落ち着いた気持ちで賢明な判断をしたのだった。ところが頂上に辿り着き周りを見渡すと山が重なっているだけで何も無い。唯一高圧電線の鉄塔が見えた。「街の灯りちらちら あれは何をささやく」と堺正章が歌っているように、灯りのあるところに人はいる。高圧線を辿れば町に出ると信じ歩いた結果、神戸市の方に向かって歩いているつもりが、なぜか有馬温泉に出てしまったのである。ありゃま。
で、温泉に入ってJR福知山線に乗って帰ってきた。
今、この文章を書いていて気づいたが、川を遡行せずに下った方が簡単に町に出たなと思う。

さて鍋田眼科。患者で溢れていたが待ち時間は意外に短く40分だった。視力検査などを終え瞳孔を開く目薬を注されて待つこと15分、名前を呼ばれた。先生から見え方や普段の生活など、幾つも質問を受けた。白内障だが深刻な状態ではないという。矯正視力は0.7なので自動車免許の更新が出来るギリギリの視力。手術をするかしないか判断に迷うところだという。本人の不自由度のよると・・・。

読書やPCが見づらく辛いというと、左右どちらが見づらいかと質問。左と答えるとやっぱりねと言う。僕に写真を見せて左目網膜が黄斑変性であると言った。その箇所は正常だと凹んでいるが黄斑変性になると凹みが無くなり平らになり、凸状態になると深刻な状態なのだそうだ。僕の場合は、平坦から少し盛り上がっている状態だった。
水晶体をカメラのレンズ、網膜をフィルムに置き換えればいい。レンズが正常でも被写体が投影されるフィルムが不良なら画像は鮮明に写らない。それと同じだ。
写真を見ながら鍋田先生は言った。「工藤先生は黄斑変性のことを言わなかった?」と。「聞いてませんけど」と答えると、「見逃したのかな」とポツリとおっしゃった。
「なぜうちに来たの」というので、「手術が・・・」と説明しようとしたら、ニヤリと笑って「1年待ちでしょ」とおっしゃった。
「そうなんです。1年も先なら僕の寿命の方が先に尽きると思いまして」と答えたらワハハと笑っていただけた。関西弁が出ていたようで「関西出身?」とも言われた。
「工藤医院は僕も開院祝いに行ったけどまだ新しいでしょ。スタッフがまだ慣れていないから手術が先になるんじゃないかな。あなたの所なら黒部眼科もあるでしょ。アイツは腕はいいよ」と言う。
「10ヶ月待ちでした」で、ヒマそうなコチラで、と出かかった言葉を飲み込み「こちらに来させていただきました」と言った。
「アイツとは病院で同期なの。友だち。ふ~ん、アイツとこ10ヶ月待ち?」「アイツは年に350ほど手術してるけど、僕んとこは400だよ」と、言外に、ウチはあなたが想像したほどヒマじゃないよとおっしゃった。

診察が長くなりすぎたことに気づいたのだろう、突然、「コンタクトの経験は」と言う。若い頃にハードもソフトも経験はあると言うと、「一度入れてみますか」と。そして「入れるのなら土曜日にいらっしゃい」と。「土曜日ですか?」「うん。土曜日は予約制だからゆっくり対応できるから。来るなら午後がいいよ。空いてるから」と言いながら受付の看護師に土曜の午後の予約は何人?と尋ね、「二人です」と答えると「ほらね」と嬉しそうにおっしゃった。
何故唐突にコンタクトを入れる話になったのかは説明を聞かなかったので不明だが、黄斑変性は手元の近い所にピントが合わない症状がでるので、コンタクトを入れることで軽減できると先生は考えたのではないかと思った。
瞳孔を開く目薬をしているので焦点が合わず眩しくて焦点が定まらない。先の工藤眼科では看護師が優しく丁寧に、4時間ぐらいは車の運転ができません。図書館(医院の隣が市の図書館)で本でも借りて時間潰しをしてくださいとアドバイスをもらったのだが、でもね看護師さん、せっかく優しく説明してアドバイスまでいただいても、瞳孔が開いているのに本など読めませんぜ。この時は車の中で時間を潰したのだった。
鍋田眼科でも時間潰しをしなければならないのは予測できたので、色の濃いサングラスを掛ければ眩しさが軽減できるのではと思い、遠い昔に作り、度が合わなくなり使っていなかったサングラスを持参していたので、それを掛けてみると少し眩しさが軽減されたので、サングラスをかけ帰宅したのだった。景色はぼやけ信号の色も良く見えていなかったので、瞳孔が開きっぱなしの状態で車の運転をする僕を三流亭まん丸氏が見たらきっと、「ドーコーホー違反!」なんてつまらん洒落を飛ばすのだろうなと思いつつ帰宅した。

僕の診療人生の中で最も至福の診療が土用午後の診療だった。鍋田先生と技師二人、一人はコンタクトに強いオバサン看護師、一人はマスクで顔が隠れていて年齢不詳だが目尻の小じわの数から40歳前後と思われる、しかし可愛い声で話す検眼技師(だと思う)が5時までの1時間半、何度も何度も視力や乱視の検査しコンタクトを装着したり裸眼で検眼したりを丁寧に繰り返し、それに鍋田先生の意見が入るといった感じで、メガネ処方やコンタクトの近視と乱視の組み合わせなどをやってもらったのである。1時間半もの長時間、付きっきりで診療を受けるという贅沢な経験をさせていただきました。

