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Old Saltの日々雑感

日々雑感的に思うところを小さなウソと大きな誇張でデフォルメして掲載中!

スターの軌跡を追う  


スターの軌跡を追う




ドタバタ時代劇『てなもんや三度笠』(1962年~1968年)をご存じだろうか。最高視聴率が60%を超たこともある超人気番組で、主役のあんかけの時次郎を演じたのが藤田まこと。彼の出世作となった。

「泉州は信太の生まれ、あんかけの時次郎」は、長谷川伸の作品「信州沓掛の時次郎」をお笑い風にアレンジしたパロディだった。股旅物は当時の映画や舞台の人気番組で、後に「木枯らし紋次郎」や「子連れ狼」などが生まれる。

原作の沓掛の時次郎の方は真面目なストーリー。一宿一飯の恩義で人を切るのだが、依頼者の親分が相手の妻子まで殺そうとするので時次郎がその妻子を守るというストーリー。市川雷蔵や大川橋蔵などの二枚目(今の表現だとイケメン)スターが主役を張った。

「泉州は信太の生まれ、あんかけの時次郎」は2つの引っ掛けが含まれたキャッチフレーズだ。あんかけは“あんかけうどん”のあんかけである。信太は薄揚げの代名詞。泉州はご存知水茄子の産地だが、泉州堺の信太山には狐が沢山いたことから、狐の好物の油揚げに引っ掛けて油揚げのことを信太と言っていた。
「あたり前田のクラッカー!」の前田製菓がこの番組のスポンサーで、前田製菓が泉州の信太山の近くにあった。これが2つ目の引っ掛けなのである。
毎回、番組の最後に時次郎が懐からクラッカーを取り出して、



「俺がこんなに強いのは、当たり前田のクラッカー」

と言うのである。

このセリフが大当たりして、田舎の小さな会社だった前田製菓も一躍メジャーになり今日に至るのである。クラッカーという食べ物自体が珍しくて、猫も杓子も前田のクラッカーを食べたのだった。
クラッカーは少し塩っぱいので喉が渇く。そこで飲んだのが渡辺のジュースの素だったのだ。



これは粉末ジュース。水で溶いて飲むというもので、これも爆発的に売れたのだが、使われていた砂糖の50倍も甘い合成甘味料のチクロに強い発ガン性があることが判明し使用禁止なり、そのあおりで渡辺のジュースの素はあえなく消えて行くのである。

勧善懲悪。いつの時代でも庶民の喝采の的だ。この場合の悪とは権力が生む悪のことである。「うふふ、田丸屋よ、おぬしも悪だのぅ」のアレである。「お代官さも、うへへへ」のアレだ。

あんかけの時次郎で一世を風靡した藤田まことはやがて渡世人を廃業し転職する。勧善懲悪ぶりが認められて奉行所の同心に出世するのである。
あの必殺仕事人、中村主水の誕生である。
ただし仕事の後に「俺がこんなに強いのは・・・」とは言わない。



中村主水が妻のせんと姑のりつにいびられっ放しなのは、主水が中村家の婿養子という理由だけではない。妻と姑の名前が戦慄の“せん”と“りつ”だからである。
ちなみに、妻役の白木マリは若い頃は日活のお色気スターだったのだ。



スタイルが良くて肉感的でもあったのでキャバレーのダンサー役が多かった。セパレーツの水着にヒラヒラの付いたようなよく分からない衣装でクネクネと踊るだけなのだが、昔はこれでも十分きわどいシーンで、観客(男ね)は垂涎だったのだ。僕は小さな子供だったので別の意味の涎掛けをしておりました。







その踊りを一目見ようと小林旭がギターを背中に馬でキャバレーに乗りつけたり、裕次郎がドラムを叩いたり、宍戸錠が「チ・チ・チ」と言いながら拳銃を撃ったりしたのである。
後のそうそうたる一流スター達が白木マリの周りにむらがっていたのだ。そんな白木マリも経年劣化でダンサーから足を洗い同心の妻になるのである。
EXILEやE-girlsはツブシがきかなさそうなので経年劣化の後、どうするのだろうね。

時代は移り変わり、奉行制度がなくなったために主水は失業するのである。けれども勧善懲悪の実績があるので、安浦吉之助と名前を変え今度は刑事になるのだ。かくして「はぐれ刑事純情派」が誕生する。

藤田まことの俳優寿命は長かった。亡くなって早や5年近くになるが、その独特の個性は齢を重ねるごとに渋さを増していたと思う。

彼の俳優寿命が長かったのは、



あたり前田のクラッカー♪



えんたぁ♪  




えんたぁ♪




どうでしょう。電光石火の速さでしょ。
編集でより速く見せている面もありますが、実際に速いです。
カタ(型)を演じているのは世界空手道選手権の優勝者の宇佐美里香さん。だからホンモノです。
たかがカタ(型)、実戦では通用しないなどと思うのは間違いです。選手権種目にはカタ(型)とクミテ(組み手)があります。カタはパフォーマンス、見せるだけの演技でクミテの方が実践的な空手と思いがちですが、空手の真髄はカタにあるのです。

なぁんて書くと、僕はまるで空手道の専門家のようですが、徒手空拳、まったく素人です。
ただ、書籍等で空手のことを多少は知っているということなんですね。

空手は琉球時代の沖縄の武術で、単に「てぃー(手)」と言われていました。攻撃するための武術ではなく身を守るための武術でした。だから試合をして技術を磨くのではなく、あらゆる攻撃を想定して、それを防ぐ、時に反撃するための型を考案し、その型の手練を積んだのでした。一人練習ですから健康法にもなったのでした。
「てぃー(手)」はやがて「くーてぃー(唐手)」とも呼ばれるようになります。元は中国の拳法から生まれたからです。唐手が空手になります。よく、空手と拳法は混同されますがまったく異なる武術です。空手は琉球時代からの沖縄独自の武術です。
だから少林寺拳法のうように、丸坊主頭に六文銭のお灸をすえる必要はありません。あちょー!

沖縄で空手と言えば、おそらく誰もが本部朝基(もとぶ ちょうき)と船越義珍(ふなこしぎちん)の名を挙げるはずです。この二人はそれほどまでに有名な空手家です。ちなみに船越義珍は本土に初めて空手を紹介した人です。

「義珍の拳」今野敏著(2009年:集英社文庫)という本があります。
この本を読めば空手歴史が分かります。とても面白い本です。たしか本部朝基を題材にした小説あったと思います。両方読んでいるのですが、そしてそれ以外の関連図書も読んでいて、物覚えが悪いので入り交じった記憶になりますが、義珍は「てぃー(首里手)」の第一人者だった安里安恒に学びます。一つの型を習得できれば次に型と、何年もひたすら型の練習です。型の練習だけで実戦通用するのかと思いますが、修練を重ねた数年後に複数の暴漢に襲われた時に瞬時に全員を叩きのめしてしまうのです。(これはもしかしたら本部朝基のことだったかも知れません)
カタを習得すれば実戦でも十二分に通用することが証明された瞬間でした。

もう一度、冒頭の動画の宇佐美里香さんの動きをみてください。手の動きが目に見えませんでしょ。風切り音もすごい。(胴衣に当たる音ですが)しっかり腰に力が入っていますから、彼女の突きも蹴りも半端ではないはずです。プロレスラーや柔道家でも、組む前に倒されているはずです。それほど動きが速い。
ほんとうに、そんなに凄いのか。編集加工がされていない動画を見てみましょう。




カタの演技に入る前に何かを叫んでいますね。たぶん「クーサンクー!」と言っていると思います。これはカタの名称です。どんなカタを演じるかを告げているわけですね。

何十種類ものカタがあって、その中でも「クーサンクー」は代表的なカタの一つで、攻防の自在変化に富んだ軽快性のあるカタです。よく比較されるのに「ナイファンチ」と呼ぶカタがあり、「カタはナイファンチに始まり、ナイファンチに終わる」といわれている基本中の基本のカタです。ちなみにカタの名称は全て琉球言葉です。

「くーてぃー」に興味が湧いたカタはぜひ一度、『義珍の拳』をお読みください。

僕のブログって、けっこう雑学の役に立ってません?♪
さいきん、つならないオチを書くようになってしまった。
友だちは選ばないといけませんね。

スポーツの秋?  




スポーツの秋?


ブログ歴が長いので多くの文章を書いてきました。その大部分は駄作・駄文ですが、中には再掲載したい、何度かは読んで欲しいと思うものがあります。
それは必ずしも自分が書いたものとは限らず、他の方のブログの文章も含まれます。何を基準に良質というかは論議沸騰の難題なので、「僕が良質と思ったものは良質ゆえ、世間一般の評価も良質である」と決めつけることにしています。前回の竹取物語などがそうです。あれを読み面白いと思われた方は、「僕が良質と思ったものは良質ゆえ、世間一般の評価も良質である」作品なので、あなたご自身の感性も豊かで良質だと断言させていただきます。ああ、そこのあなた、今から慌てて筍取りに行かないで!

