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Old Saltの日々雑感

日々雑感的に思うところを小さなウソと大きな誇張でデフォルメして掲載中!

靴を履いて帽子を被る(3)  




靴を履いて帽子を被る(3)




「香港のトップが二流のビジネスホテルに泊まりますか、 恥ずかしいでしょ。と、自身を一流に位置づけるアナタが、回転寿司店で都政の会議をおこなうことを恥ずかしいとは思わなかったのか」
「大型レジャーホテルで孫と温水プールで遊びバイキング料理を食べたりの家族旅行の合間に都知事選の会議を行う程度の、アナタにとっては都知事職は軽い役職なのか」

舛添の嘘八百の言い訳よりも、上のようなキツイ質問の一つも発することができなかった記者たちの無能さに失望した。

舛添は「精査」を連発した。舛添の言う精査は「時間稼ぎ」という意味だ。時間を稼ぎストラテジージー(strategy:戦略)とタクティクス(tactics:戦術)を練った。
刑事罰にならないようにすること。これが舛添のストラテジーである。そのためにどんなタクティクスで記者会見に臨むかであった。

取材する側にも「精査」(こちらは文字通りの意味)する時間があったにもかかわらず文春の記事に沿った質問以上のものは無かった。都知事の汚職疑惑会見に、ベッキーの不倫会見と同じスタンスで望んでどうすのだ。

舛添要一は東大法学部卒である。文系では日本一の超難関学部だ。ハーバードよりも難しいといえるかも知れない。だから極めつきにアタマが切れる。記憶力も抜群にいい。そうでなければ東大法学部に合格しない。
会見を見た人なら分かっただろうが、居並ぶ記者の名と質問内容を覚えていて、何十分も前の質問者の名や座っている場所、質問内容を覚えていて引き合いに出し答弁している。それほど記憶力がいいのだ。一方で記憶がないと答えるシーンもしばしば見られた。記憶力がいいだけでなく、ボールペン1本でも経費で落とそうとするケチな男である。覚えていないはずがない。あえて精査しなくても、回転寿司で孫が何を食べたかだけでなく食べたネタの順番まで覚えているはずなのだ。

政治家など要人の記者会見の場合、取材媒体名や取材者リストが事前に手渡される。席図を渡されている場合もある。不利な質問をしそうな記者、気に食わない記者の質問を避けるためである。
そのリストを見て、舛添はまずは女性記者ばかりを指名した。舛添はTVによく出演していたから取材者の顔を見知っている。居並ぶ女性記者の半分がワイドショーの芸能レポーターレベルだと知っていた。だから鋭い質問など出てこないと読んだ。事実、鋭い質問など皆無で上っ面な質問ばかりだった。舛添は内心でほくそ笑みながも、上っ面の質問にも神妙な態度で真摯で検挙な様を装い答えた。女性レポーターのためではなく、骨の有りそうな記者の反応を伺ったのでる。

次にスポーツ紙の記者を選んだ。超大文字のキャッチが踊るスポーツ紙。つまりスキャンダラスな面しか興味がないスポーツ記者の質問もたかが知れている。いなし方は簡単、名前を呼んでやればいいのだ。質問した記者の名前をメモリ「先ほど、○○さんにお答えしたように・・・」と記者の名前を織り込むのだ。頻繁に相手の名を言う。親しさを滲ませることで矛先を鈍らせる作戦だ。

取材記者は取材陣の中の一人でしかない。だから群れから頭を一つ出したいと常に思っている。そういう中で自分の名前を言われたら、覚えられていたことの心地よさと、迂闊な質問はできないという自己規制の二つの心情を持ち矛先が鈍る。
何度も同じ質問が繰り返されると、その問題が希釈される。聞く方も飽いてくる。問題の本質を無能なレポーターや記者の質問で覆い尽くすことで手ごわそうな記者のやる気を削いだ。ジャパンタイムスだったか、日本語もまともに話せない外人記者が意味不明の質問をし場を白けさせるなど、終始舛添ペースの会見になった。

「二つの箱が有ると思ってください」と、経営者の机上に置かれた既決箱と未決箱のような例を出した。実際に箱が有るのではなく、あくまでもイメージ上の箱だ。片方の箱は明確に公的支出した領収書を入れる箱で、片方はプール金から支出された領収書の箱だという。「常時20万円~30万円のプール金があって、残金が少なくなると先生、補填してくださいと言われますから、補填して30万円とかにするわけです」といった説明をしていた。久しぶりに正真正銘の詭弁を聞いた。

秘書もしくは事務方に言われてプール金を補填したということは、プール金を使ったのは秘書もしくは事務方の人間だ。彼らは私的に使うことはないから、プール金を使った領収書の箱は全て公的なもので不透明な領収書は1枚も無いはずだ。
会見では自分もそのプール金を使っているような曖昧な説明だったが、箱に入ったプール金は机上に置かれているのではなく、秘書もしくは事務方が管理しているはずだから、舛添自身が使うときは「〇〇君、ボールペン買うから200円くれる?」と毎回出金を要請するか、30万円のプール金のうち「先生、毎回細かい出金をするのは面倒なので10万円は先生が持っていてください」かのどちらかになる。
舛添は後者だと言いいたいのだろう。その領収書に私的な領収書が紛れ込んでしまたっと・・・。
「先生、プール金が少なくなりました」と言われて補填したのは舛添である。つまり金を出したのが舛添なら、そこから自分用のプール金を捻出するのはおかしい。自分が使った分は自分が一時立替えすればいいからだ。