するとどうだろう。近視と乱視のバランスがマッチし、メガネ屋では0.7以上出なかった矯正視力が1.0まで出たのである。同じ度数で作ったはずの遠近両用と遠近両用サングラスの度数が同じでないことや合っていないことも判明した。この2本、1ヶ月前に作り、調子が悪くて2度も作り直して貰ったメガネだったのだ。メガネの安売りチェーン店の検眼はお粗末だったのだ。メガネやコンタクトを使っている皆さぁん。検眼は眼科でやってもらうか、信頼できる検眼師のいる店で作りましょう。僕のように丁寧に検査をやってくれる眼科の処方箋を持参した方が自分の目にあったメガネが作れます。

お試しで、20年ぶりにコンタクトを装着した。乱視なので遠近両用コンタクトができず乱視+近視用のソフトコンタクトを入れてもらった。
そのようなわけで、ソフトコンタクトレンズ4日目なのである。とても調子が良くて、黄斑変性の左目は少し違和感があるも、メガネよりもショボショボ感が少なく快適なのである。右目は装着しているのを忘れるほど違和感がない。とてもよろしいのだが、乱視なので遠近両用コンタクトレンズが使えず近視用なので手元がまったく見えない。手元は老眼鏡をかけて見る。老眼鏡は百均で購入。2.5~1.0までの老眼鏡を6本も買ってしまった。何本も使ってみて本や新聞は1.5、PCのモニター画面の距離だと1.0ぐらいが合うことが分かった。ただし、30~40分が限度なのだ。それ以上老眼鏡を使うと焦点がどこに合わなくなるのだ。

コンタクトを着用して痛感したのは、手元が見えないと生活に不自由するということだった。近視のみのコンタクトだとPCや読書ができない。まな板の距離がぼやけるので台所仕事もできない。スーパーに買い物に行っても食材のラベルがまったく読み取れないのだ。老眼鏡を併用しないと食事も不自由するのである。

正しい処方箋でメガネを作り替えるか、遠近両用コンタクトを使い乱視矯正メガネを掛けるか、それとも他の方法があるか、この土曜日に、そのあたりのことを鍋田先生に相談することになっている。


外科東病棟  




外科東病棟


看護師。この言い方は好きではありません。だって、強肥りのオバサンのイメージがしません?ナースの方がいい♪ ユニフォームの裾をひらっとさせながら院内の廊下を颯爽と歩いている感じがするではないですか。最近はパンツタイプになって病院もつまらなくなりましたが・・・。
廊下の真ん中を歩いてくる強肥りの看護師を病気でフラつく身体で避けるのと、妙齢でスレンダーなナースに正面衝突するのと、患者としてはどっちを選びます?♪

えっ、患者がオンナならどうするのって。
そんなん、知らん!

突発性間質性肺炎という20万に一人ぐらいの率の難病を患っています。平均寿命は約5年。上手に付き合えば8年ぐらいらしいです。
僕は上手に付き合っているようで8年を超えました。この病気を簡単に説明すると酸欠病。肺機能が低下しているため慢性的な酸素不足が主な症状。したがって酸素を余分に必要とする力仕事や運動は良くありませんし、するのが辛い。トランペットなどもってのほか。ハーモニカを吹いても息切れします。正常に吹けるのはホラぐらいで、これだけは大ボラを吹く自信があります。

病院で鼻にチューブを入れ小さなボンベを引いている人、それがこの難病の末期症状。難病なので治療薬も確固たる治療方法もありません。僕は付き合いが上手なのか平均寿命を超えているのに酸素ボンベの世話にはなっておりません。それどころか、酸素がかなり必要なカラオケで全国一位が数度、ヨットも乗りますし、トライアスロンやアメリカンフットボールの観戦にとどまらず、イモトのエベレスト登頂の応援すらやってのけます。富士の五合目で酸欠で死にかけた僕ですから、すごいでしょ。人生は一度こっきり、やりたいことをやらないとね。

一昨年の夏に転覆したヨットに這い上がれず死ぬ思いをしましたが、これは病気だけでなく加齢のせいです。ヨットにはクルーザータイプの転覆しにくい船とディンギーという簡単に転覆するタイプの船があります。その両方に乗っているのですが、60歳を過ぎてディンギーに乗るバカはめったにいません。そんなバカなのです。
「A型さうさ脳」の僕は、この脳の天敵ウイルス「B型ううう脳」を持つ妻と18年も上手に付き合ってきたのです。突発性間質性肺炎との付き合いなど軽いものと思っております。

脱線ならぬ転覆しましたね。話を戻します。
というようなわけで、難病を抱えていることから病院とは色々とお付き合いがございます。面白ネタとしてこれまでにも幾つか書いてきましたが、今回は、真面目ネタを1つ掲載させていただきたいと思います。
突発性間質性肺炎の検査入院をした8年前に病室に持ち込んだパソコンで書いたものです。

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入院していると、当然といえば当然のことだが、1日に最低でも3度は担当のナースが変わる。検査入院なので健常者と変わらないのでヒマだし、することもないのでナースの品定めをしてしまう。

入院している6階東病棟に、どういうわけかすごい美人のナースがいて時々僕のところにやってくる。髪をアップにまとめ上げたウナジがこれがまた、三途の川を半ば渡り切ろうとしている爺さんでも引き返して来るのではないかと思うほどの艶っぽさなのだ。容姿の容だけでなく、容姿の姿も抜群、性格、笑顔も素晴らしくて、およそ非というものが見当たらないのだ。このまま一生入院していてもいいやと思ってしまったほどのナースなのである。