以下の文章は以前に書いたもので、「僕が良質と思ったものは良質ゆえ、世間一般の評価も良質である」と、思っているものの一つです。
はたして、訪問してくださった皆様に少しでもお役に立てているか、笑いの一つも提供できているかどうかですが、長文でございますのでトイレは済ませ飲み物などを用意してお読み頂ければと存じます。では、始まり始まり。


大相撲はたくさんの外国人力士が活躍するようになりました。昨今はかつての南太平洋系から中央アジア&旧ソ連系の力士の台頭が目ざましいです。やかては南米やアフリカ系の力士も活躍するようになるのかも知れませんね。
こうした風潮を国技の衰退だという人が少なくないようです。
けれどもそれは逆だと思っています。これだけ多くの外国人が参加するような国際色豊かな存在になったからこそ、国技として誇れると、そう思うのですね。

それなら柔道と同じかというと、それは違うのです。
僕は相撲ファンでも国粋主義者でもありませんが、オリンピックの正式種目にしたいがために、合理主義の欧米人に柔道の精神を売り渡してしまった日本の腰砕け柔道関係者たちの柔道と大相撲は違うのです。

かつての柔道は柔よく剛を制すといいました。元は無差別級だけでした。それが当たり前で、そもそも、スポーツというのは体重別に分けるものではないのです。
男女別はまあいいでしょう。男の敵は男だし女同士の確執は陰険なものと相場が決まっていますから同性だけで戦うだけの値打ちはあります。また、男女混合戦だと男が女の胸倉を掴むのは掴みたいけど恥ずかしいし、女が男を小股すくいで投げて「あら、身体の割には小さい持ち物ネ」なんて気づくのもいやでしょうから・・・。
さらに便宜上、小学生の部や大学生の部に分けるのも納得できます。町で大学生と小学生が喧嘩をすることなど少ないでしょうからね。
けれども、町で喧嘩になって、
「おらー。お前何kgだぁ、はーん!?」
「86kgじゃぁーい!」
「オレ、60kg。階級が違うから喧嘩は成立しないな。痩せてから出直して来い!」なんてことはありません。
ああ、喧嘩の話じゃなかったですね。

体重別の野球もゴルフもアメフトもサッカーもバレーボールも水泳も無いのです。勝負の世界は重さではなく実力ですね。芸能も同じ。75kg級ピアニストの祭典や38kg級世界プリマドンナ大会もありません。もし有ったとしても、何の値打ちもありません。

人間は産声を上げた時から持って生まれた資質も環境も違います。人類はみな平等が理想ですが、元来、あり得ない平等なのです。マルクスもレーニンも基本的な認識を間違っていましたね。いつまでも共産党じゃないと思うのでありますけどね。その最大の矛盾は今の中国に見て取れますでしょ。

資産家の子で生まれたり貧乏人の子に生まれたり容姿端麗であったりそうでなかったり、体躯が恵まれていたり違ったりと、それぞれ違うのが宿命というものです。そして、その違いを克服してなんとかしてやろうというところに面白さがあると思うのです。みんな同じ条件、例えば相手チームがマナカナ(三倉茉奈・三倉佳奈)で、こっちもマナカマだったら、永遠に決着がつきません。

えーと。何の話でしたっけ?そうそう柔道ね。
欧米人は得点や時間など、はっきり決着のつくスポーツは得意でも微妙な判定を要するスポーツは得意ではありません。柔道の審判などがそうです。クラス別の明確な勝ち負けでしか判断できない傾向があります。だからちょっと睨みあっていると教育的指導!を受けてしまいます。
巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘を知らないのか!って言いたくなりますね、って、知らんでしょうね。
暴れん坊将軍や水戸黄門も見ないのでしょうね。悪役は切られ弱くて着物の上から一太刀で死ぬのに善人は何回も切られても遺言などを言い残せるほどしぶといのです。
ああ、また脱線ですね。今、38.2度という、僕にとっては悶絶寸前の体温状態で書いていますからねー。お許しあれ。

1976年にアントニオ猪木とモハメド・アリの格闘技世界一決定戦がありました。試合は寝技で戦おうとする猪木がリンクに寝そべり、パンチで戦おうとするアリがファイティングポーズで見下ろすという双方得意の形のままジリジリと時間が過ぎて行き、結局、何もなしの時間切れ引き分けになってしまったのでした。高いリング席を買った観客やテレビの前で固唾を呑んで見守った観客にはスカみたいな試合でした。けれども、本人たちには死闘以外の何物でもなかったのです。最高の実力者同士の戦いというのは、得てしてこういう動きの少ないものなのです。
柔道も同じで睨み合わざるを得ない時があります。日本人ならそれがサボっているのか睨みあっているのかの違いが分かりますが、欧米の審判員はそれが分らないのです。だからすぐに「教育的指導!」になってしまうのですね。

同様に、流れの中に勝敗が潜むということを欧米の審判員は理解できません。相撲で言う“死に体”の阿吽の呼吸が理解できないのです。そもそも欧米人は“阿”さんや“吽”さんが中国に実在した人物の名前だったことさえ知らないのです。
死に体というのは、もう戦えない状態になっていることをいいます。技をかけられた方が相手よりも一瞬早くかけ勝ちしている状態、もしくは技をかけ返している状態です。
空中に投げられた者と投げた者が倒れた時、通常は地面に早く着いた者が負けなりしますが、これも一概にはいえないのです。空中で再戦不能な状態、例えば空の方に向かって浮いてバタついているような時などは、たとえ投げた方が先に地面に手を着いたとしてもこちらの勝ちになります。日本・中国・韓国ではそうと決まっているのです。

けれども、スーパーマンやスパイダーマンやスノーマンやサンタクロースやハリーポッターを所有している国々の面々は簡単に人やモノを空中に飛ばします。どう見たって死に体なのに、そこからクルリと反転してビルの角に糸を貼り付けたり箒に乗って生き返ってきたりするのです。そういう歴史を持つ民族なので途中の負けを負けと認めないのですね。
白と黒しかない帯にピンクや緑帯を作ったり、分かりにくいから青の柔道着などというのは言語道断なのであります。審判や観客のために柔道をやっているのではないのだ、と、嘉納治五郎さんが墓場の影で泣いているのではないかと思います。
柔道は畳の上でやるスポーツを放棄した時点で、日本の国技ではなくなったのです。

そんな柔道に比べると、相撲は自分の土俵で相撲を取っています。日本の土俵の上の相撲以外を相撲と認めません。最近は海外巡業も行っていますが、あれはお遊び。正式な成績には加算されません。
「相撲で勝負したかたったら日本へ来い!」これを国技といわずして何というのでしょう。外国人に広く門戸を開けて日本人の精神を叩き込んであげようというのだから、とても立派なことだと思うのでありますね。

国技なので、外国人力士たちは押しなべて日本語が流暢です。それを凄いと思う人も少なくないと思います。自衛隊に入ると大型自動車や特殊車両の運転免許や飛行機の免許が取れるのでトラックの運転手や飛行機の運転手に転職する人が多いように、外国人力士たちは日本の相撲部屋で住み込み三食給料付きで日本語を覚えて廃業後は母国で日本語教師になります。大相撲はこれだけも立派な国際貢献だと申せましょう。

なぜ外国人力士たちが日本語が上手になるかというと、大相撲は純粋な国技なので、日本人力士は外国語を理解してはならないからです。
今のこの、海外へ広く門戸を開けた日本相撲協会を引っ張っているのは、若い頃は悪童とか最強の横綱といわれた北の湖理事長ですが、力士時代の彼は相撲以外の時間は風呂の中でもトイレでもひたすら少年ジャンプや少年サンデーなどの漫画に時間を費やし、他は一切脇見をしなかったという相撲一筋の力士でした。政治家の麻生さんもそうでしたね。
協会の誰とは申しませんが、ハワイ巡業の帰りに空港の免税店で「そこのカマスのペケマルね、全部頂戴!」と叫んだ幹部もおります。
彼の指さす先の棚にはブランデーの『CAMUS・XO』(カミユ・エックス・オー)が並んでいたのでした。ま、たしかに“カマスののペケマル”とも読めます。もっといえば、カマスと読めただけでもヨシというべきか・・・。
そういう幹部たちが運営している協会ですから、外国人力士はおのずと日本語が達者にならざるをえないのです。
余談ですが、日本人力士の転職先はチャンコ屋が多いですね。ちなみにゴルファーや芸能人はなぜか流行らないスナックを経営したがりますね。

朝青龍はとてつもない記録を達成しました。かつてない記録なわけで、さぞや大相撲は大いに盛り上がっているだろうと思いましたが違いました。昔は満員御礼の札が下がるのが普通でしたが最近は半分も下がらなくなりました。今回の大記録のかかった九州場所でも日によっては8千人の席の半分すら埋まらなかった日があったといいます。
外国人力士が活躍したり海外巡業の人気も上々と、大相撲は必ずしも人気低下ではないと思うのですね。つまりは切符の売り方を含めた営業が下手なのです。

過去のデータを調べた訳ではないのですが、客の減少は茶屋制度を廃止して運営の全てを協会が管理するようになってからではないかと思うのです。今はチケットも当日券が簡単に購入できます。なのに前売りも当日券も料金は同じなのです。満席状態だった時代の大名商売がそのまま残っているのですね。
繁盛している大相撲の席料の利益配分を茶屋に渡すのが惜しいと茶屋を廃止にしたのでした。ところが、チケット販売を支えていたのが茶屋だったのですね。多くの贔屓筋を持ち大相撲の縁の下の力持ちとして茶屋が顧客の確保に東奔西走していたのでした。今の相撲協会の営業ではチケットは売れないということなのです。

小学生の時に2度ほ、大阪場所を見に行ったことがあります。升席という土俵に近いちょっと豪華な席でした。升のような四角い囲いの中で座布団に座って観戦しました。番狂わせがあると座布団が舞いますがあの座布団です。
法被姿の若い衆がお茶やお酒や食べ物を運んで来てくれるだけでなく、雑用も引き受けてくれるというお大尽的な扱いでした。三段重の弁当やバナナ(当時は高級品)などの果物、菓子などなど、ものすごく華やかで豪華な時間を楽しみました。歌舞伎も一度だけ升席で鑑賞したことがあります。この時も至れり尽くせりでした。歌舞伎を支えているのもお茶屋ですね。

お茶屋というのは、今でいうところの広告代理店のようなものです。講演会や贔屓筋などのスポンサー集めからチケットの販売、顧客サービスなどで相撲を支えてきたのです。そうだったということが、相撲取りたちには分らなかったということなのでしょう。

国技だけでなく伝統的スポーツは、守るべきところは守ってこその伝統といえます。
もしも日本の大相撲がオリンピック種目になったとして、守るべき伝統を書き出してみましょう。
まずはちょんまげ。これは必須です。オリンピックは大相撲の幕内クラスに匹敵しますからザンバラ髪はダメです。日本相撲協会認定の競技用カツラを着用しなければなりません。なぜなら、ちょんまげがないと、ちょんまげを掴むと負けという規則が不用になってしまうからです。まわしも当然必要です。これも日本相撲協会認定の生地と色のものとします。クロコダイルやアナコンダ、スティングレイ、リザード・シャーク・フィッシュなどは認められません。
刺青は不可です。
そして、オリンピックがどこの国で開催されようと相撲だけは日本で開催します。国技、伝統競技とはそういうものなのです。

競馬にはダービーというレースがあります。競馬の最高峰と呼ばれているレースです。ダービーの中でも世界で最も権威あるダービーはイギリスのダービーです。エプソム競馬場の2400mの距離で競われます。
日本の東京競馬場が左回りで、日本優駿(ダービー)が東京競馬場の2400mで競われるのもイギリス競馬を見習ったものなのです。桜花賞が阪神競馬場、皐月賞が中山競馬場、菊花賞が京都競馬場と開催場所が異なるのもイギリス競馬を踏襲してのことなのです。
イギリスのダービーは必ずエプソム競馬場で開催されますが、長いダービーの歴史の中で一度だけ、第二次大戦のときにエプソム競馬場以外で開催されたことあがります。戦争中でもダービーというところがすごいですが、この時の勝ち馬はダービー馬とは認められていないのです。いかにもジョンブル気質の頑固な話ですが、いい話でしょ。