事業主は白色よりも青白申告をする。白色申告は手続きは簡単だがあまり節税はできない。青色申告は手続きは煩雑だが細かく節税ができる。だが個人では申告が難しすぎるから事業主は会計士や税理士に確定申告を依頼する。
事業主の体験がある方ならわかると思うが、大抵の人は領収書箱は一つのはずだ。公私入り混ぜて全ての領収書を一括して会計士や税理士に渡す。そして会計士が接待交際費など、必要経費別に仕分けする。使途不明な領収書は使途内容を本人に確かめる。

公私入り混ぜ一括して領収書を会計士や税理士に渡すのは、家族と行ったレストランの食事代や旅行代金を接待交際費や出張費で落とせないかと思うからだ。その意を汲んで、会計士や税理士は税務署が疑問を持たない程度に経費処理する。

事業主は、例えば企画会社の社長(元僕)や水道屋の社長(現師匠)としよう。二人とも東大法学部卒ではないが、使った金が私的か事業に関してかの区別ができる程度のアタマはある。焼肉屋での飲食を企画調査経費で落とせたらいいナとか、ミズノの野球グローブを作業手袋の消耗費で落とせたらいいナと思ったりする。そういうささやかな期待を込めて会計士や税理士に領収書を渡す。で、それがたまたま経費で通ってしまうと、東大法学部卒ではない小心者の水道屋は小さな悪事に怯え、不自由だと思いつつも野球のグローブをはめて作業をしてしまうのだ。小心者だから左手だけだとバレそうな気がして、右手にファーストミットをつけたりするのだ。キミ、それってウルトラマンのバルタン怪獣だろ。
真面目に仕事をしなさい。

厳密に言えば金銭の多寡に関係なく脱税になるが、軽微な誤魔化しは税務署も見て見ぬふりをする。ただ、甘やかしすぎると図に乗るので何年かに一度は抜き打ちで税務調査をかける。このささやかな持ちつ持たれつで零細企業主は一息つけ税務署は納税者の焼き討ちに合わずに済んでいるのだ。

舛添は零細事業主と同じ感覚で出金処理をしたのである。舛添がゲスの極みなのは、われわれ事業主は自分自身が稼いだ金を原資にしているのに対し、舛添は自分の給与や期末手当などの報酬には一切手を付けず、私的支出の全てを税金で賄ったことにある。

一連の汚職疑惑の会見での舛添説明は全て嘘と思っていいだろう。
都政がらみの会議であれば公務である。都知事の単独公務はまずないから、出張公務ならSPが付き秘書や事務方も同行する。秘書や事務方が同行していたなら支払いを含めた雑務は全て秘書や事務方が行う。経費は秘書室の予備金から支出。速やかに伝票処理され庁内の総務経由か直接会計管理局に渡され決済される。したがって舛添が直接金に触れることなどないわけで、私的に雇った会計士が入り込む余地などない。にもかかわらず箱が2つだとか私的会計士というのは、私的に使った金を公金扱いにして私服を肥やしたいと言っているに等しい。

知事の場合、公務中に発生した費用は全て公費で賄われる。昼を挟む会議なら昼食も出る。休憩のコーヒーも、パソコンから筆記具まで全て支給される。一般公務員と違い、公務中は1円も自腹を切る必要がないのだ。
つまり、知事が持ち込んだ領収書は例外中の例外(例えば出張時に事務方が予備金を持参するのを忘れ知事が立替えたなど)を除き、全て私的な出費といえるのである。

東京都の都知事が都内ではなく湯河原の回転寿司店で会議を行うなど不自然すぎるが、万歩譲って公務だとすればSPや秘書や事務方が同行したはずである。同行者がいたのになぜ知事が支払いし自分の会計士に処理させたのか。また、公務なら秘書や事務方の名前を公表しても何ら支障はないはずだ。公表しないのは、同行者がいなかったからだといえよう。先述したように秘書や事務方が同行しない公務はあり得ない。
もう一つ、公務なら公務記録や議事録がある。秘書や事務方が記録を残している。それを開示すれば汚職疑惑が晴れるが、無いものは公表できまい。

4月末のブログの「靴を履き帽子を被る」の中で舛添のことに触れ、「瓜田に靴を直さず 李下に冠を正さず」と書いた。
君子は疑わしいことをしてはならないとの戒めなのだが、舛添は、家族旅行や家族との飲食だけでなく孫へのプレゼント(おそらく)であろうマンガやクイズ本、私的に使う事務用品も購入し公費で落としている。調べれば他にも山ほどあるはずだ。
梨や西瓜を盗むだけでは飽き足らず、ついでにナスやきゅうりを懐に入れ玉ねぎを引っこ抜くという、魔が差した(私的領収書をうっかり入れてしまった)では済まされない、畑泥棒、確信犯なのである。他人が苦労して耕した実り(税金)を盗む。
貧困の子供がコンビニで100円のパンを万引きしたのではない。年収2800万円、一期勤めれば4~5千万円の退職金が支給される男が国民や都民から万引しているようなものなのだ。品格がお粗末過ぎる。
知事は名誉職なのである。1300万都民の上に立つのではなく、1300万都民を下から支える立場だから名誉なのである。都民の金をくすねてはいけない。
君子であるべき者が畑泥棒。背中の銀杏が泣いているぜ。


靴を履いて帽子を被る(2)  




靴を履いて帽子を被る(2)


知事の出張宿泊費の上限は東京都は40,200円。これは首相と同じクラス。次いで愛知県知県で国務大臣と同等の32,000円。三番目が大阪府の副大臣クラスの29,000円。特例で増額が認められている。ただし上限があってどの自治体も2倍程度。最高は大阪で3倍と決められている。舛添都知事のロンドン出張の1泊20万円は規定の5倍増。異常な増額といえる。

ロンドン出張は提灯持ちのお供を引き連れての視察名目のラグビーワールドカップ観戦である。舛添都知事も随行した職員も遊びではなく次期開催地としての視察だと言うに決まっているが、前回のブログに書いたように、李下に冠を正すような行動をしていては、本当に仕事で行ったとしても限りなく嘘臭く感じる。