けれどもそんなナースばかりだと爺さんたちが長生きし過ぎて病室の回転率が落ちる。そこで混ぜるのである。かのナースをAAAとすれば、他にもAAやA’というナースもいるわけなのだが、そういうクラスをぶっ飛ばして一気にJとかKクラスのナースも混ざるのである。いや、山ほどのJやKにほんの少しAが混ざるといった方が正しい。こうしておけば爺さんたちも生き甲斐を無くすだけでなく、たまにAAAに巡回させると心臓発作などを起こすから病室の回転率が上がるという目論見からなのだ。

このようにA~Kもしくはランク付けすら空しいと思える人も含めて様々なナースがいるが、僕はメンクイではないので、その全ての人に恋をしていると言っておきたい。特に、老人病棟を担当するナースたちはとても素敵であると。外見は千差万別だが、その全ての人が僕の目には美しく映るのだ。

一般病室が空いていないため、全員高齢の老人階の部屋に入院させられた。だからかどうか、各病室はくすんでいて暗く重い。自力でトイレへ行ける人は数人で他はほとんどが寝たきり。痩せこけ、微動だにせずに虚空を見つめてポカンと口を開け、静かに呼吸をしているだけという人も少なくない。言葉は悪いが生きる屍と言っていいだろう。自分で自分の生死を牛耳れない老人たちの無念さを病室に漂う空気の中に感じるのである。老人病棟のナースたちは、そんな患者たちを分け隔てることなく24時間体制で面倒をみている。汚物処理も含めて全ての面倒をみているわけで、家族以上の看護ぶりと言っていいだろう。

どう好転しても老人たちが元気に退院していくことは望めない。10人の内8人は生きて退院することはないはずである。残る2人は病院規定による強制退院である。金のある家なら高額な老人看護施設へ移る。それ以外の人は退院後に急変を装って他の病院へ入院させるか自宅で死なせるかである。
そんな現実の中でのナースの仕事は、来るべき死のための終末看護でしかない。他人の人生の後始末である。喜びや充足感の少ない看護だろうなとつくづく思うのである。それでも健気に寸暇を惜しむように仕事をするナースたち、倦怠感や嫌悪感を微塵も見せずに仕事をする彼女たち。僕には誰もが輝いて見えた。

市民病院は日勤・夜勤・深夜勤の3交代制。深夜なら深夜ばかり同じ勤務が続くのならともかく、日替わりで勤務時間が異なる時もある。不規則な勤務体制は体内時計を狂わすだろうから、慢性的な疲労感と背中合わせで仕事をしているはずだ。その厳しい職場環境を思うと、一度や二度ぐらいの点滴ミスや検査用血液を間違えても許す!なんて思ってしまうのである。(と、僕が言ったからといって、現職のナースさんは真似ないでくださいね)

医師とナース。同じ医療従事者でも立場がずいぶんと異なる。世間では医師が主でナースは従の関係で捉えられている。なるほど医師の方がインターンを含めた研修期間も長いし専門知識も施術も勝っている。けれども医師とナースの立場は対等であると思う。
少なくとも10年選手のナースともなれば立場は医師と対等だと言っておきたい。そもそも医師とナースは施術する者と看護する者、テリトリーが違うのだ。より長く日常の患者と接しているという点ではナースの方が患者にとっては有り難い存在である。入院していて感じるのは、日々、ルーチンで消化されていくケアとちょっとした会話が、患者の心のケアにもなっているという点だ。少なくとも、僕が入院している病院のナースはおしなべて心のケアのできるナースばかりである。

昨夜亡くなった隣の個室に新たな患者が入院した。かなり高齢の老人である。付き添いの夫人がほぼ同年と思える老婆。夫婦なのである。その老婆が時々、廊下中に鳴り響くような大きな声で「ハイ!」と言う。返事ではなく、切れない痰を切る声なのだ。悲しい声である。ベッドに寝ている老人とポツネンと椅子に座っている老人。外見の違いはそれだけで、どちらも病人だと言っても誰も疑わないだろう。見ていて切ない光景である。ナースが「二人一緒に面倒は見れないよ」と言ってもどうしても付き添っていたいのだという。おそらく夫を看取ったらそれほど日を置くことなく後を追うのだろう。

その部屋から2つ隣の個室に付添人が増え始めた。患者の死期が近いようなのである。集まって来た親戚縁者がすることもなく所在なげにぼんやりと座っている。周辺に立ちこめている早く逝けよという空気が時間と共に深くなり、沈滞に重みを増す。
そんな陰鬱な光景を目にして妻が言う。「入院にお金を遣うなら、さっさと退院して美味しいものでも食べに行こうよ」と。その通りだと思う。

倒れた老人は2度と起きあがれないものだ。老人でなくても、気持ちが老人になってしまえば同様に起きあがれない。老人は寝込むと一気に衰弱する。これは間違いないのない事実である。現在の、病むと病室で寝かせ付けてしまう西洋医学の手法は間違いだと思う。年寄りや気の病んだ者ほど外を引きずり回すべきなのだ。死ぬまで引きずり回せばいいのである。そのほうが幸せなのだ。

動ける時に出来ることをやる。それしかないと思う。若さを、健常であることを謳歌すること、それがとても大切だとつくづく感じてならないのである。70歳でもやれることを30歳や40歳でやるなということだ。夢や希望があるなら、さっさとそれに向かうべきだし、その若さでしかやれないことをすべきなのである。毎日死んで行く老人に囲まれていて、今更ながらにそのことを感じてならなかった。