サラブレッドは血統が全てです。同じ時期に同じ場所で走ることの積み重ねの中から良血馬が生まれていきます。同じ場所、同じ距離という曲げない座標軸があるからこそ、基準となり、進化の度合いが測れ良血という判断もつきます。
でも、イギリス競馬のレース体系から賞金体系までの全てを踏襲した日本の競馬なのになぜか、「改装工費なので今年の“天皇賞”を東京競馬場で開催します」なんてことを平気でやっちゃうのですね。

レース賞金もイギリス競馬のレース賞金体系を真似ています。イギリスの競馬は5着まで賞金が出ます。1着のレース賞金を100とすると2着40%・3着25%・4着15%・5着10%の比率になっています。
競馬は同じ馬主が同一レースに何頭でも出走させることができます。例えば5頭出走させ2着から5着までを占めたとします。その賞金合計は40+25+15+10=90で、1着馬の100よりも少ないのです。優勝はかくも重いということなのです。事業仕分けで1位でないとダメなんですかとヒステリックに吠えた議員がいましたが、1位でないとダメなのです。1位の値打ちが分からないと物事の軽重が分からなくなるから約束反故(マニフェストを守らない)も平気になってしまうのです。
と、政治の話になりそうなで、元に戻りましょう。

日本の競馬は8着まで賞金が出るのです。2着から8着までの賞金合計は100を超えます。馬主に優しい仕組みなのですね。これはレースの賞金額にも見て取れます。
新馬戦の1着賞金は600万円です。新馬戦は2歳馬のレース。駄馬か駿馬かの区別も付かない小学生のような馬がトラックを60秒ほど走って1着になると600万円。2着で400万円です。最高賞金はジャパンカップの2億5千万円。日本の競馬賞金は世界の馬主や厩舎関係者や騎手が垂涎、羨望の高額なのです。

ツール・ド・フランスという自転車のロードレースの最高峰と言われる競技があります。フランス全土約4000kmを30日間かけて走ります。スイスとの国境ではアルプス越えもある過酷な自転車レースです。フランスで開催するから世界最高峰レースと呼ばれるのですね。ツール・ド・フランス以外にも同様のビッグレースが幾つもありますが、どのレースも例外なくブレない座標軸を持って運営されています。ということで、大相撲がオリンピック種目になったとしても(たぶんないでしょうが)、決めたことを歪めてはいけないのです。ちょんまげは必須です。

大相撲には女人禁制という制約があります。女性は土俵の上には立てません。大阪府の女性知事が優勝力士に優勝杯を手渡したいのに渡せない、差別だと怒っておりました。なんと言われようとダメなものはダメなのです。
でも、「土俵の上は神聖なので女性はダメなのです」なんていえません。ブログでもよくあるでしょ。そういう時に限って、日頃黙って読んでいる人間が「通行人ですが・・・」と言いながらしゃしゃり出てくるのです。だから次のような突込みが入ったりするのですね。

「あれっ。それって、女性は不潔といいたいの?」なんて。
「あっ、いえ。決して女性が不潔というわけではないのです。ち、血がですね・・・」
「血?はぁ、血って何の血?」
「いや、あのですね。女性は月に一度、不浄の血が出ますでしょ」
「アンタ。北さん!(北の湖ではありません)生理のことを言ってるの!」
「そ、それです」
「女性の生理は汚いの?不浄なの?朝青龍だって産まれて来た時は血まみれよ。それが不浄っていうの?」
「いや、あのですね。少年ジャンプの受け売りなんで、決して僕の意見ではないのですが、日本では古来より男女各1つづつの特例を除いて、流血は不浄とされておりまして、中でも整理の時のものが特に不浄と・・・」
「あんたねぇ。そこのカマスの人、ペケマルさん。動てんしないでちゃんと喋りなさい。整理じゃなくて生理よ。昔は月経って呼ばれていたのよ。洞窟に閉じ込められた時や島流しになって日時が分らなくなった時に生理で月が変わったのが分ったからね」
「それって、と、特殊な例ですよね」
「まぁ、特殊だけどさ。何が特殊さ!それよりも1つづつの特例って何よ!」
「そ、、それはですね。男の場合は血判でございますね。血の契りというやつですね。親の血を引く兄弟よりも~♪お乳欲しがるこの子が可愛い♪と歌にありますでしょ」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさい!」
「それってアンタ、北島三郎の兄弟仁義と一節太郎の浪曲子守唄を混ぜたでしょ」
「あれっ、そう言われれば・・・」
「親の血を引く兄弟よりも 硬い契りの義兄弟 こんな小さな杯だけど 男いのちをかけて飲む♪というのよ!」
「あれま。拳が回ってお上手ですねぇ♪」
「おだてなくていいわよ。3番はもっといいわよ。♪俺の目を見ろなんにも言うな 男同士の腹のうち ひとりぐらいはこういう馬鹿が いなきゃ世間の目が醒めぬ♪ ね、しびれるでしょ」
「パチパチ。。。お上手。まるで天童よしみ!!!」
「誰が天童よ。誰がよしみよ。肥っていると言いたいの!テレビよりもラジオ向きと言いたいの!!歌手以外に潰しがきかないと言いたいの!!!」
「いやまぁその。。何事もそう悪い方に取らないで。魅力ある歌唱力だと、そっちの方で受け止めていただくと、土俵の上の話もご理解いただけるのではないかと・・・」
「そうだったわ。土俵の話だったわ。で、女の方の特例って何よ」
「あっ、それはですね。古来中国ではですね。13歳の破瓜の血が神聖と言われおりまして・・・」
「破瓜?なんて読むのよ。大阪の地名?」
「それは平野区にある喜連瓜破町(きれうりわり)ですね。こっちはですね。破瓜(はか)でございます。」
「その破瓜(はか)って何よ」
「早い話が13歳の女性の、つまりあのー、ロストバージンの時の血がですね。神聖と・・・」
「まぁ、スケベ!」
「いえ。スケベとかの話ではなくて、祀事や延命長寿に必要と言うか、そういう存在ということで」
「ふーん」
「確かに一部女性蔑視の面はなきにしもあらずですが、何事にも決め事というのがありまして。それがあってこそ、成り立つというものでございましょ。入りたくとも、女湯に男は入れませんでしょ。それと同じで・・・」
「ちょっと待ちなさい。それって問題をすり替えていない。アンタ、フンドシだけの裸同然からくる単純発想じゃないの」
「いえその・・フンドシではなくてマワシなのですが。。。漢字で書くと廻しですね。漢字で書く褌というのはですね、白い、白と決まっているわけではないですが、主に白色の長い生地に紐がついたもので、何と形容すればいいでしょうか、えーと、男性用Tバック・・・」
というような会話が際限なく続くので、この辺りでやめておきたいと思います。

やくみつる  




やくみつる


まもなくソチ五輪が始まる。楽しみはなんといっても高梨沙羅選手のジャンプ。沙羅ちゃんはきっと、前世はムササビだったのだと思う。

オリンピックや国際大会でメダルを狙える選手は一流の上に超がつく選手だ。そんな彼、彼女たちが競い合っている世界は、三流アスリートですらない我々では決して理解ができない領域だ。スキーのジャンプは前世がムササビだった選手たちの競い合い、水泳のバタフライは前世がトビウオだった選手たちの戦いなのである。前世がフンコロガシだった僕の種目は、んーと、何も思いつきません。

選手たちに拍手を送ったりため息をついたりと一喜一憂するわけだが、フィールドと観覧席という明確な隔てがあるということを観客の我々は忘れてはならないと思う。彼、彼女たちのフィールドに土足で踏み込むような過剰な反応や、彼らに聖人君子的人格までも求めるのはマナー違反なのである。
どういう行為がマナー違反か。そのことについて、4年前のバンクーバー冬季五輪後に書いた文章がある。温厚で仏様のような僕が、仏様になる日も近い僕が、珍しく激しく怒っている。それは次のようなものだ。



オリンピックで思い出すのは、バンクーバー冬季オリンピックに出場したスノーボードの国母和宏選手へのバッシングだ。腰パンでネクタイを緩め、ブレザーのボタンを留めずシャツの裾は外出し、ドレッドヘアに鼻ピアスにサングラスというファッションや、「チェッ、うざいな」と発言したことなどで激しく叩かれた。どうしてこうも世間は生け贄を求めるのだろうかと思ったものだ。
出る杭は打たれる。高く出すぎれば打たれないが、今度は根本からノコギリで切られてしまう。かつての朝青龍がそうだった。

朝青龍の優勝回数25回は大鵬の32回、千代の富士の31回に次ぐ歴代3位の成績だった。相撲協会理事長の北の湖の24回よりも上なのである。その理事長の北の湖は、幕内時代だけでなく、横綱になった後も取り組み前の支度部屋でも風呂の中でも髪結い中でも漫画を手放さない漫画横綱だったことはあまり知られていない。そんな横綱でも優勝回数だけなら大横綱なのである。
朝青龍は漫画漬けではない。それどころか日本とモンゴルの交流のために色々と努力をしてきている。脚の故障で療養帰国中に中田と日蒙親善サッカーに出てバッシングを受けた。中田と朝青龍。日本の超一流アスリートの組み合わせなどレアな出来事である。そのことを喜ぶべきであって、バッシングするのはお門違いというべきだ。
モンゴルでの朝青龍は、成吉思汗(チンギスハーン)、スフバートルとチョイバルサン(革命と建国の父)に次ぐモンゴルの大英雄として国民から絶大な人気と支持を得ているのである。

そんな、一国の大英雄でありわが国技の大横綱を、やくみつるや内館牧子が激しくバッシングした。漫画漬けの横綱に教養を求めず、外国人の大横綱に目くじらを立てさらなる完璧さを求めたのである。もう、意図的に足を引っ張っているようにしかみえず、ぶ男とぶ女の嫉妬とコンプレックスはまったくもって際限がないと思ったものだ。
朝青龍の品格よりも、相撲協会役員や委員、マスコミの品格の方を問うべきなのである。スポーツを追っているのではなくゴシップを追っているのだから・・・。