神奈川県の黒岩知事も同じワールドカップの視察に行っているが、都知事一行のような市中心部ではなく郊外のホテルに宿泊し、宿泊費は県の上限の32,200円以内で抑えている。この額を超えた分は自己負担するという。
中心部に1泊20万円で宿泊した都知事と32,200円で宿泊した県知事。明らかに視察姿勢の違いが見て取れよう。

国際的イベントの視察目的は会場作りや運営方法、イベントの盛り上がり状況の体験だけでなく、会場周辺や宿泊施設状況、交通アクセスなど多岐にわたる。
都心の高級ホテルに泊まり会場で試合を観戦するだけでは多くは得られない。郊外に宿を取った黒岩県知事は会場までの道中で様々な情報を得たはずだ。姿勢が違うのだ。
都の職員は県知事よりもはるかに高額の1泊5万円の部屋に泊まっているわけで、お殿様と大名のようである。近隣自治体の職員や都民を見下し傲慢になるのも当たり前である。

「教育や福祉など、必要なところへの投資が不自由分と感じている都民が多い中で、部下を大勢引き連れて1泊20万円に近いホテルに泊まるなど論外だ」と鳥取県知事や総務相を務めた片山善博氏も厳しく批判していると朝日新聞が報じていたが、まったくそのとおりである。

まだある。
規定を超える増額はあくまでも例外である。実際に出張で規定額を超えた件数は福岡で61泊中12泊、大阪は21泊中3泊だった。例外といえる件数である。
舛添都知事は29泊中28泊が規定額を超えている。増額が恒常化しているのだ。

舛添都知事の本音はどこにあるのか。
高額な宿泊費などについて指摘をした香港メディアに対して次のように答えている。
「香港のトップが二流のビジネスホテルに泊まりますか。恥ずかしいでしょ」
この、小物発想の発言が舛添都知事の全てを物語っている。

恥が何かが分かっていないのだ。行政のトップが恥と思わねばならないのは、例えば、災害地の現場で、自分だけがピカピカのヘルメットに皺一つない糊の効いた作業着姿であることだ。舛添都知事には、高齢にもかかわらず体育館の冷たい床に膝をつき被災者の手をとり労をねぎらう陛下や妃殿下の姿は薄汚い光景なのである。



世界の大都市のトップは誰もが舛添都知事のような出張をしているのか。
おときた駿東京都議が調べた興味あるデータがある。以下は、2015年10月に来日したボリス・ジョンソンロンドン市長の出張費用だ。

ボリス・ジョンソン市長のブログによると、東京出張の際の航空チケットはビジネスクラスで約66万円。しかも帰路はマイレージのポイントを使ったらしい。舛添都知事は同じコースをファーストクラスで飛び260万円。
宿泊は舛添都知事がスイートルームの1泊19万8千円に対し、ロンドン市長は1泊3万5千円。
舛添都知事と握手をしているボリス・ジョンソン市長が恥ずかしくてモジモジしているようには、僕には見えない。それどころか、とても君子に見える。

都民のみなさーん、次回は金と権力に弱い人材ではなく、『君子』を選びましょうね。

靴を履いて帽子を被る  




靴を履いて帽子を被る


1940年、第二次世界大戦のさ中のこと。
ドイツ機甲師団に退路を絶たれ包囲された連合軍兵士40万人が、何の防護障壁もないダンケルクの海岸に孤立し、全滅か降伏の岐路に立たされていた。
目の前で兵士が斃れ、救援の船舶がメッサーシュミット(ドイツの新鋭戦闘機)に撃沈されてゆく。
海岸に救助を待つ兵士40万人はもはや絶望かと思われた時、イギリスの首相であったチャーチルがラジオを通じ国民に懇請のメッセージを放送した。

『いま、連合軍40万兵士が、ダンケルクの海浜で救出を待っている。大小は問わぬ。如何なる船でもいい。船を持っている国民は、英仏海峡を渡ってダンケルクに赴き、一人でも多くの将兵を英本土に連れ帰ってもらいたい。』

この放送を耳にした英国ドーバー海峡、北海沿岸のヨット・ボートのオーナー達は先を争って英仏海峡を渡り、漁船、貨物船、タグボートの群れや、正規の救出部隊の軍艦、輸送船等の間に混じり、あるものは岸に近づけぬ大型船と砂浜の間の艀(はしけ)の役を務め、あるものは兵員を満載してドーバー海峡を 往復し、跳梁する独機の妨害によって多くの犠牲を出しながら、実に338,226名の英仏軍将兵を英本土に連れ帰った。
人呼んで「ダンケルクの奇蹟」という。』
「キャビン夜話」より。(田邉英蔵著・舵海洋文庫)

突然、何の話だと思われた方もいるかも知れない。疑問を持たずに普通に読み進めてちょっと感動したという方もいらっしゃると思う。
後の伏線として冒頭に置いたわけで、この話は一旦終わり話題を変える。


  不處嫌疑間
  瓜田不納履
  李下不正冠

君子は瓜畑で靴紐を結び直したりスモモの木の下で帽子を被り直すといった、泥棒と間違われるような行いをしてはならないという意味だ。
ついでに書いておくと、君子とは「人格ともにすぐれた、りっぱな人」のこと。

「スイートという言葉だけで『遊び回っている部屋』という誤解があってはいけない」
多額の海外出張費を問題視されたことへの舛添東京都知事の弁である。舛添は過去6回の海外出張で1億5千万円(1回2700万円)も使っているわけで、誰だって追求したくなる、わね。