冒頭に1冊の本を紹介しておいた。ナースの葛藤が感じられるすごくいい本である。昭和62年に小学館から発行されている。ナースもそうでない方もぜひ読んで欲しい、そんな一冊である。


着てはもらえぬセーターを♪  




着てはもらえぬセーターを♪


朝晩の寒暖の差が身体に響き始めました。このところ4時に目が覚め、しばらくベッドで悶々とし5時には起きてしまう。これはちょっと辛くて、昼間、時と場所を選ばず気が緩むと睡魔に襲われる。ナルコプレシーかと思ってしまうぐらいだ。

寒くなって来ると胸がジンジン痛むのである。
胸がしんしん泣いてます♪なら歌詞。都はるみの「北の宿から」である。
胸がしんしんだと、着てはもらえぬセーターを編だりお酒並べて涙歌を歌ったりできたり、ついでにレコード大賞を貰ったりもできるのだが、肺がジンジン痛いと言うのは単なる病人の嘆きでしかなく、インフルエンザやノロウイルス菌を貰わないように戦々恐々の日々を続けるだけなのである。

睡眠不足がジンジンに拍車をかけ、妻に痛いとか調子が悪いと訴えても、毎年のことなのでとっくに聞き飽きたらしく無視なのだ。妻は百姓の娘だから頑丈にできている。そんな彼女に病人の身体と心の痛みを理解せよという方がどだい無理なのだが、だからといって、まさか向かいの奥さんに「胸がジンジン痛むんですわ」と訴え、変に誤解され、セーターを編まれてプレゼントされても困るので妻に言うしかないのである。

そんな妻が昨年、定期検査にひっかかって胃カメラを飲んだ。胃潰瘍のケが出ていたらしい。今年も検査にひっかかって胃カメラを飲むとか。今回は胃炎のケらしい。不思議な話である。
胃潰瘍や胃炎というのは神経症である。繊細な神経の持ち主に起こる症状だから、B型でう・う・う脳の妻にはまったく無縁のものなのである。
僕なんかの場合だと、思想や哲学で思い悩み胃がキリキリ痛んだりするわけだが、妻の場合はただの食べ過ぎから来る症状。夜中の1時2時に牛乳飲みながらおはぎを2個も3個も食べれば胃炎のケが出ても何の不思議もないのである。せめて牛乳の代わりにお茶にしたらというと、緑茶は眠れないのだそうだ。B型ううう脳が緑茶で眠れない細い神経であるはずがない。結婚して17年になるが、妻がベッドで10分以上起きているのを僕は一度も見たことが無いのである。

まあとにかく、胃カメラなど飲む必要などないから太田胃酸を飲めばと言うのだが、彼女はオブラート無しで粉末の薬が飲めないのだ。だから、おはぎは食べるが安倍川餅は粉が喉に詰まってダメ。B型ううう脳というのは換言すれば根がズボラということだから、つまりは、オブラートに包むのが面倒なのである。だから太田胃酸を飲まず胃カメラを飲む方を選ぶのだという。その性格をオブラートに包んでいただければ、わが家も少しは安寧になるというものだが、B型ううう脳にそれを求めても、着てはもらえぬセーターを編んで着てもらえる確率よりも低いに違いない。

そんな僕や妻に分け隔てなく、秋も深まって参りました。

友人紹介  





友人紹介

最近ブログ友が増えました。先の沖縄の方以外にも二人増えました。一人は東北方面にお住まいで、ご主人がウインドサーファーと言っておられる方。僕はヨット乗りなので帆繋がりの交友なのですが、彼女のブログは夕食の紹介でセール(帆)の話だけでなくホタテの話すら出てきません。でも僕は、海仲間の恋人は僕の恋人、海仲間の妻は僕の妻という発想ができる、海のように広いココロの持ち主なので夕食ネタに目をつむろうと思っております。

もう一人の方は住所不明です。今年の春からナースになられたようです。僕は看護師という言い方が好きではありませんので、以後、ナースと呼ばせていただきます。
だって、看護師というと強肥りのオバサンのイメージがしません?ナースだとユニフォームの裾をひらっとさせながら院内の廊下を颯爽と歩いている感じがするではないですか。最近はズボンタイプになって病院もつまらなくなりましたが・・・。
病気で疲れた患者(オトコ)だったとして、廊下の真ん中を強肥りの看護師が歩いてくるのを避けようとフラつく身体をよけるのと、妙齢でスレンダーなナースに正面衝突するのと、患者としてはどっちを選びます?♪

えっ、患者がオンナならどうするのって。
そんなん、知らん!

僕は突発性間質性肺炎という難病持ちなのです。20万に一人ぐらいの率らしいです。平均寿命は約5年。上手に付き合えば8年ぐらいはいけるとか。
僕は上手に付き合っているようで平均余命を超え7年になりました。あと1年残っていますがローンの残金ではないので完済は嬉しくありません。上手にもうちょっと生き延びたいと思います。
この病気は簡単に説明すると酸欠病なのです。慢性的な酸素不足なので、酸素を余分に必要とする力仕事や運動は良くありません。でも酸素が必要なカラオケで全国一位が数度、ヨットも乗りますし、トライアスロンやアメリカンフットボールの観戦すらやってのけます。すごいでしょ。やりたいことをやらないと・・・。

昨年の夏は転覆したヨットに這い上がれず死ぬ思いをしましたが、これは病気のせいではなく単なる加齢のせいです。ヨットにはクルーザータイプの転覆しにくい船とディンギーという簡単に転覆するタイプの船があります。僕はその両方に乗っているのですが、60歳を過ぎてディンギーに乗るバカはめったにいません。そんなバカなのです。
「A型さうさ脳」の僕は、この脳の天敵ウイルス「B型ううう脳」を持つ妻と16年も上手に付き合ってきたのです。突発性間質性肺炎との付き合いなど軽いものと思っております。