国母和宏選手へのバッシングも同じだった。個人的にはヒップホップ系の服装は好きではない。好きではないが、僕もヒップホップ系の服装をしてスーパーに買い物に行ったりレンタルDVDを借りに行く。先日のギター発表会もそんな服装だった。僕の場合は弛みすぎた体型と、進みすぎた加齢を少しでも誤魔化すためだ。背景にあるのはコンプレックスなのだ。

国母のファッションやヘアースタイルや鼻ピアスも同じだ。彼のコンプレックスなのである。コンプレックスを、歪んだ恨みつらみに変えるとやくみつるや内館牧子のように他者批判に走ることになる。コンプレックスを正常なエネルギーに変えると僕や国母のようになるのだ。僕の場合は、これが普通だ常識だとイメージされているオヤジと同じでありたくないという反発や抵抗。国母の場合は、権威や体制の既成概念への反発や抵抗なのである。

スノーボードやモーグルは、あれはファッションスポーツなのだ。タイムだけを競うのではなくパフォーマンスも競う。その競技の現時点のファッションがヒップホップ系なのである。10年後には素っ裸で滑るのがファッションになっているかもしれないのだ。

短時間で終わる競技だから寒さはあまり関係ない。なのに、上村や里谷や村田が必要以上にヒップホップ系で着膨れなのはファッションだから。さらに言えば、ファッション業界の宣伝も兼ねているのである。オリンピック憲章なんて今はもう飾りに過ぎない。

やくみつるは国母に対し「体育はよくても、知育徳育が甚だしく達していない。幼少からプロライセンスを取り、調子こいた人生を送ってきたのだろう。突出した才能を開花させるには、周りが言い含めないといけない」と言い放った。ぶ男のやっかみというやつだ。

11歳でプロライセンスを得る。偉業である。どうしてその優秀さを評価しないのか。国母選手は誰にも頼らず身一つで世界を転戦しトップレベルの戦いを続けてきている。そのことの偉大さや大変さの方をなぜ評価しない。
世界のトップレベルというのは、5分や10分で描い風刺漫画を描いて世渡りをしているやくみつる程度の漫画家には到底理解できない孤高の世界なのである。暗喩的ユーモアやエスプリが効いていない風刺漫画はただの悪口漫画でしかないのだ。そんな、屁の突っ張りにもならない文句漫画しか描けないヤツに、「調子こいた人生を送ってきた」なんて言われたくないと、僕が国母ならそう思う。そもそも、調子こいた人生だったとしても、何が悪いのか。三文漫画家にとやかく言われる筋合いはない。

事前に出題や、時には正解を教えられているクイズ番組で高得点を出すことが知育徳育が発達していることではないのだ。相撲協会だけでなくJOCや各スポーツ連盟の旧態依然な体質や運営の在り方を見直す時期に来ているわけで、そこに矛先を向けず選手ばかりを批判するのは、体制や権力の太鼓持ち、ぶ男のやっかみ以外のなにものでもない。
(※この後に、相撲の暴力事件、賭博事件、柔道の体罰やセクハラ事件が起こる)

スポーツの祭典だからお祭りでいいと思う。多種多様なパフォーマンスで観客を楽しませてくれればいいわけで、それにメダルがついてくればなおいい。それだけのことだ。
お祭りなら、制服を着崩すのもいいじゃないかと思う。そもそも着崩しているように見えるのは体制側から見た風景。国母は制服がダサイと感じたから工夫するのであって、制服という枠の中で精一杯ファッションしていたにすぎない。制服が格好いいと思っていたら着崩したりない。僕なんか、INシャツにすると妻から蹴りが入りますもん。




この、場末のストリップ劇場の金箔ショーのようなユニフォームの方がよほど品が無くて着崩れしていると思うのだが・・・。



ツール・ド・フランス  




ツール・ド・フランス




まもなく7月。今年もツール・ド・フランスが始まる。
今年で100回目になる。1903年から始まった。和暦だと明治36年。日本ではまだ自転車がチラホラ程度の時代からフランスでは自転車競技が行われていたのである。いや、ツール・ド・フランスが始まったのが1903年からなのであって、それ以前のオーディナリータイプの自転車時代から公道レースが行われていた。


画像はすべて大きなサイズになります


自転車レースはフランスだけでなくイタリア、スペイン、スイス、ベルギー、オランダなど、欧州各国で盛んで国民的スポーツとして日本人には想像を越える広さと深さで定着している。毎週末、ヨーロッパ各地でプロ・アマを含め数千を越えるロードレースが、当たり前のように行われている。



ツール・ド・フランスはフランス国内約4000kmを21~24日間ほどかけて走破する世界最長のサイクルロードレースだ。レースコースは毎年異なる。以前はパリを発ちパリに戻ってくるコースだったが近年はパリ以外からスタートされるようで、今年はコルシカ島からスタートする。コルシカ島で3ステージ(1日1ステージなので3日間)行ってからフランス本土を駆け巡り最終日にパリの凱旋門へ、まさに凱旋してくる。



1984年。第71回のツール・ド・フランス(以下ツール)を僕は取材している。掲載している写真は僕が撮影し『レ・マイヨー』という雑誌に掲載されたものの一部だ。
僕の担当は記事で写真はF1 などの自動車レースでは日本ではかなり著名なカメラマンが同行し撮影したのだが、デザイン会社の編集部はカメラマンの写真よりも僕の写真を多用した。カメラマンの写真は望遠で撮影したものばかりで自転車の魅力が今ひとつ撮れておらず不評だったのである。



おそらく撮影スタンスの違いのせいなのだと思う。F1などの高速で走るクルマを撮影するにはISO800や1600の高感度フィルムを使い2000分の1秒、3000分の1秒といったシャッター速度で撮影しなければ被写体が捉えられない。撮影場所もトラックから離れたスタンドからなので望遠レンズを使用する。同行したカメラマンは長年このスタイルで撮影してきたため、公道を走るツールでもまったく同じスタイルで彼は撮影していたのだった。
僕は記事担当なので写真を撮る必要は無かったのだが自分用に残すためにカメラは持参していた。カメラはペンタックスの一眼レフ。望遠レンズは90~200mmズーム1本だけ。フィルムはISO100を50本と低感度のアクタクローム64を100本。共にポジフィルムである。


ツールで5度総合優勝しているフランスの大英雄フランスのベルナール・イノー


200mmの望遠しか持っていないのでカメラマンのようなアップの写真が撮れない。どうすればいいかと考えたが答えは簡単に出た。被写体にこちらから近づけばいいではないか。レースコースに飛び出し選手が走り抜けて行く風を感じながら撮影した。観客の中に入って撮影した。誰もいないホテルのロビー、レースコースに書かれた応援メッセージなども撮影した。全て低感度フィルムだったので被写体深度が深く味のある画像として残ったのだった。



高感度フィルムを使い超望遠で撮った写真は粒子が粗くなり画像が被写体深度も浅く薄っぺらな印象の写真になる。この差が、編集部が僕の写真を多用する差になった。
余談になるが、雑誌には僕の名がコピーライターだけでなくカメラマンとしてもクレジットが載っている。

ツールの取材。僕はいい仕事を請けることができて幸せだった。
ルノーのレンタカーでフランス国中を走り回った。名の知れた町だけでなく、普通の観光旅行だったら行くことはないだろう田舎の集落を選手と共に駆け回った。一度は行きたいと切望していたマルセイユにも行けた。カフカやサルトルが遊んだであろう、学生の街カルチェラタンも一度は行ってみたいと思っていた。ブイヤーベースやパエリアを初体験したのは南仏でだった。



写真はパリの通称ホモ通りと呼ばれている通りに面した怪しい安宿の部屋の写真。僕は独り、この安宿に10日間ほど逗留しツールや自転車競技の資料集めや情報集めを行った。この部屋で夜中まで薄暮の夜をやり過ごすために毎晩ワインを1本空け、書店で買った定価の倍もする日本の文庫本を薄暗い電灯の下で読んでいたのが懐かしい。



取材からすでに29年が経った。もう一度ツールを追ってみたいと思うが、あの頃の、何かに憑かれたようなエネルギッシュで怖いモノ知らずの無謀さが、はたして今も残っているのかどうか。
この腹回りを見る限り、どうも怪しいと思えるのである。


時代は変わり  




時代は変わり


「しかし、俺も好きだね」浜名湖ボートの特観席の陽溜まりの中で、川浪四頭身(しずみ)は一人ごちた。
眼下では次のレースの試走艇が1マークを音もなく、緩慢にターンしバックストレッチに流れていく。若い頃は、1マークのかぶりつきが彼の定位置だった。音のないボートなんて面白くねぇというのが持論でもあった。でも今は特観席で観戦だ。耳もあまり聞こえないから、どこで観戦しても同じなのである。
「歳を取るというのはこういうことなんだ。メインはやはり濱野谷かね。しかしボートも様変わりしたものだ」
2044年3月。このシリーズはシニアダービーだった。60歳以上のオープンレース。優勝賞金5千万円。副賞として高級有料老人ホーム”天国に一番ちかい部屋”の10年間無償利用権が付く。今年で15回目だが、優勝者が10年間使い切った例はまだない。
高齢化が進み、ボートに定年制がなくなったのは15年前だ。その間、日本には色んなことがあった。最大の出来事は富士が噴火したことだ。5メートルを超える火山灰が関東方面に降り注ぎ、首都機能が壊滅した。併せて東海地震が発生。死者は中部以東で3千万人。首都は暫定的に大阪に移り、やがれ奈良県平群村(へぐりむら)に国会施設が建てられた。現在の関東は広大な田畑に変貌した。