年間52回の週末の内、48回を湯河原の別荘で過ごした件については「一番静かで仕事ができる。健康を保ち、頭を整理して都民のために働く態勢を整えるのは、知事として重要な役割だ」と説明した。
この人、勘違いをしている。
アナタの健康などどうでもいいのよ。命を賭して都民のために働くことが知事という役職なのだよ。

なぜ突かれるのか。日本の顔である都知事としての成果や実績をあげていないからである。
ことの真偽はともかくとして、瓜畑で靴を直しスモモ畑で平気で帽子をかぶり直す舛添要一が、『君子』でないことだけは明白だ。

東京都知事は単に一地方自治体の首長ではない。日本の政経や文化に多大な影響を与えている首都の首長だ。その首長の絶対条件は「人格ともに優れた人」であること。
舛添要一など、バラエティ番組で名を売り有名になっただけで、掃いて捨てるほどいる政治経済学者の一人でしかない。政治家になる前は自宅前でステテコ姿で取材に応じていた普通のオッサンだった。そのオッサンが東大の教授席の争いに敗れて大学を去る。学閥は一度踏み外すとよほどの奇跡が起きないかぎり二度とその閥に戻れない。かくして舛添は世間に名が売れていることを武器に政治家へ転身した。そして猪瀬の不祥事に便乗して都知事になった。

そんな普通のオッサンが権力を手にするとこうなるという、典型的な例が外遊であり別荘日(週)参なのだ。自民党の重鎮連中には異の一つも言えない小物で、中・長期展望や自身の中に描いているブランもおそらく持たない。そんな、流行りの言葉で言えば、ゲスな首長の一人だといえる。
都民に尋ねたい。都知事になって舛添成果といえるような成果物が何かありますか?

では、歴代都知事がどれだけ清廉潔白だったかというと、どの知事も似たり寄ったりだったはずである。だが、李下に冠的指摘を受けたのは舛添と前都知事の猪瀬ぐらいのものだ。

何かと話題を振りまいた石原慎太郎はどうだったのか。
たぶん、舛添よりも金遣いは荒かったはずだ。ただしほぼ自腹で。
週末の多くは湘南の海でヨットに乗り年に何度かは海外のヨットレースに参戦したはずだから、公私の公も私も多忙を極めたはずだ。舛添への「別荘で過ごしていて、東京都に災害が起きたら対処できるのか」といった質問は石原にも当てはまるはずだが、石原にはそうした質問はなかった。
なぜか、石原は極めつきのワンマンだったが、君子だったからである。この点で猪瀬や舛添とは大きく器が違った。公私にグレーゾーンを作らず、本の印税や給与でヨット遊びをした。公用車でハーバーに乗り付けることなどなかった。だから突かれることもなかった。
あまり知られていないが、石原は外交に強かったから縁の下で政府にかなり貢献にしてきたはずだ。その外交力の強さは、ヨットで培われた。

で、冒頭の話に繋がる。
名宰相と言われたウィンストン・チャーチルはヨット愛好家としても知られている。かつて彼の愛艇だったシナーラ(Synara)はいま、三浦のシーボニアヨットクラブが所有している。
チャーチルは優れたヨット乗りだった。 日頃から海に親しんでいたから船乗りの気質を知っていた。だから冒頭のような国民への呼びかけができたのだ。
ヒース元首相もモーニングクラウドという名のヨットを持っていて毎週末はヨットで遊んだ。240年間アメリカが守り続けたアメリカズカップヨットレースで初めてアメリカを破ったのはオーストラリアだが、当時の首相はその日を休日にしてしまったことは以前にも書いた。

石原慎太郎もコンテッサ(貴婦人)という名のヨットを持ち代を何代も重ね、過去何度も参戦したハワイのパンナムカップ(パンナム航空が倒産後ケンウッドがスポンサーになりケンウッドカップに名称を変える)も多くの著名な政財界人のヨットが参戦している。
ファストネットレース、シドニー・ホーバートレースなどなど、世界の名だたるヨットレースも同じである。石原はそうしたレースに参戦する中で多くのトップクラスの政財界人と人脈を持った。ゆえに外交に強いのである。またグローバルにモノを見る目を養ってきたから思い切ったことや骨のある行政を行った。銀行など失敗もあるが都政に大きな貢献をしたはずだ。

ちょっと脱線して70回目を迎えたシドニー・ホーバートレースのことを少し。
今から半世紀以上も前の話になるが、日本の日立の本社総務に1本の国際電話がかかってきた。オーストラリア支所からだった。
「地元のヨットレースの主催者からスポンサードして欲しいという要請があるのですが」
という内容だった。
「幾らの寄付?」と尋ねると50万円ほどだという。「いいよ」ということになり、スポンサードすることになる。この時、シドニーの会場周辺の道路に日立のバナー(立て看板)が並んだのだが、これが日立の名を有名にし、家電やモーター(当時はモータの日立と言われていた)の売上が急上昇した。
後のハワイのケンウッドカップのスポンサードはこの前例があったからだ。ヨットのステータスは非常に高いのでケンウッドのブランド名が、海外ではパナソニックよりも高いのはこのためだ。
ソフトバンクがようやく世界の一流企業の仲間入りを果たした。今年開催される4年に一度のヨットレースの最高峰と言われているアメリカスカップレースに参戦したからだ。

ま、とにかく、湯河原の温泉に浸かり「ぷはぁ~」と言っているだけでは外交に強くならないし、飛行機のファーストクラスからレンタルリムジンでホテルのスイートルームという、一歩も足が地に着かない贅沢三昧の外遊では外交など成し得ない。

都民のみなさーん、次回は金と権力に弱い人材ではなく、『君子』を選びましょうね。





再掲載のすすめ  




再掲載のすすめ


自分が過去の文章の再掲載や使い回しをしているから言うのではないが、皆さんもやってみてはどうかと思う。
というのは、僕が覗いているブログはどれも何度か面白いと思ったことがあったからで、まん丸師匠のブログなど、交流が始まる前の2009年の過去にまで遡って読んでいる。打率は3割3歩3厘と高打率なのだが、見方を変えると、6割6歩7厘は普通(僕にとって、あるいは僕の好みのテーマとして)なわけである。