脱線ならぬ転覆しましたね。話を戻します。
というようなわけで、初々しいナースと知り合いになれたことは患者冥利に尽きます。
「タカさん採血しましょね。ごめーん、血管見つからなかった。違うところにしちゃお♪」とローラチックにブスリブスリでも3回ぐらいは許しちゃいます。でも4回目は許しません。と、ローラを見る冷ややかな菜々緒目線。

難病を抱えていることもあって、病院とは色々とお付き合いがございます。面白ネタも幾つかあって掲載したこともありました。読み物としても面白い出来なので追々再掲したいと思っています。
今回は、初々しいナースにエールをと思い、面白ネタではなく真面目ネタを1つ掲載させていただきす。

突発性間質性肺炎の検査入院をした7年前に病室で書いたものです。

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入院していると、当然といえば当然のことだが、1日に最低でも3度は担当のナースが変わる。僕は検査入院なので健常者と変わらないのでヒマだし、することもないのでナースの品定めをしてしまうのである。

僕が入院している6階東病棟に、どういうわけかすごい美人のナースがいて時々僕のところにやってくる。髪をアップにまとめ上げたウナジがこれがまた、三途の川を半ば渡り切ろうとしている爺さんでも引き返して来るのではないかというほどの艶っぽさなのだ。容姿の容だけでなく、容姿の姿も抜群、性格、笑顔も素晴らしくて、およそ非というものが見当たらないのである。このまま一生入院していてもいいやと思ってしまったほどのナースなのである。

けれどもそんなナースばかりだと爺さんたちが長生きし過ぎて病室の回転率が落ちる。そこで混ぜるのである。かのナースををAAAとすれば、他にもAAやA’というナースもいるわけなのだが、そういうクラスをぶっ飛ばして一気にJとかKクラスのナースも混ざるのである。いや、山ほどのJやKにほんの少しAが混ざるといった方が正しい。こうしておけば爺さんたちも生き甲斐を無くすだけでなく、たまにAAAに巡回させると心臓発作などを起こすから病室の回転率が上がるという目論見からなのだ。

このようにA~Kもしくはランク付けすら空しいと思える人も含めて様々なナースがいるが、僕はメンクイではないので、その全ての人に恋をしていると言っておきたい。特に、入院患者を担当するナースたちはとても素敵であると。外見は千差万別だが、その全ての人が僕の目には美しく映るのだ。

一般病室が空いていないため、僕はほぼ全員が高齢の老人というフロアに入院させられた。だからかどうか、各病室はくすんでいて暗く重い。自力でトイレへ行ける人は数人で他はほとんどが寝たきり。痩せこけ、微動だにせずに虚空を見つめてポカンと口を開け、静かに呼吸をしているだけという人も少なくない。言葉は悪いが生きる屍と言っていいだろう。自分で自分の生死を牛耳れない老人たちの無念さを病室の空気の中に感じるのである。ナースたちは、そんな患者たちを分け隔てることなく24時間体制で面倒をみている。汚物処理も含めて全ての面倒をみているわけで、家族以上の看護ぶりと言っていいだろう。

どう好転しても老人たちが元気に退院していくことは望めない。10人の内8人は生きて退院することはないはずである。残る2人は病院規定による強制退院である。金のある家なら高額な老人看護施設へ移る。それ以外の人は退院後に急変を装って他の病院へ入院させるか自宅で死なせるかである。
そんな現実の中でのナースの仕事は、来るべき死のための終末看護でしかない。他人の人生の後始末である。喜びや充足感の少ない看護だろうなとつくづく思うのである。それでも健気に寸暇を惜しむように仕事をするナースたち、倦怠感や嫌悪感を微塵も見せずに仕事をする彼女たち。僕には誰もが輝いて見えた。

僕が入院している市民病院は日勤・夜勤・深夜勤の3交代制。深夜なら深夜ばかり同じ勤務が続くのならともかく、日替わりで勤務時間が異なるようだ。不規則な勤務体制は体内時計を狂わすだろうから、慢性的な疲労感と背中合わせで仕事をしていると思うのである。その厳しい職場環境を見ると、一度や二度ぐらいの点滴ミスや検査用血液を間違えて100cc採血されても許す!なんて思ってしまうのである。(と、僕が言ったからといって、現職のナースさんは真似ないでくださいね)

医師とナース。同じ医療従事者でも立場がずいぶんと異なる。世間では医師が主でナースは従の関係で捉えられている。なるほど医師の方がインターンを含めた研修期間も長いし専門知識も施術も勝っている。けれども医師とナースの立場は対等であると思う。
少なくとも10年選手のナースともなれば立場は医師と対等だと言っておきたい。そもそも医師とナースは施術する者と看護する者、テリトリーが違うのだ。より長く日常の患者と接しているという点ではナースの方が患者にとっては有り難い存在ではないかと思ったりするのである。入院していて感じるのは、日々、ルーチンで消化されていくケアとちょっとした会話が、患者の心のケアにもなっているという点だ。少なくとも、僕が入院している病院のナースはおしなべて心のケアのできるナースばかりである。