川浪は運が良かった。この平成の富士大噴火のときに、住まいがある浜松にいなかったのだ。噴火の3年前に彼は転職した。当時、BSEによる牛肉の低迷、鳥インフルエンザ蔓延で鶏肉がダメになった。唯一豚だけが難を逃れた。丁度その頃、彼は遊びでへりこぶたーイラストというのを描いていたのだが、これが養豚業者の目に止まったのだった。そして豚肉キャンペーンのキャラクターとなり、彼はデザイナーに転身したのだ。噴火の時、鹿児島の黒豚視察で出張していたために難を逃れたのである。災害は彼には追い風になった。豚が売れキャラクターも売れた。やがてぐっぴぃと共同開発で災害用保存食として、へりこぶたーキャラを使った「くみおばさんの豚豆シリーズ」を販売する。これが当たった。かくして今や彼は15の肩書きを持つ成り上がりだ。
浜名湖も変わった。噴火で河口が閉ざされ内陸湖になり、北部だけが残った。競艇場もそこへ移転した。その側に彼の豪邸があった。庭に楕円形のプールがある。近くの老人たちを呼び、ラジコンボートでレース遊びをするのだ。無趣味の彼の唯一の趣味が競艇なのである。以前は競馬も趣味だったのだが、鳥インフルエンザの突然変異種がサラブレットインフルエンザとしてサラブレットを襲った。競走馬は処分され競馬か無くなったのだ。
彼の寿命もそう長くはない。間質性肺炎という病気らしい。原因ははっきりしている。長年、競艇場の1マークで観戦していたために、吸い込み続けたハイオクガソリンの微粒子によるものだ。原因は分かっているのだが、未だに治療薬がないのである。
「そういえば、ずいぶん昔に同じ病気の知人がいたなぁ。爪の垢だったけ?忘れたな。あいつは病気が判明して何年生きたんだっけ。いや地震でやられたんだったか。ハンサムで脚が長いと言ってたが、実際はどうだったのかね。まあ死んだやつのことはどうでもいいや。」

ボートも変わった。今はプロペラではなくジェットだ。選手はペラを叩かないかわりに、ジェットの噴出穴の調整に力を入れる。シニアのレースはランナバウト用ボートだ。これならマークをいかに小回りするかの技量を競うことになるので、体力を激しく消耗するレースをしなくていい。太っている方が有利だから、体重120キロの濱野谷が本命になるのも肯ける。
優勝戦を告げるファンファーレが鳴った。
もそもそと、6艇がピートから出てくる。ちょっと迫力に欠けるのだが、40年前と変わらぬ光景がそこにあった。
老眼鏡を外し、予想誌モバイルの蓋を閉じて、川浪は2マークの方を見た。コホンコホンと空咳が出る。ティッシュに痰を吐き、そのテッシュでついでに目脂も拭った。そして、
「好きだね。俺も」もう一度、一人ごちた。



久々の・・・  




久々の・・・


更新が滞っています。出来ないと書かず滞っていると書いたのは、中途半端な原稿が溜まっているからです。原因は体調不良。特に目の調子が悪い。磨りガラス越しに見ているようにモノがぼやけて見えます。焦点も定まりにくく読み書きがかなり不自由になっています。しかも現在、左腕の肘と肩が腱鞘炎で強い痺れと痛みがありPCのキーを打つと打ち所を間違えみしうたっち(ミスタッチ)がすごいのです。50字打てば20字はミスタイプすりtぽいたt安西なのでそ。(ミスタイプするといった塩梅なのです)

だからといってブログを長く放置しておくわけにも参りませんから、いつもの手、昔の文章を再掲載してお茶を濁させていただこうと思います。
再掲載といっても何でもいいというわけには参りません。訪問してくださった皆様に少しでもお役に立てるもの、笑いの一つも提供できるようなものでなければなりません。

以下の文章が果たしてその条件を満たしているかどうか。長文でございますのでトイレは済ませ飲み物などを用意してお読み頂ければと存じます。
では、始まり始まり。


大相撲はたくさんの外国人力士が活躍するようになりました。昨今はかつての南太平洋系から中央アジア&旧ソ連系の力士の台頭が目ざましいです。やかては南米やアフリカ系の力士も活躍するようになるのかも知れませんね。
こうした風潮を国技の衰退だという人が少なくないようです。
けれども僕はそれは逆だと思っています。これだけ多くの外国人が参加するような国際色豊かな存在になったからこそ、国技として誇れると、そう思うのですね。

それなら柔道と同じかというと、それは違うのです。
僕は相撲ファンでも国粋主義者でもありませんが、オリンピックの正式種目にしたいがために、合理主義の欧米人に柔道の精神を売り渡してしまった日本の腰砕け柔道関係者たちの柔道と大相撲は違うのです。

かつての柔道は柔よく剛を制すといいました。元は無差別級だけでした。それが当たり前で、そもそも、スポーツというのは体重別に分けるものではないのです。
男女別はまあいいでしょう。男の敵は男だし女同士の確執は陰険なものと相場が決まっていますから同性だけで戦うだけの値打ちはあります。また、男女混合戦だと男が女の胸倉を掴むのは掴みたいけど恥ずかしいし、女が男を小股すくいで投げて「あら、身体の割には小さい持ち物ネ」なんて気づくのもいやでしょうから・・・。
さらに便宜上、小学生の部や大学生の部に分けるのも納得できます。町で大学生と小学生が喧嘩をすることなど少ないでしょうからね。
けれども、町で喧嘩になって、
「おらー。お前何kgだぁ、はーん!?」
「86kじゃぁーい!」
「オレ、60kg。階級が違うから喧嘩は成立しないな。痩せてから出直して来い!」なんてことはありません。
ああ、喧嘩の話じゃなかったですね。

体重別の野球もゴルフもアメフトもサッカーもバレーボールも水泳も無いのです。勝負の世界は重さではなく実力ですね。芸能も同じ。75kg級ピアニストの祭典や38kg級世界プリマドンナ大会もありません。もし有ったからとしても、何の値打ちもありません。

人間は産声を上げた時から持って生まれた資質も環境も違います。人類はみな平等が理想ですが、元来、あり得ない平等なのです。マルクスもレーニンも基本的な認識を間違っていましたね。いつまでも共産党じゃないと、思うのでありますけどね。
資産家の子で生まれたり貧乏人の子に生まれたり容姿端麗であったりそうでなかったり、体躯が恵まれていたり違ったりと、それぞれ違うのが宿命というものです。そして、その違いを克服してなんとかしてやろうというところに面白さがあると思うのです。みんな同じ条件、例えば相手チームがマナカナ(三倉茉奈・三倉佳奈)で、こっちもマナカマだったら、永遠に決着がつきません。

えーと。何の話でしたっけ?そうそう柔道ね。
欧米人は得点や時間など、はっきり決着のつくスポーツは得意でも微妙な判定を要するスポーツは得意ではありません。柔道の審判などがそうです。クラス別の明確な勝ち負けでしか判断できない傾向があります。だからちょっと睨みあっていると教育的指導!を受けてしまいます。
巌流島の宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘を知らないのか!って言いたくなりますね・・・って、知らんでしょうね。
暴れん坊将軍や水戸黄門も見ないのでしょうね。悪役は切られ弱くて着物の上から一太刀で死ぬのに善人は何回も切られても遺言などを言い残せるほどしぶといのです。
ああ、また脱線ですね。今、38.2度という、僕にとっては悶絶寸前の体温状態で書いていますからねー。お許しあれ。

1976年にアントニオ猪木とモハメド・アリの格闘技世界一決定戦がありました。試合は寝技で戦おうとする猪木がリンクに寝そべり、パンチで戦おうとするアリがファイティングポーズで見下ろすという双方得意の形のままジリジリと時間が過ぎて行き、結局、何もなしの時間切れ引き分けになってしまったのでした。高いリング席を買った観客もテレビの前で固唾を呑んで見守った観客にもスカみたいな試合でした。けれども、本人たちには死闘以外の何物でもなかったのです。最高の実力者同士の戦いというのは、得てしてこういう動きの少ないものなのです。
柔道も同じで睨み合わざるを得ない時があります。日本人ならそれがサボっているのか睨みあっているのかの違いが分かりますが、欧米の審判員はそれが分らないのです。だからすぐに「教育的指導!」になってしまうのですね。

同様に、流れの中に勝敗が潜むということを欧米の審判員は理解できません。相撲で言う“死に体”の阿吽の呼吸が理解できないのです。そもそも欧米人は“阿”さんや“吽”さんが中国に実在した人物の名前だったことさえ知らないのです。
死に体というのは、もう戦えない状態になっていることをいいます。技をかけられた方が相手よりも一瞬早くかけ勝ちしている状態、もしくは技をかけ返している状態です。
空中に投げられた者と投げた者が倒れた時、通常は地面に早く着いた者が負けなりしますが、これも一概にはいえないのです。空中で再戦不能な状態、例えば空の方に向かって浮いてバタついているような時などは、たとえ投げた方が先に地面に手を着いたとしてもこちらの勝ちになります。日本・中国・韓国ではそうと決まっているのです。
けれども、スーパーマンやスパイダーマンやスノーマンやサンタクロースやハリーポッターを所有している国々の面々は簡単に人やモノを空中に飛ばします。どう見たって死に体なのに、そこからクルリと反転してビルの角に糸を貼り付けたり箒に乗って生き返ってきたりするのです。そういう歴史を持つ民族なので途中の負けを負けと認めないのですね。
白と黒しかない帯にピンクや緑帯を作ったり、分かりにくいから青の柔道着などというのは言語道断なのであります。審判や観客のために柔道をやっているのではないのだ・・・と、嘉納治五郎さんが墓場の影で泣いているのではないかと思います。
柔道は畳の上でやるスポーツを放棄した時点で、日本の国技ではなくなったのです。

そんな柔道に比べると、相撲は自分の土俵で相撲を取っています。日本の土俵の上の相撲以外を相撲と認めません。最近は海外巡業も行っていますが、あれはお遊び。正式な成績には加算されません。
「相撲で勝負したかたったら日本へ来い!」これを国技といわずして何というのでしょう。外国人に広く門戸を開けて日本人の精神を叩き込んであげようというのだから、とても立派なことだと思うのでありますね。

国技なので、外国人相撲取りたちは押しなべて日本語が流暢です。それを凄いと思う人も少なくないと思います。自衛隊に入ると大型自動車や特殊車両の運転免許や飛行機の免許が取れるのでトラックの運転手や飛行機の運転手に転職する人が多いように、外国人力士たちは日本の相撲部屋で住み込み三食給料付きで日本語を覚えて廃業後は母国で日本語教師になります。大相撲はこれだけも立派な国際貢献だと申せましょう。