最近だと「マリーの音楽」さんが足跡を残してくれている。ピアノ講師をされている女性のブログで、何年か前に訪問していたことがあって、文章が面白かったのと貼ってある音楽ジャンルの多様さに感性の豊かさが感じられ、たぶん、普通のピアノ講師よりも、この人に教えられる生徒たちは恵まれていると思ったのである。貼ってあるYouTubeのの音楽も僕の好みのものが多っかたこともあり感性が似ているのかも思ったりして、やはり過去のログを辿ったことがあった。たぶん、当時は全部の記事を辿って読んだと思う。

「たそがれオヤジの七転び八起き」さんも常連訪問客で、過去のブログを辿ってほぼ全て読んでいる。毎回、よっしゃー!的元気文章で愛車のロードレーサー(自転車)で転んでもネガティブではなく元気印の文章で嘆く人で、毎回同じタッチの文章は元気だらけの犬の散歩で引きづられて歩くような疲れも感じるが、時々面白い文章が載るのだ。
僕はツール・ド・フランスの取材や国内のロードレースを企画運営していたことがあって、自転車乗りが好きなのである、五番目ぐらいに。一番は綺麗なお姉さんで、2番がヨット。いや、一番は妻と書いておかねば何かと支障があるか・・・。

つまり、どの方のブログも玉石混交なのだ。岩石混交のブログは2度と覗くことはないし過去を辿ることもしないが、一度でも玉的な文章や内容のものに出会ってしまうと、過去も辿ってしまうのだ。
で、僕は、余命幾ばくもない人生なのに、無駄な時間を浪費してしまうのである。

僕の余命はともかくとして、どの方もブログも辿ると玉が散見できる。宝珠のようなときもある。一度の書捨てでは惜しいと思う文章や内容のものが多々あるのだ。もう一度といわず二度三度、陽の目をみさせてはと思うのである。良い文章は風化しないし、自分が書いたものを読み返してみると新しい発見やヒントも得られる。そしてもう一つ、過去ログを辿る読者の労力を軽減してくれる。
ぜひ、読み返して、これはと思ったものを再掲載してみてください。

なんだかなぁ  




なんだかなぁ


最近、耳障りというか気になっているのが「状況」という言葉だ。レポーターもアナウンサーもやたらとこの「状況」を連発する。
過去最も多く「状況」を使ったのは朝ズバのレポーターだった米田やすみではなかったか。彼女は昨日は北海道の事件現場にいたと思ったら今日は九州の事故現場にいるといった感じで全国を飛び回っていて、月の3分の2は現場にいた。そんな彼女をみていて恰好いいと思っていたのだが、「状況」の連発にはうんざりだった。

「激しい雪が降っていて渋滞の列が続いている状況です。この天気は明日の朝まで続く状況かと思われます」という感じなのだ。多いときには一度のレポートで6回も10回も連発した。ラジオと違いTVには映像がある。視聴者に見えているのだから普通に「ご覧のように渋滞の列が続いています」でいいと思うのだが、「状況」という言葉を使う。その方が深刻度がより重く濃く表現できていると思ってのことなのだと思う。また、そんな大変な現場から自分が情報を伝えているという意味も込められていたのだろう。使いすぎて癖にしまっていて、事故や事件現場だけでなく商業施設や飲食店のレポートでも「状況」を使った。
ラーメン店の取材で、「ご覧のように豚骨仕立てのラーメンですね。厚めのチャーシューとたっぷりのネギ、えーと、その横にメンマが乗せられている状況です」といったレポートなのである。赤坂に新規オープンした小洒落た中華店のラーメンが一転、厳寒の中で張り込み中の刑事が電柱の陰でカップ麺をすすっている光景になるのだ。

米田やすみが「状況」を連発した影響だと思うのだが、最近では多くのレポーターやアナウンサーが「状況」を連発するようになった。現状をよく考えず、大震災の現場もラーメンの丼の中も「状況」という言葉で総括されてしまうと違和感を感じてしまう。
「状況」だけでなく「状態」という言葉もあるのだが、「状態」を使うレポーターやアナウンサーはほとんどいない。そんな状況なのである。
みなさんもレポーターやコメンテーターやアナウンサーの言葉を意識的に聞いてみてください。きっと気になる状況かと・・・。

もう一つ気になることがある。舌先を軽く噛んだままサ行の「さ・し・す・せ・そ」を言ってみて欲しい。「ありがとうございす」の「す」がトとスの間というか、tohと書けばいいのか、いまアナタが真似てみたサ行でしゃべる女子が多い。そういうしゃべり方が事務的スタイルと思っているのか恰好いいと思っているのか可愛いと思っているのか、最近は接客業務をしている店員の多くがこのしゃべり方をする。
ファミレスでハンバーグ定食を食べレジで伝票を出したら「いつもご利用ありがとうございまtoh。680円になっておりまtoh」とやられちゃうと、メニューに680円と書かれたハンバーク定食がテーブルからレジまでのわずか8mの間に720円になっておりまtohたら怒るでと思ってしまう。思うだけで口には出しませんが・・・。

この「toh」、最近は言葉使いに厳しいはずの女子アナも使う。「・・・以上のように、今の日本経済はこういうカタチになっておりまtoh」と説明していた女子アナがいて、「経済のカタチってどんなカタチ?」と思ってしまったのである。そいう時こそ状況を使うべきでしょ、と。