昨夜亡くなった隣の個室に新たな患者が入院した。かなり高齢の老人である。付き添いの夫人がほぼ同年と思える老婆。夫婦なのである。その老婆が時々、廊下中に鳴り響くような大きな声で「ハイ!」と言う。切れない痰を切る声なのだ。悲しい声である。ベッドに寝ている老人とポツネンと椅子に座っている老人。外見の違いはそれだけで、どちらも病人だと言っても誰も疑わないだろう。見ていて切ない光景である。ナースが「二人一緒に面倒は見れないよ」と言ってもどうしても付き添っていたいのだという。おそらく夫を看取ったらそれほど日を置くことなく後を追うのだろう。

その隣のさらに隣の個室に付添人が増え始めた。患者の死期が近いようなのである。集まって来た親戚縁者がすることもなく所在なげにぼんやりと座っている。周辺に立ちこめている早く逝けよという空気が時間と共に深くなり、沈滞に重みを増す。
そんな陰鬱な光景を目にして妻が言う。「入院にお金を遣うなら、さっさと退院して美味しいものでも食べに行こうよ」と。その通りだと思う。

倒れた老人は2度と起きあがれないものだ。老人でなくても、気持ちが老人になってしまえば同様に起きあがれない。老人は寝込むと一気に衰弱する。これは間違いないのない事実である。現在の、病むと病室で寝かせ付けてしまう西洋医学の手法は間違いだと思う。年寄りや気の病んだ者ほど外を引きずり回すべきなのだ。死ぬまで引きずり回せばいいのである。そのほうが幸せなのだ。

動ける時に出来ることをやる。それしかないと思う。若さを、健常であることを謳歌すること、それがとても大切だとつくづく感じてならないのである。70歳でもやれることを30歳や40歳でやるなということだ。夢や希望があるなら、さっさとそれに向かうべきだし、その若さでしかやれないことをすべきなのである。毎日死んで行く老人に囲まれていて、今更ながらにそのことを感じてならなかった。

ナースの話から少し脱線してしまったが、今回の入院でナースの仕事の尊さに気づかされた。ナースの報酬は同世代の人のそれより良いというが、金銭の多寡だけではやり遂げられない職業である。口幅ったい言い方かも知れないが、愛と心がなければ出来ない仕事だと思える。

冒頭に1冊の本を紹介しておいた。ナースの葛藤が感じられるすごくいい本である。昭和62年に小学館から発行されている。ナースもそうでない方も、機会があればぜひお読みいただければと思う。


ア、チョー!!!!  



ア、チョー!!!!


大腸の内視鏡検査を受けてきました。
お尻から内視鏡を、蛇行させながら1mほど奥まで入れるそうです。その顛末を報告しようと思うわけですが、誰しもこういう切った貼った突っ込んだという話は誇張をしたくなるもので、僕も例外ではありません。また、少しのウソを交えかつ大袈裟という演出があってこそ、真の状況が読者に伝わるというものでもあります。

ところがです。医療の話では迂闊なことは書けないのです。僕には花唐草というマイ・ナースがいるのですが、彼女は医療に人生の全てを捧げているとうか、捧げざるをえないというか、医療以外のものを棒に振ったというか、ま、とにかく、そういう1本道の人なので下手なことを書くと厳しい叱責が飛んでくるのです。
僕は病気持ちという特権を吹聴したいだけに、この人の存在は目の上のタンコブ、腸の中のポリープなのです。でも、これはまあ誰しもそうですよね。自分が拠りどころにしているもの、例えば花園作りや犬の散歩や無国籍料理や豚丼屋のことで何かを言われたら、その道の通の方は黙ってはいられませんもんね。

今回だってマイナースに「大腸が・・・」と言っただけで「ポリペクね」ですからね。その、ポリペクの意味の説明はないのです。でも尋ねることができません。“誰でも知ってることだろ!”という雰囲気で言うので尋ねることが出来ないのです。相手は尋ねさせて勝とうとしているのです。尋ねたら負けです。何に対する勝ち負けかという突っ込みは無用です。人生では、意味が無くても勝ち負けに拘らねばならない時があるのです。だから、意地でも意味を尋ねてはならないのです。同様のことは花園の“誘引”という言葉にもいえます。「なんじゃ、誘引とは?」と思うのですが、この言葉もこの道の通の方の中では普通に簡単に使われておられます。意味を尋ねたら負けです。
僕は感が鋭いので、ポリペクはなんとなくポリープをペクっと取るのだなと推測したり、昔はよく夜の庭園で遊んで花園たちに誘われ引っ張り込まれたことが何度もあったので、誘引とは人工的に無理やり誘い込むことだなと見当をつけるわけですね。とにかく下手に尋ねて負けてはダメです。相手が女の場合は増長の一途ですからね。

また、その道の通の方が使われている専門用語を違う表現で言うのもご法度です。それはとても神経に障るのです。例えば僕に対しては、ヨットのマストを帆柱とか、船長を船頭さんなんて言わないことです。“海~よ 俺の海~よ♪”と歌う加山雄三が“連れて逃げてよ♪”とコブシが回った細川たかしになってしまいます。加山も細川もよく似たもんだろ!と言われたら返す言葉が見つかりませんが、でも、僕は一生、その人を恨み続けると思います。
余談ですが、矢切の渡しは伊藤左千夫の小説『野菊の墓』の舞台でもあるのですよ。

長くなりましたが、したがって、以下に続く文章はウソも誇張もない真実の報告だと申し添えておきます。

内視鏡はカーブでは腸壁を突いて腸管を広げて通るのか、人工的な腹痛が発生して痛いこと痛いこと。かなり辛かったです。「せ!先生!!正露丸を!!!」とつぶやいてみたのですが先生の耳には届かなかったようでした。そのぅ、尻から内視鏡を入れている最中にナースが僕の指輪を発見。ポリープを電気で切り取るので金属物を身につけているとそこが火傷になるので外さねばならないと、尻に管がつながっている忙しい時に僕にレクチャーしてくれました。そ、そんな話は事の前に言えっちゅうの!