なぜ外国人力士たちが日本語が上手になるかというと、大相撲は純粋な国技なので、日本人力士が外国語を理解してはならないからです。
今のこの、海外へ広く門戸を開けた日本相撲協会を引っ張っているのは、若い頃は悪童とか強い横綱といわれた北の湖理事長ですが、力士時代の彼は相撲以外の時間はひたすら少年ジャンプや少年サンデーなどの漫画に時間を費やし他には脇見をしなかったという相撲一筋の力士でした。協会の誰とは申しませんが、ハワイ巡業の帰りに飛行場の免税店で「そこのカマスのペケマルね、全部頂戴!」と叫んだ協会幹部もおります。
彼の指さす先の棚にはブランデーの『CAMUS・XO』(カミユ・エックス・オー)
が並んでいたのでした。ま、たしかに“カマスののペケマル”とも読めますが・・・。
そういう幹部たちが運営している協会ですから、外国人力士はおのずと日本語が達者にならざるをえないのです。
余談ですが、日本力士の転職先はチャンコ屋が多いですね。ちなみにゴルファーや芸能人はなぜか流行らないスナックを経営したがりますね。

朝青龍はとてつもない記録を達成しました。かつてない記録なわけで、さぞや大相撲は大いに盛り上がっているだろうと思いましたが違いました。昔は満員御礼の札が下がるのが普通でしたが最近は半分も下がらなくなりました。今回の大記録のかかった九州場所でも日によっては8千人の席の半分すら埋まらなかった日があったといいます。
外国人力士が活躍したり海外巡業の人気も上々と、大相撲は必ずしも人気低下ではないと思うのですね。つまりは切符の売り方を含めた営業が下手なのです。

過去のデータを調べた訳ではないのですが、客の減少は茶屋制度を廃止して運営の全てを協会が管理するようになってからではないかと思うのです。今はチケットも当日券が簡単に購入できます。なのに前売りも当日券も料金は同じなのです。満席状態だった時代の大名商売がそのまま残っているのですね。
繁盛している大相撲の席料の利益配分を茶屋に渡すのが惜しいと思い茶屋を廃止にしたのでした。ところが、チケット販売を支えていたのが茶屋だったのですね。多くの贔屓筋を持ち大相撲の縁の下の力持ちとして茶屋が顧客の確保に東奔西走していたのでした。今の相撲協会の営業ではチケットは売れないということなのですね。

小学生の時に2度だけ大阪場所を見に行ったことがあります。升席という土俵に近いちょっと豪華な席でした。升のような四角い囲いの中で座布団に座って観戦しました。番狂わせがあると座布団が舞いますがあの座布団です。
法被姿の若い衆がお茶やお酒や食べ物を運んで来てくれるだけでなく、雑用も引き受けてくれるというお大尽的な扱いでした。3段のお重のお弁当やバナナ(当時は高級品)などの果物、菓子などなど、ものすごく華やかで豪華な時間を楽しみました。歌舞伎も一度だけ升席で鑑賞したことがあります。この時も至れり尽くせりでした。歌舞伎を支えているのもお茶屋ですね。

お茶屋というのは、今でいうところの広告代理店のようなものでしょうか。講演会や贔屓筋などのスポンサー集めからチケットの販売、顧客サービスで相撲を支えてきたのです。そうだったということが、相撲取りたちには分らなかったということなのでしょう。

国技だけでなく伝統的スポーツは守るべきところは守ってこその伝統といえます。
もしも日本の大相撲がオリンピック種目になったとして、守るべき伝統を書き出してみましょう。
まずはちょんまげ。これは必須です。オリンピックは大相撲の幕内クラスに匹敵しますからザンバラ髪はダメです。アフリカ系の人にはハンデがありますが、スポンサーのリーブ21が提供する増殖髷を利用するしかありません。まわしも当然必要です。協会指定の生地と色のものとします。アナコンダの蛇皮といったものは認められません。
刺青は不可です。
オリンピックがどこの国で開催されようと相撲だけは日本で開催します。国技、伝統競技とはそういうものなのです。

競馬にはダービーというレースがあります。競馬の最高峰と呼ばれているレースです。ダービーの中でも最高のダービーはイギリスのダービーです。エプソム競馬場の2400mの距離で競われます。日本の東京競馬場が左回りなのも、日本ダービーが東京競馬場の2400mで競われるのもイギリス競馬を見習ったものなのです。皐月賞も菊花賞も同じです。イギリスのダービーは必ずエプソム競馬場で開催されますが、長い歴史の中で一度だけ、第二次戦争の影響でエプソム競馬場以外で開催されたことあがります。ところが、この時の勝ち馬はダービー馬とは認められていないのです。いかにもジョンブル気質の頑固な話ですが、いい話でしょ。

サラブレッドは血統が全てです。同じ時期に同じ場所で走ることの積み重ねの中から良血馬が生まれていきます。また良血だという判断もつきます。エプソム競馬場での2400mレースはダービーだけではありません。数多くある2400m競走の中の一つだけがダービーで有り得るのは、曲げない座標軸があるからなのです。
イギリス競馬のレース体系から賞金体系までの全てを踏襲した日本の競馬なのになぜか、「改装工費なので今年の“天皇賞”を東京競馬場で開催します」なんてことを平気でやっちゃうのですね。

ツール・ド・フランスという自転車のロードレースの最高峰と言われる競技があります。フランス全土約4000kmを30日間かけて走ります。スイスとの国境ではアルプス越えもある過酷な自転車レースです。フランスで開催するから世界最高峰レースと呼ばれるのですね。ツール・ド・フランス以外にも同様のビッグレースが幾つもありますが、どのレースも例外なくブレない座標軸を持って運営されています。ということで、大相撲がオリンピック種目になったとしても(たぶんないでしょうが)、決めたことを歪めてはいけないのです。ちょんまげは必須です。

大相撲には女人禁制という制約があります。女性は土俵の上には上がれません。大阪府の女性知事が優勝力士に優勝杯を手渡したいに渡せない。差別だと怒っておりました。なんと言われようとダメなものはダメなのです。
でも、「土俵の上は神聖なので女性はダメなのです」なんていえません。ブログでもよくあるでしょ。そういう時に限って、日頃黙って見ている人間が「通行人ですが・・・」と言いながらしゃしゃり出てくるのです。だから次のような突込みが入ったりするのですね。
「あれっ。それって、女性は不潔といいたいの?」なんて。
「あっ、いえ。決して女性が不潔というわけではないのです。ち、血がですね・・・。」
「血?はぁ、血って何の血?」
「いや、あのですね。女性は月に一度、不浄の血が出ますでしょ」
「アンタ。北さん!(北の湖ではありません)生理のことを言ってるの!」
「そ、それです。」
「女性の生理は汚いの?不浄なの?朝青龍だって産まれて来た時は血まみれよ。それが不浄っていうの?」
「いや、あのですね。少年ジャンプの受け売りなんで、決して僕の意見ではないのですが、日本では古来より男女各1つづつの特例を除いて、流血は不浄とされておりまして、中でも整理の時のものが特に不浄と・・・」
「あんたねぇ。そこのカマスの人、ペケマルさん。動てんしないでちゃんと喋りなさい。整理じゃなくて生理よ。昔は月経って呼ばれていたのよ。洞窟に閉じ込められた時や島流しになって日時が分らなくなった時に生理で月が変わったのが分ったからね。」
「それって、と、特殊な例ですよね。」
「まぁ、特殊だけどさ。何が特殊さ!それよりも1つづつの特例って何よ!」
「そ、、それはですね。男の場合は血判でございますね。血の契りというやつですね。親の血を引く兄弟よりも~♪お乳欲しがるこの子が可愛い♪と歌にありますでしょ。」
「ちょちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさい!」
「それってアンタ、北島三郎の兄弟仁義と一節太郎の浪曲子守唄を混ぜたでしょ。」
「あれっ。そう言われれば・・・」
「親の血を引く兄弟よりも 硬い契りの義兄弟 こんな小さな杯だけど 男いのちをかけて飲む♪というのよ!」
「あれま。拳が回ってお上手ですねぇ♪」
「おだてなくていいわよ。3番はもっといいわよ。♪俺の目を見ろなんにも言うな 男同士の腹のうち ひとりぐらいはこういう馬鹿が いなきゃ世間の目が醒めぬ♪ね、しびれるでしょ」
「パチパチ。。。お上手。まるで天童よしみ!!!」
「誰が天童よ。誰がよしみよ。肥っていると言いたいの!テレビよりもラジオ向きと言いたいの!!歌手以外に潰しがきかないと言いたいの!!!」
「いやまぁその。。何事もそう悪い方に取らないで。魅力ある歌唱力だと、そっちの方で受け止めていただくと、土俵の上の話もご理解いただけるのではないかと・・・。」
「そうだったわ。土俵の話だったわ。で、女の方の特例って何よ。」
「あっ、それはですね。古来中国ではですね。13歳の破瓜の血が神聖と言われおりまして・・・。」
「破瓜?なんて読むのよ。大阪の地名?」
「それは平野区にある喜連瓜破町(きれうりわり)ですね。こっちはですね。破瓜(はか)でございます。」
「その破瓜(はか)って何よ」
「早い話が13歳の女性の、つまりあのー、ロストバージンの時の血がですね。神聖と・・・」
「まぁ、スケベ!」
「いえ。スケベとかの話ではなくて、祀事や延命長寿に必要と言うか、そういう存在ということで」
「ふーん。」
「確かに一部女性蔑視の面はなきにしもあらずですが、何事にも決め事というのがありまして。それがあってこそ、成り立つというものでございましょ。入りたくとも、女湯に男は入れませんでしょ。それと同じで・・・」
「ちょっと待ちなさい。それって問題をすり替えていない。アンタ、フンドシだけの裸同然からくる単純発想じゃないの。」
「いえその・・フンドシではなくてマワシなのですが。。。フンドシというのはですね。白い、白と決まっているわけではないですが、主に白色の長い生地に紐がついたものででして・・・。」

というような会話が際限なく続くので、この辺りでやめておきたいと思います。


ウマい話にゃ・・・  




ウマい話にゃ・・・


今年もあとわずか。寒波到来で冷え込みが厳しいが政治の冷え込みも厳しい。来年はどんな年になるのだろうか。

自民党が投票率過去最低の中で大勝した。投票率が下がると農・漁業の保守票がモノをいう。今回の結果は60年続いた自民党一党独裁時代と同じパターンだ。昔と違うのは、かつては積極的支持票だったのが今回は他にないからという消極的票であることだ。多数決のマジック。マジックから連想し唐突に競馬の話へ。



馬券を買った経験のある方なら、競馬予想紙の◎▲注といった予想印のマジックに泣いたことがあるはずだ。クズ馬でも◎がずらりと並ぶと不動の大本命馬のように思えてしまう。
誰が考えたのか、妖しい光を放つ予想印。