さすがにNHKの女子アナはこういうしゃべり方はしない。厳しくアナウンスの訓練を受けているから滑舌よく聞き取りやすい。
それはとてもいいのだけど、あの、肩を張り気味に立ち、肘はくの字、手はへその少し上で重ね、上半身を8度ほど傾け、視聴者のアナタ、アナタですよ、私はいま、アナタに話しかけているのですよ、アナタにモノを教えて差し上げているのですよ、というスタイルのアナウンスはなんとかならんのかっ!と、思うのだが、TV画面に怒鳴っても無意味な状況なのでやりません。

先日スーパーのレジで、マスクで顔を隠していたので年齢不明ながらも、「ありがとうございましtoh♪」と♪を付け小首まで傾けた店員の目尻にカラスが6羽、両方なので12羽飛ぶのを見た。たぶん、きっと、オバハンだと思うのだが、そのオバハンを見て、なんだかなぁと、解析不可能な気分になったのでございまtoh♪

風邪ひいてます  




風邪ひいてます


風邪でダウンしている。更新作業が辛いので、以前に載せたものを再掲載という常套手段で誤魔化そうと思い自分のブログを読み返してみると、良く書けている記事が多い(自己評価)ことに感心し、目的を忘れて読み耽ってしまい、それにエネルギーを使いすぎて疲れ果ている。

風邪の原因は13日のヨット回航の疲れなのか、20日の次女の大学合格で気が緩んだせいなのか義母の入院見舞いで感染したのか定かではないが、微熱が続き身体に力が入らず筋肉が弛緩していて腕を上げるのも辛い状態。キーボードを打つ作業が億劫でならない。
読み疲れた息抜きに知人のブログを覗いて見たのだが、驚いたことが一つあった。本人の名誉のために名は伏せ関西在住の女性シャンソン歌手とだけ言っておこう。ブログに掲載されていた彼女の写真に驚いた。

激太りしていたのである。ここ数ヶ月で4~5kgは肥ったのではあるまいか。上腕筋はブヨブヨ、顔の輪郭もぼやけてしまっている。もともとのオバサン系の顔立ちがオバハン系に変貌しつつあった。とりあえずは化粧とステージ衣装で誤魔化しているが、太り方に色気や品がなく安物のオーデコロンの匂いが漂っていそうな感じさえした。横顔など上沼恵美子そのもの、と書けば色気や品の無さがイメージできるはずだ。
そんな、見たくもない写真を見たせいで風邪がこじれそうなのだ。プロのアーチストは幻想を売らなくっちゃ。いい匂いがしていると思わせなくっちゃ。ファンに幻滅を与えてはいけません。

4~5kg。具体的にはどれだけの量になるのか。鶏のモモ肉に置き換えればイメージしやすいと思う。鶏のモモ肉7~8枚で約2kgになる。4kgだと15~16、5kgだと20枚相当。鶏のモモ肉1枚で大きめの唐揚が8個作れる。20枚だと160個にもなる。
地鶏ならともかく、ブヨブヨの水っぽいブロイラーのモモ肉20枚が羽毛なしの鳥肌姿でヒラヒラと飛んできて身体のアチコチに1まーい2枚と貼り付いている様を想像してみて欲しい。怖いだろ、ワイルドだぜ。番町皿屋敷だぜ。「誰だ~い、モモ肉をベタベタ貼りつけてるヤツは。アタシだよっ!にしおかすみこだよ!」と言いたくなるでしょ。

歌唱力やギターの演奏力もある人だ。それはつまり日々相当練習もしているということ。自分に何かを課したり律することができる人なのである。そんな人の激太りは暴飲暴食ではないはずだ。
思いつく理由は2つ。一つは年末ジャンボの1等が当たったのかも知れないこと。誰だって体中の緊張が溶けハッピー過ぎて水を飲んでも肥ると思うんだよね。僕は1等に当たった経験がないので分かりませんが・・・。
二つ目の理由はストレスか病気が原因の激太り。これだと深刻なので要検査だ。

上腕筋はブヨブヨ、顔の輪郭がぼやけ、上沼恵美子の横顔仕様の写真を掲載した自分のブログを自身でまじまじと眺めて自覚したのではないかと思う、自分が激太りしていることに・・・。
だからなのだろう、その次のブログでは「人生は、代謝機能の低下に伴う余分なカロリーの増加との戦いなのです。何いっているのか、自分でもよく分っていませんが…。
要は、日々ストレッチや有酸素運動に励むようにしているということですよ」と言い、元アスリートの妻が3日で挫折した強敵、ビリーズブートキャンプのことも書いていた。

そういえば彼女、数カ月前にワンダーコア・スマートを買っていたはずだ。ぜんぜんスマートになっていないし剛力彩芽的でもないから、「日々ストレッチや有酸素運動に励むようにしているということですよ」のくだりはウソっぽい。だが、「人生は、代謝機能の低下に伴う余分なカロリーの増加との戦いなのです」には笑わせてもらった。
「人生は」と大上段に振りかぶったところに日々、ものすごく戦っているのだなと思ったのと、戦って今のこの姿か!と思ったからだ。きっと戦いすぎて腹ペコになり、食べ過ぎてブヨブヨになってしまったのだ。
この話、どこに向かっているのだろう。熱で朦朧としているので何を書こうとしているのか分からなくなりました。

えーとですね。貼り付いた20枚の鶏モモを旅立たせる営為には幾多の艱難辛苦が待ち受けていると思うのですが、ファンとしては、なにがなんでも頑張ってほしいと思うのですね。彼女がこのブログを読むかどうかは分かりませんが、この歌を捧げたいと思います。

ファイト!






本日の再掲載




アイスレモンティ。次女がコツコツとレモンを消費しています。
父の大好物のレモンタルトはいつ作ってくれるのじゃ!