僕の指輪は簡単には外れないのです。妻の怨念で封じ込められているからではありません。単に、禁煙で体重が増えたついでに指が太くなってしまったせいです。
「秘技があるから大丈夫よ。外してあげる♪」と自信たっぷりにナースは言い、石鹸とデンタルクロスを使って外そうしてくれるのですが外れません。とうとう指が鬱血し千切れそうに痛くて、あまりの激痛に「もうダメ、痛すぎる!」と言ってしまいました。あまりの痛さに吐き気がしたほどです。その間も医者は内視鏡を奥へ奥へと突っ込んで行くし、「痛たたた!!!」と言っても指か尻か判らない状態です。僕は昔からヒクヒク動く魚の生き造りが大嫌いですが、オペ台の上の僕はまさにそんなヒクヒク状態でした。鯛やヒラメや鯵や伊勢エビの、痛くて辛い気持ちがよくわかりました。料理人の皆様、どうか残酷ななぶり殺し料理はやめてください。

結局秘技が通用せず、最終的にはナースがものすごい形相で無理に矢理を重ね続けてもぎ取ったのでした。指は今も倍に腫れあがった状態です。
指輪が抜けて痛みの神経を尻だけに集中できるようになって、ようやく僕も気持ちに余裕が持てるようになりました。“小指の痛みは全身の痛み”と言います。あなたが噛んだ小指が痛い♪というのは本当で、♪を付けてはいけないほど痛いのです。

医師が「一番奥まで入ってますからね。見ますか?」とモニターを見せてくれました。モニターに写っているのは粘膜でキラキラと美しく輝くピンク色の僕の大腸です。
黒部の大腸!空に大腸がある限り♪大腸マーン♪

僕の腹の中はこんなにも綺麗なのだ、僕は正直者なんだと、しみじみと思いました。まさにフレッシュ臓器そのものでした。肉や魚は腐り始めのちょっと崩れかけが最も美味しいですが、野菜や内臓は採れたてが一番です。古い内蔵は絶対に食べてはいけません。ライオンだってハゲタカだって獲り立ての湯気が出ている内臓から先にパクつくでしょ。やはり新鮮臓器がいいのです。僕の腸も美味そうでした。スライスして酢味噌かごま油か、あるいはさっと炒めて岩塩ぱらぱらか、モニターを見ながら真剣に悩んでしまいました。

僕はわりと痛みに耐えるタイプです。我慢がきくのです。それが今回は情けなくも我を忘れて「痛い!」を連発してしまいました。指も腹も、「僕が痛いという時は本当に痛いのじゃ!!!」と叫びたくなるほど痛かったのです。そんな僕でしたが、根はボケと突っ込みの大阪生まれ。お笑い精神を忘れてはいません。モニターのポリープが取り除かれたピンクの患部を見ながら僕は、

「先生、赤チンを塗っておいてください!」と言いましたさ。

先生は“ぶははは!”と笑ってくれました。そのせいで内視鏡を持つ手が激しく揺れてモニター画面も激しくブレました。
「痛っ、先生。痛い!!!」と、僕は身をよじってしまいました。

時と所をわきまえず笑いを取ろうとしてはいけませんね。




人間ドック  



人間ドック

人間ドックの費用を見てみると、1泊2日タイプで7~8万円もするようです。
セレブ用だとン十万円というのもあるようで、フランス料理のフルコースなどが食卓に並ぶらしいです。高級ホテルで食事しながらついでに検査といった感覚なのでありましょう。当然、超微に入り超細にわたって検査されるわけですから、絶対に何らかの異常が見つかるに違いないわけで、ざまあみろ、でございますですねー。
何十万円も出して異常を見つけるのに躍起という気持ちが理解できません。

日本人で最も多い病気は癌らしいですが、この発見が難しくて、上の超微超細の検査でも見抜けないこともママあるようです。
ところが、癌発見犬というのがいまして、呼気を嗅ぐだけで癌患保持者を見分けるそうです。その正解率は90~98%というからすごいです。
癌には特有の臭いが有るのではという仮説から、臭覚の鋭い犬で実験を繰り返した結果、呼気を嗅ぐだけで癌が発見できるようになったらしいです。

冒頭のは人間ドック。こちらは人間ドッグ、ですね。




マダムのふりかけ  



マダムのふりかけ

美人マダムの友人がおります。美人マダムなんて書くと、妙齢の妖艶な婦人をイメージいたしますが、どうイメージしようとイメージされる方の勝手でございます。普段、自分のことをハンサムと申しておりますので、その釣り合い上、美人マダムと形容してみただけのことでございます。
そのマダムが某日の朝、目覚めると速攻でTV通販のお腹用のダイエットベルトというのを発注されたのだそうです。このあたりが普通の主婦ではなく、まぎれもなくマダムだなと思うのでありますね。

寝起きすぐにダイエットベルト。僕なら何をさておいてもモーニングコーヒーです。コーヒー抜きでは1日が始まらないわけで、これが僕のプライオリティ。マダムの場合はダイエットベルトの注文です。これが彼女のプライオリティの筆頭ですから悩みはかなり深刻と申せましょうか。
ベルトでございますからね、ダイエットの悩みの対象は全身ではございません。ある特定の箇所でありますね。全身だとおそらく、これ以上減っては困るという部位があって新たな問題が生じるのでしょう。
いやもしかしたら全身のダイエットに本腰を入れるために、ここは一番腹をくくって!ということなのかも知れません。“まずは腹より始めよ”という中国の故事もございますし・・・。