ただいま脱線中。政治よりもこちらの方が面白いかも・・・。

競馬ファンは予想紙以外の情報を持たない。せいぜい当日の馬体重の増減やパドックでの馬の状態を知る程度だ。馬体重は20kg以上の増減なら少しは検討材料になるが、数kg程度の増減などなんの材料にもならない。なぜなら体重450kgの馬の5kgなど全体重の1%にすぎないからだ。人間に換算すれば55kgの人だと550g。食事一食分の重さ。この程度の増減で日常生活に異変を起こす人などいない。
パドックの下見で馬の調子を判別するのも素人では無理だ。競走馬は一頭平均3500万円もするから厩務員は手入れを怠らない。ブラッシングとワックスでピカカピに磨かれた外見から調子を見抜くことなどできない。仮に調子が良いと分かったとしても馬券購入の決定的ファクターにはならない。体調万全の僕と39度の風邪熱でフラフラの高校生の陸上部員が100m競争したとしたら、はたして結果は?
陸上部員だって?そんなもん、走ってみなけりゃ分からんでしょ。競馬はゲートが開くまでは誰の予想でも100%的中しているが、ゲートが開くと同時に、ほとんどのヨソウがウソヨに変わるのだ。それが競馬だ。

競馬予想紙は複数の記者が予想印をつける。自信を持って点ける◎もあれば、自信がまったくない◎もある。自信があっても無くても本命印の◎がズラリと並ぶと大本命馬に見えてしまう。
競馬ファンは競馬予想紙に掲載されている以外の情報を持たないから、幾らファン個々が独自の予想を立てているつもりでも、最終的には◎印などの予想印に準じた売れ方になる。だから未勝利馬のレースでも◎がズラリと並ぶと単勝1.2倍といった異常な売れ方をする。当然のことだが馬の調子や実力が反映されていな馬券の集合だから人気通りの結果にはならない。

今回の自民党の大勝と似ている。大勝だからよほどすごい政策でも打ち出していたかというと旧態依然。むしろ原発も箱物も公共事業も全て復活・・ま、その話は後述するとして、いましばし競馬の話を続けますね。

競馬は新馬戦から始まる。新馬戦期間内に勝てないと次走からは未勝利レース。未勝利戦の期間は1年。1年の間に1勝できれば引退まで中央競馬で走れるが未勝利のままだと登録が抹消される。1勝ぐらいならと思うが、毎年4000~4500頭の新馬が登場する。レース数にも限りがあるから、1勝の道は厳しいのである。
競馬は、生き残るために必死の未勝利レースと、ステータスを求めるG1レースだけが真剣に勝負されていて、他のレースは色々と思惑が入り交じるので、勝てるレースでも勝たないということがママ起こる。それが競馬なのである。

レースは獲得賞金でクラス分けされて行われる。勝てばクラスが上がる。クラスが上がるとレース賞金も上がる。獲得賞金以下のレースには出場できないから次走は一つ上のクラスで走ることになる。だが、たいていの馬はクラスを上げたくないと思っている。馬は馬耳東風だから思っているのは馬ではなくその関係者だが・・・。

全ての競走馬がダービーや天皇賞やジャパンカップを目指しているかというと、そうではない。小学生のころから東大一直線の子供もいればそうでない子もいる。競走馬社会でも、最初からG1を目指す馬もいれば目指していない馬もいるのである。そして人間社会同様、目指していない数の方が圧倒的に多い。

レースのクラスが上がると勝てる機会が減る。上へ行けば行くほど実力のある馬が増えるからだ。G1を目指している馬も混じる。レース賞金が出るのは5着まで。8着まで奨励金が出るが1着賞金の5%。エサ代にもならない。賞金稼ぎをして馬主孝行をさせるには勝ってクラスを上げてはならないのだ。競馬は獲得賞金の額でクラス分けされるが、1着賞金の半額分だけが獲得賞金(重賞レースは2着も加算)に加算される。2着以下は加算されない。2着を5回続けて1着賞金の2.5倍も稼いでもクラスは上がらない。そういう矛盾した仕組みになっている。それが競馬ね。

日本の競馬体系はイギリス競馬の競馬体系を踏襲していて、日本のクラシック3冠レースの皐月賞はイギリスの2000ギニーステークス、日本優駿(日本ダービー)はダービーステークス、菊花賞はセントレジャーステークスを真似ていて、イギリスダービーが2400mの距離で競うので日本ダービーも2400mなのである。また、距離だけでなく、イギリスダービーが左回りのエプソム競馬場なので、日本ダービーは同じ左回りの東京競馬場で開催。菊花賞もセントレジャーステークスが右回りのドンカスター競馬場で距離3000mで開催されるから、右回りの京都競馬場で同じ3000mで行われているのである。

レース賞金もイギリス競馬のレース賞金体系を真似ていて、1着のレース賞金を100とすると2着40%・3着25%・4着15%・5着10%の比率になっている。
競馬は同じ馬主が同一レースに何頭でも出走させることができる。例えば5頭出走させ2着から5着までを占めたとしよう。その賞金合計は40+25+15+10=90で、1着馬の100よりも少ない。優勝はかくも重いということだ。事業仕分けで1位でないとダメなんですかとヒステリックに吠えた議員がいたが、1位でないとダメなのです。1位の値打ちが分からないと物事の軽重が分からなくなるから約束反故(マニフェストを守らない)も平気になってしまうのです。

と、政治の話に戻りそうになったので、がんばって脱線し続けます。

そのレース賞金だが、新馬戦の1着賞金は600万円。新馬戦は2歳馬のレース。小学生のような馬がトラックを1分ほど走って1着になると600万円。最高賞金はジャパンカップの2億5千万円。日本の競馬賞金は世界一高額なのだ。前述したが、競走馬の落札価格は1頭平均3500万円。競走馬以外の馬だとせいぜい一頭数十万円だから極めて高額だが、世界一の高額レース賞金があるから成り立っているといえよう。

競馬の厩舎関係者は馬の能力を熟知している。閉鎖的な村社会なので縁戚関係も多いから、自分の厩舎の管理馬だけでなく他厩舎の馬についても熟知している。どの馬とどの馬が走ればどっちが強いかといった推理(予想)は競馬記者の上を行く。競馬記者は調教師や厩務員が持つ情報を得ようと必死になるが競馬記者は部外者。競馬社会の内部情報は外には出にくい。そして次のようなことが起こる。

競馬予想紙だとA馬が◎の本命になっているが、厩舎関係者の予想では勝つのはBという場合がある。予想の的中率はどちらが高いかはいうまでもないだろう。
明日出走する自分の馬がここ数日便秘気味で調子が今ひとつ。けれどもH厩舎のG馬は調子がいい。記者は知らないようだが能力もあっちが上だ。なのに自分の馬に本命の◎印がズラリで単勝1.4倍。G馬の評価は低くて単勝6.7倍。
「十中八九、勝つのはアイツなのになぁ」と思うのがアナタだとすれば、さあどうする。G馬の単勝を100万円買えばほぼ100%に近い(競馬に絶対はない)確率で670万円になると分かっていたら、アナタならどうします?

馬主は馬券が買えるが、調教師や厩務員とその家族、騎手などの競馬関係者は法律で馬券を買うことが禁じられている。八百長レースを防ぐためだが、法律で禁じなければならないほど、彼らの予想的中率が高いから一般フアンと不公平になるからだ。
馬券を買いたいが買えば罰せられる。どうするか。競馬関係者は馬券を買えなくても親戚や友人は買えるから彼らを介して買えばいい・・・と誰もが思うはずだ。その通りで、実際にそういう馬券が動く。

買われている馬券には2つの種類の馬券があるということなのである。1つは競馬予想紙以外の情報を持たない一般ファンが買う予想はウソヨ馬券。もう1つは厩舎関係者情報で買われる的中確率が高い馬券。この2つの馬券が混ざってオッズ(予想配当率)を形成している。

競馬ファンなら誰もが厩舎情報を得たがる。だが競馬記者でも無理なのに一般ファンが厩舎情報を得るのは不可能に近い。では、どうすれが彼らの情報を得られるのか。

どうすればいいのか。
自問自答した僕は中央競馬の栗東トレーニングセンターに潜入した。潜入と言っても警備員で入ったのだが・・・。
そこで競馬社会の実態のあれこれを見たし知ったのである。栗東のトレセンに勤務していても警備員は部外者。彼らは情報を部外者に漏らさない。でも間違いなく彼らは馬券を買っているのだ。買っている現場を見たわけではないが、状況証拠を幾つも拾った。例えば、トレセン内のスーパーマーケットの売店で競馬新聞が売られていて、それが飛ぶように売れていらからだ。買うのは当然競馬関係者。
チキンの唐揚げを食べたくないのにKFCに入らんでしょ。同様に、馬券を買わないのに競馬新聞は買いません。

競馬社会は極めて閉鎖的で内部情報はほとんど外には出ない。ただ一点を除いて。
その一点がオッズなのだ。
オッズには2種類の異なる情報に基づいて買われた馬券が混在していると書いた。混在するオッズ情報から彼らの情報を選別することができれば、そう、便乗できるではないか。

35年前。
そう考えた僕は混在するオッズの分析法を研究し解析法法を生み出したのである。PCも無ければデータベースという言葉すら無かった時代。膨大なデータ分析は全て手作業。平日はデータ分析、週末は競馬場の日々を続けた。「2種類の馬券が混在する」という仮説が間違っていなければ解は必ず得られるはずなのだ。学術研究のほとんどは、まず始めに仮説ありきなのだから・・・。
そしてついに完成させる。
その方法を実践で試したところ、土・日の24レース全て的中という、競馬ファンなら「アリエール」じゃなかった、「あり得なーい!」と言うはずの快挙を成し遂げたのだ。
出版されベストセラーにもなった。続編もベストセラーになった。一時はJRA(日本中央競馬会)がオッズの表示をストップさせるほど競馬界を震撼させた異質の競馬本だったのだ。

読みたいでしょう。読んでみたいでしょ。でも35年も前のこと。すでに絶版です。どうしてもというなら国会図書館にあります。

ということで、なぜか自慢話になってしまったので、自民党の話は別の機会にということで・・・。


オリンピックで思うこと  





オリンピックで思うこと


ロンドン五輪が始まった。
開会式に期待はずれな感想を持ったのは、前回の北京の開会式が突出した出来映えだったせいなのだろう。口直しにというか、もう一度、北京五輪の開会式を見たいとすごく思った。