昨日は久しぶりに長男と酒を飲みました。もちろんレモン果汁100%のレモンハイです。



ただ、うちの長男は酒に弱く、ご覧のようにコップに足を掛けて泥酔しておりました。

レモンハイを飲んでいたら、なぜか京都で飲み歩いていた頃のことを思い出した。
どういうわけか僕はママやホステスたちから家庭の事情を打ち明けられてしまうのである。下心見え見えの客への対策なのか、それともその逆の下心が無さそうに見えるのか、あるいは僕にオトコとしての色気を感じないのか、僕としては2番目の理由と思いたいが、とにかく2~3度も店に通うと「ダンナがね」とか「母子家庭なのよ」などと告白されるのである。そんな告白をされると下心を封印して清く正しいお付き合いをしなければならず、自ら「そっとおやすみ」をリクエストして歌い(大抵の店はこの曲か蛍の光が流れると営業終了)、ママやホステスと夜食に行くか朝までやっている店をハシゴし、彼女たちをアパートに送り届けて帰宅するというプラトニックラブな日々だったのである。
それでもいつだったか一度だけ「上がってお茶でも飲んでいかない?」と誘われてワンルームマンションの部屋でビールを飲み始めたら、彼女は上田正樹の「悲しい色やね」をかけ「いい歌やと思えへん?」と誰に問いかけるともなく問い、ベッドにもたれ膝を抱えて黙ってぽろぽろと泣き出したのである。つまりは失恋したところだったのだ。僕は話しかける言葉が見つからず、同じようにベッドにもたれて「悲しい色やね」を5回も聴いて「じゃあ」と言って部屋を出たのだった。



この時から「悲しい色やね」は僕の持ち歌になったのだが、膝を抱えて泣く彼女を思い浮かべて歌うと、どうやらネオン街の蝶々の胸琴に触れるらしく店が深と静まりかえったものなのだ。ヒゲを生やし彼と同じようなメガネをかけていたので風貌まで似ていると言われていたからかもしれない。

ある夏のこと。僕は出張帰りにアパートへ戻り、短パンにポロシャツ、キャップを被ってセールバッグを肩にヨットハーバーへ向かうタクシーに乗った時のことだ。運転手が言ったのである。
「えーと、知ってますよ。芸能関係の人ですよね、うーん、ほら、あの人・・・」
「・・・(上田正樹でしょ♪)」
「えーと、顔はね思い浮かぶねんけど・・・あっ、監督や。ほらアダルトの・・山・・。山本!山本晋也監督!!でしょ♪」



「あれぇ分かりましたぁ♪(誰が山本晋也やねん!)」
「そら有名人やもん。もしかしてハーバーでロケ?」
「そう。ヘミングウエイ(ハーバーのレストラン)で食事をしたカップルがヨットで絡むというシーンの撮影ですねん(どついたろか、この運転手!)」
「うわっ、よろしいなぁ♪」
「見たい?♪」
「そら、見たいですぅ♪」
「残念。関係者以外立ち入り禁止ですねん」
「そうですか・・。それにしても監督、大阪弁が上手やね」
「ええ、まあ・・・」



この日を境に、僕は上田正樹改め、渡辺謙となったのである。

※現在はショーン・コネリーです。


名は体を表す  




名は体を表す


名は体を表すという。
表し方を間違ったのが「ゲスの極み乙女」かと。

「ゲス」とは、この上なく下劣で品性が卑しいさま、人として最低であるさま意味する言葉。ゲスに極みが付くと、これより低劣な者は他にいないほど品位を欠くといった意味になる。この言葉が該当する業界といえば主に芸能界だが政界にも多い。なにしろわが国は下着ドロでも大臣OKだからね。

ゲスの極みな日本のミュージシャンの筆頭として僕の記憶に残るのはコットンバック・タイガー(判じ物名)だ。この男、他人の彼女や人妻をナンパするのが趣味。この低俗なロック歌手にナンパされる方も方だとは思うが、この男、ナンパした相手を実名入りで自慢気に吹聴するのだ、寝取ったと。ゲスなヤツである。

川谷絵音とベッキー。ゲスだなと思う。
芸能界に限らず不倫は一般社会でも普通に起きていて女性の4人に一人は不倫経験があるという。離婚率は8組に1組にまでなっている。離婚理由の1位は男女とも性格の不一致だが夫の申し立て理由の2位は妻の不倫。妻の申し立て理由の2位はDVで3位が夫の不倫。かくも不倫率が高い。

川谷絵音とベッキーの不倫もそんな多数の中の一つといってしまえばそれまでだが、新婚間もないことや離婚の決着がついていないのに川谷の実家に挨拶を兼ねた旅行に行くなど、そして業界の常套手段ではあるが不倫を否定するなど、様々な影響や被害を与えた周りの人々への誠意や真心がない。

男と女の関係は交通事故と同じで、ゴールド免許であろうとなかろうと、既婚未婚に関係なく、突然、出会い頭に正面衝突することがある。問題はその事故への対処方法だ。
被害者を放置したまま逃げるか救急車を呼ぶなど速やかに対応するか、とにかく精一杯の行動を取るのが誠意・倫理に則した行動だ。不倫ではなく単なる友人だと偽証するのは被害者を放置した轢き逃げ行為以外のなにものでもない。

そんな不倫を、カンニング竹山などベッキー擁護派は異口同音に「いい子なんですよ。今回だけは勘弁してやって」的なことを言っているが、いい子は不倫などしない。既婚者であることを、既知の上の不倫だから確信犯ではないか。どこがいい子なのだ。
もし今回の事件が酒井法子のような麻薬がらみだったら「いい子なんですよ」と弁護しないはずだ。
擁護派は不倫を倫理にもとる行為だと思っておらず、また身辺に多くの不倫が存在していて感覚が麻痺しているのだ。