友人知人が困っていると手助けしたくなるのが僕の性分です。
マダムはグルメを自認しておられます。こういう方は器具に頼ってもダイエットは実現しません。3日坊主に終わってしまうものなのです。食い意地が張っているせいですね。その食い意地を逆手に取って攻めるのが武術の奥義というもの。ダイエットが武術なのかどうかの検討は後日に回し、取り急ぎ今はダイエットでございます。時は金なり、分は体脂肪なり。呼吸をしているだけで1分で1グラムの増加。急がねばなりません。毒を持って毒を制す。もはやこれしか方法がありません。

ところで、もうみなさんもお気づきでしょう。美人のマダムはいつの間にか「グルメの美人マダム」に変貌したということを。屋上に屋を重ねると申しましょうか、化粧に化粧を重ねた厚化粧と申しましょうか。とにかく、件のマダムはまた一歩進化したのであります。

僕はなんとしてもグルメの美人マダムの悩みを解消してあげたいと考えました。解消は無理でも支援したいと思ったのでした。
探しました。必死で探しました。
そして見つけたのです。
グルメの美人マダムが真っ青になるような強力な助っ人を!



どうです。すごいでしょ。
グルメであればあるほど参った!とひれ伏したくなる色彩です。FURIKAKEと洋文字で書かれているところに世界市場を睨んだマーケティング戦略を伺い知ることができます。



ご覧のように事前に適正テストも受けられるのです。キメの細かいサービスではございませんか。まるでドーモドーモホリンクルお試しセット、やずやのおやじの黒酢っぱいではございませんか。



さらにですよ。今ならご覧の青いご飯のお守りストラップもついているのです。説明にあるように青いご飯のスラップを眺めながら食べると絶大な効果があるということなのですね。ぜひグルメの美人マダムにご購入願いたい商品だと、かように思うのであります。

個人的な感想ですが、この商品はとても効果がありそうな気がいたします。僕は超グルメなので実物の青いFURIKAKEで食べなくても、写真を眺めているだけで食欲が失せました。青い辛子明太子、青い出汁のきつねうどん、青いソーセージなどなど、ダイエットイメージが広がるではないですか。

マダム~ぅ、ぜひ挑戦してみてねー♪




診察券持った?  



診察券持った?

今日は病院の日でした。先週は妻に連れられて行ったのでした。その日からダウン。丸々1週間、動けなかったということになります。昨日あたりから少しだけましになったので、今日は自力で行ってきました。
2つ向こうの町の大病院です。前にも書きましたが、この病院は新しく出来た病院で最新の設備を備え、診療や検査もすごくシステマチックです。1つ隣町の市民病院のような、看護師が体力とカンで飽和状態の患者を切り盛りするのではなく、全てがコンピュータで管理され医師や看護師がバタバタ走り回る光景はついぞお目にかかりません。館内がピカピカというだけでなく、病室は4人部屋でも市民病院の3倍はあろうかという広さです。もし入院するなら、同じ料金だろうからこっちの方がいいなと思うわけですね。
先週も今週も耳鼻咽喉科と内科のダブル診療でした。2つも受けるとさすがに時間がかかります。先週は分厚く難解な本を読破してしまいました。今日もほぼ読み切りました。ダブルで診療を受けると、結局は同じように時間がかかると痛感しました。

この病院ではレントゲン写真などもPCのモニター画面で見ています。14インチほどの大きさの画面で見ているわけですが、大丈夫?と思ってしまいました。やっぱりフィルムの後ろから光りをあてて直接見た方がいいのではないかと思ってしまいました。患者の立場としては、テレビのモニターで見るなら細かい走査線の17インチ以上の画面で見て欲しいと思いました。だって、医者の目は信用できないもん。

当然、カルテもPCに直接書き込んでいます。これはいい方法ですね。あの手書きの、判読が難解なカルテほど名医という医者の思い込みと、そのカルテを軽~く判読するナースほど偉いお局様という図式が崩れるのはいいことです。
患者が述べる症状を画面にリアルタイムで打ち込まれて最新情報に更新されていくわけで、システマチックな医療は間違いが少なくていいですね。

今回は消化器系の専門医の診察を受けました。すごく若い医師でした。腹痛の症状を伝えると「いつごろから?」と尋ねられたので「市民病院で腹炎と診断…」と説明を始めると、「いや、だからいつから?」と詰問されてしまいました。不機嫌のようです。
「3ヶ月前です」
「痛むのはどこ?」
「ココとココです」
「下痢や便秘は?」
「あります」
「交互に?」
「下痢の方が少ないです」
「だから、交互にあるんだね!」
「はい、交互です」
「下痢の時に吐き気は?」
「無いです」
感情を排したシステマチックな問答でしょ。

医師はモニターのカルテに症状を打ち込んでいます。
「あのう、先生…」
「何っ!」
「離婚していませんが…」
「何のことっ!?」
「いや、“約三ヶ月前から復縁の症状あり”と書かれていますので」
「…」
「その下は、“下痢とは聴け”になってますが」
「…」
「それってカルテですよね」
「何が言いたいの!」
「いや文章力は小学生並だなと思って」
「きみ、失礼でしょ!!」
「先生」
「何っ!?」
「毎度プラスじゃなかった、国語辞典持った?」
「しゃっ!!」



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