オリンピックで思い出すのは、2010年バンクーバー冬季オリンピックに出場したスノーボードの国母和宏選手へのバッシングだ。腰パンでネクタイを緩め、ブレザーのボタンを留めずシャツの裾は外出し、ドレッドヘアに鼻ピアスにサングラスというファッションや、「チェッ、うざいな」と発言したことなどで激しく叩かれた。どうしてこうも世間は生け贄を求めるのだろうかと思ったものだ。
出る杭は打たれる。高く出すぎれば打たれないが、今度は根本からノコギリで切られてしまう。かつての朝青龍がそうだった。

朝青龍の優勝回数25回は大鵬の32回、千代の富士の31回に次ぐ歴代3位の成績だった。相撲協会理事長の北の湖の24回よりも上なのである。その理事長の北の湖は、幕内時代だけでなく、横綱になった後も取り組み前の支度部屋でも風呂の中でも髪結い中でも漫画を手放さない漫画横綱だったことはあまり知られていない。そんな横綱でも優勝回数だけなら大横綱なのである。
朝青龍は漫画漬けではない。それどころか日本とモンゴルの交流のために色々と努力をしてきている。努力が行き過ぎて脚が故障し療養で帰国しているはずが、中田と日蒙親善サッカーに出てバッシングを受けた。中田と朝青龍。日本の超一流アスリートの組み合わせなどレアな出来事ではないか。そのことを喜ぶべきであって、バッシングするのはお門違いというべきだ。
モンゴルでの朝青龍は、成吉思汗(チンギスハーン)、スフンバートルとチョイバルサン(革命と建国の父)に次ぐモンゴルの大英雄として国民から絶大な人気と支持を得ているのである。

そんな、一国の大英雄でありわが国技の大横綱を、やくみつるや内館牧子が激しくバッシングした。漫画漬けの横綱に教養を求めず、外国人の大横綱に目くじらを立てさらなる完璧さを求めたのである。
もう、意図的に足を引っ張っているようにしかみえず、ぶ男とぶ女の嫉妬とコンプレックスはまったくもって際限がないと思ったものだ。
朝青龍の品格よりも、相撲協会役員や委員、マスコミの品格の方を問うべきなのである。スポーツを追っているのではなくゴシップを追っているのだから・・・。

国母和宏選手へのバッシングも同じだった。個人的にはヒップホップ系の服装は好きではない。好きではないが、僕もヒップホップ系の服装をしてスーパーに買い物に行ったりレンタルDVDを借りに行く。先日のギター発表会もそんな服装だった。僕の場合は弛みすぎた体型と、進みすぎた加齢を少しでも誤魔化すためだ。背景にあるのはコンプレックスなのだ。

国母のファッションやヘアースタイルや鼻ピアスも同じだ。彼のコンプレックスなのである。コンプレックスを、歪んだ恨みつらみに変えるとやくみつるや内館牧子のように他者批判に走ることになる。コンプレックスを正常なエネルギーに変えると僕や国母のようになるのだ。
僕の場合は、これが普通だ常識だとイメージされているオヤジと同じでありたくないという反発や抵抗。国母の場合は、権威や体制の既成概念への反発や抵抗なのである。

スノーボードやモーグルは、あれはファッションスポーツなのだ。タイムだけを競うのではなくパフォーマンスも競う。その競技の現時点のファッションがヒップホップ系なのである。10年後には素っ裸で滑るのがファッションになっているかもしてないのだ。

短時間で終わる競技だから寒さはあまり関係ない。なのに、上村や里谷や村田が必要以上にヒップホップ系で着膨れなのはファッションだから。さらに言えば、ファッション業界の宣伝も兼ねているのである。オリンピック憲章なんて今はもう飾りに過ぎない。

やくみつるは国母に対し「体育はよくても、知育徳育が甚だしく達していない。幼少からプロライセンスを取り、調子こいた人生を送ってきたのだろう。突出した才能を開花させるには、周りが言い含めないといけない」と言い放った。ぶ男のやっかみというやつだ。

11歳でプロライセンスを得る。偉業である。どうしてその優秀さを評価しないのか。誰にも頼らず、身一つで世界を転戦しトップレベルの戦いを続けていることの方をなぜ評価しない。
世界のトップレベルというのは、5分や10分で一コマ風刺漫画を描いて人生の世渡りをしているやくみつる程度の漫画家には到底理解できない孤高の世界なのである。屁の突っ張りにもならない風刺漫画しか描けないヤツに、調子こいた人生なんて言われたくないと、僕が国母ならそう思う。そもそも、調子こいた人生だったとしても、何が悪いというのか。

事前に出題や時には正解を教えられているクイズ番組で高得点を出すことが知育徳育が発達していることではないのだ。相撲協会だけでなくJOCや各スポーツ連盟の旧態依然な体質や運営の在り方を見直す時期に来ているわけで、そこに矛先を向けず選手ばかりを批判するのは、体制や権力の太鼓持ち、ぶ男のやっかみ以外のなにものでもない。

スポーツの祭典だからお祭りでいいと思う。多種多様なパフォーマンスで観客を楽しませてくれればいいわけで、それにメダルがついてくればなおいい。それだけのことだ。千分の1秒を競い合い一喜一憂することが、人間にとって幸せで必要不可欠なことだとは思えない。
お祭りなら、制服を着崩すのもいいじゃないかと思う。そもそも着崩しているように見えるのは体制側から見た風景。国母は制服がダサイと感じたから工夫するのであって、制服という枠の中で精一杯ファッションしていたにすぎない。制服が格好いいと思っていたら着崩したりない。僕なんか、INシャツにすると妻から蹴りが入りますもん。



この、場末のストリップ劇場の金箔ショーのようなユニフォームの方がよほど品が無くて着崩れしていると思うのだが・・・。



この惑星の・・・  




この惑星の・・・

八代亜紀なら、舟歌だろうか。
宇宙人トミー・リー・ジョーンズに「この惑星の八代亜紀は泣ける」と言わしめたあの舟歌である。

   お酒はぬるめの 燗がいい
   肴はあぶった イカでいい
   女は無口な ひとがいい
   灯りはぼんやり ともりゃいい
   しみじみ飲めば しみじみと
   想い出だけが 行き過ぎる
   涙がポロリと こぼれたら
   歌いだすのさ 舟唄を

   沖の鴎に 深酒させてヨ
   いとしあの娘とヨ 朝寝する
   ダンチョネ

この歌のいいところは自分で自分のストーリーが創造できるところにある。
僕の場合だと次のようなストーリーが・・・。

僕は高倉健か渡辺謙的な漁師なのである。ケンはケンでも松平健や志村ケンなどの殿様系ではない。寡黙で渋さが売りのケンなのだ。
場所は漁港なのだが北の国であって鹿児島や沖縄ではない。なぜなら芋焼酎のロックやシークワーサーのチューハイね♪では高倉健や渡辺健にアロハシャツを着せたくなってしまうからだ。
北海道である。本格的な冬一歩手前の北海道。宗谷本線の南稚内で降りて宗谷国道を東へ10分ほど。声間郵便局が見えたらその次の信号を左折したドン突きの漁港のすぐそばの、木造モルタル二階建ての2階の窓に朽ち落ちそうな手すりのある飲み屋がその場所だ。看板には「菊子」とある。

季節的にもう寒いのだが、店にはストーブが焚かれているので熱燗よりはぬるめの燗がいいわけだ。むろん肴はあぶったイカである。あぶったイカというのはスルメのことではないぞ。ケンさんがスルメをくちゃくちゃやっていたのでは絵にならない。第一僕はあまりスルメは好きではないのだ。繊維が歯に挟まっていけない。
そう、鄙びた漁師町の飲み屋であぶったイカといえば、自家製の一夜干のイカに決まっているのである。

カウンターの向こうでイカをあぶっている女将の菊子は無口なのだ。これがしゃべりの大阪のオバハンだと店はお好み焼き屋にしなければならない。もっとも、関西の飲み屋の女将はお好み焼き屋の女将に負けず饒舌ではあるが・・・。
客の心情や空気が読めず下手な駄洒落を連発するママもいただけない。だから無口な女と指定したのだ。無口な女の酌だからしみじみ飲めばしみじみと想い出だけが通り過ぎるのだ。大阪のオバハンや駄洒落連発のママだと、通り過ぎるのは想い出だけでなく、渋谷ハチ公前のスクランブル交差点のように色んなものが一度に通り過ぎて五月蝿くてしかたがない。当然だが、涙がポロリなんてありえないし、舟歌を歌い出すこともない。

   沖の鴎に 深酒させてヨ
   いとしあの娘とヨ 朝寝する
   ダンチョネ

この歌詞こそケンさんが貨物船の船乗りではなく漁師であることの証だ。
鴎は魚鳥(ゴメ)である。
ゴメが鳴くからニシンが来ると~♪と石狩挽歌でも歌われているように、鴎のいない漁はない。その鴎に深酒させて、つまり魚を呼ばさせずに愛しいあの娘と朝寝しようということなのだ。愛しいあの娘というのは世間に認められた恋人ではないのだ。ケンさんの愛しいあの娘は宗谷駅の裏の飲み屋街のスナック順子のちーママの真美なのである。
ちーママを捉まえて“あの娘”はないだろうと思うかも知れないが、真美とケンさんは歳が離れているので“あの娘”でいいのである。歳の差も含めての理由(わけ)ありで、真美とケンさんは一緒になれないのだ。そんな二人のつかの間の逢瀬なのである。
スナック順子の勤めをおえて居酒屋菊子にやってくる真美を待つケンさんの酒の相手を菊子がしている、そういうことなのである。

想像力豊かな方なら分かるだろうが、朝寝しているのはベッドではないぞ。布団である。ぬるめの燗にあぶったイカに無口な女にぼんやり灯りの場合はビジネスホテルのベッドではないのだ。布団、そういう決まりになっているのである。なぜなら、時々霧笛が鳴ればいいが、非常ベルが鳴ってもらっては困るからだ。
和室。飲み屋の、2階の窓の外に朽ち落ちそうな木製の手てすりのある小部屋なのだ。実をいうと、無口な飲み屋の女将菊子と真美は郵便局の向かいにある声間小学校の同級生だったのである。だから融通がきいたのだ。

   沖の鴎に 深酒させてヨ
   いとしあの娘とヨ 朝寝する
   ダンチョネ

布団の温もりまでも感じてしまう歌詞ではないか。
 



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