赤信号、みんなで渡れば怖くないのは事実だが、みんながやっているからといって信号無視には変わりはないのだ。
負のコンフォーミズム(順応主義・画一主義)に流され過ぎなのである。

冒頭で「ゲスの極み乙女」は名の表し方を間違ったと書いた。
バンド名の命名者の川谷絵音がゲスあるいはゲスの極みの意味を知らなかったとは思えないから、奇をてらったバンド名にしたのは音楽に対する何らかの想いがあったはずだ。
彼には既存の音楽がゲスに思えたのかもしれない。“アンタたちから見たら俺たちの音楽はゲスに聞こえるかも知れないネ”といった皮肉が含まれたネーミングだったのかも知れない。既存音楽に対するアンチテーゼ、あるいは新風を吹かせてみせるといった想いが込められていたネーミングだったのかも知れない。好意的に解釈すれば・・・。

ところがそんな思い入れとは無縁の、手垢にまみれた通俗的な不倫騒動で名を売ったわけで、しかも、単に不倫(ゲス)ではなく轢き逃げ的不倫(ゲスの極み)という、見事なまでにその名で体を表した。
ゲスの極み乙女はバンド活動を続けているしベッキーも素知らぬ顔で番組に出ている。
まったくもって、ゲスの極みである。


LINEのやり取り(2016年1月5日:謝罪会見前日)
ベッキー: 友達で押し通す予定!笑 ( 謝罪会見のこと)
川谷  : 逆に堂々とできるキッカケになるかも
ベッキー: 私はそう思ってるよ!
川谷  : よし!
ベッキー: そうとしか思えない。
川谷  : ありがとう文春!
ベッキー: オフィシャルになるだけ!
ベッキー: ありがとう文春!
川谷  : 感謝しよう
ベッキー: うん!
ベッキー: それに不倫じゃありません!
川谷  : うん!
ベッキー: 略奪でもありません!
川谷  : うん!
ベッキー: センテンス スプリング!(文春?)
川谷  : 長崎手繋ぎデート
ベッキー: 長崎不倫旅行
ベッキー: 楽しい春と夏になるよ
川谷  : 遠恋だと思って過ごす
ベッキー: えんれん



粘投のご挨拶  




粘投のご挨拶


新年おめでとうございます。

今日は長女の成人式でした。成人した娘を見ることができ感無量です。
僕のブログの、聡明な、そして僕という人間に多少なりとも興味を抱いてくれた方なら、今昔入り混じる文と同時代的文調などから、僕のおよその年齢は推定できているに違いありません。例えば「アリスの堀内孝雄は中学の後輩」といった文から簡単に推測できますもんね。そのようなことからあえて実年齢には触れず今に至っています。

娘が20歳になり、今年、僕は70歳になります。
阪神大震災があった1995年1月17日の3日後の20日に結婚し、翌年に長女が生まれました。震災の渦中の真っただ中では無かったにせよ至近弾を食らったような痛烈な体験をしたわけで、1年経過してもなお諸行無常の空疎感を抱えていて、しかも50歳でした。娘が20歳になるまで生きているとは思えなかったのでした。

40歳の方が60歳の自分が想像できないように、50歳の自分が70歳の自分を想像できるわけがありません。
40歳の方にとっての60歳は、プロペラ機であれジェット機であれ成層圏内の飛行から、ロケットで宇宙へ飛び出すような未知の感覚ではないかと思います。実際、僕が40歳の頃は10年後の50歳ですら遠い別世界に思え、自分の60歳など想像すらできませんでした。40歳の方の60歳がロケットで成層圏から飛び出す感覚なら、50歳の自分の70歳はロケットの燃料が燃え尽き宇宙を彷徨っているに違いないと思える彼方の感覚でした。だから、娘が20歳になるまで生きているとは思えなかったのです。
しかも、60歳を過ぎた時に突発性間質性肺炎になりました。この難病の平均寿命は3~5年なので、なおのこと娘の成人する姿を見ることはないと思ったのでした。

突発性間質性肺炎。美空ひばりがこの病気で呼吸不全になり亡くなっています。晩年、多病を患い闘病しながら歌手を続けていましたが、突発性間質性肺炎を併発しその2年後ぐらいに亡くなったと記憶しています。奇しくも僕の誕生日と同じ6月24日でした。
「東京キット」や「私は街の子など」の歌をリアルタイムで知っていただけに、彼女の死は、なんとなく他人事ではないように思えたものです。15年ほど後になるとはいえ、僕も突発性間質性肺炎になるわけで、彼女同様、僕の余命も短いと思ったのも当然でしょう。

ブログは余命幾ばくもないと覚悟し、娘たちへの遺言代わりに始めたのでした。父がどのような時代に生き、どう考え、どう行動し、どんな思想や哲学を持っていたかを少しでも書き残しておこうと思ったのでした。

今年70歳になる僕は罹患して10年目に突入です。この難病と相性がいいのか平均寿命を遥かに超えて生き続けています。発症した当初は5回の呼吸でやっと健常者の1回分の酸素が取り込めるような激しい酸欠状態でした。早晩酸素ボンベを引きずって歩く予感がありました。
その僕に、以前もブログに書きましたが、伊勢神宮で奇跡が起こりました。鼻詰まりや耳詰まりがすっと通るような感覚と説明すればいいのか、深い樹木の中の参道をゼイゼイ言いながら歩いていた僕の肺に突然潤沢に空気が流れ込み五体の隅々に染み渡っていったのでした。一気に呼吸が楽になりました。奇跡としかいいようのない出来事でした。

今も酸欠状態に変わりはありませんが初期の頃のように苦しまずに呼吸ができていて、不思議にも現状維持ができています。ただ、酸素不足は様々な機能低下を起こします。運動もままならないので筋力がつかないし体力もつきません。加齢とともに機能低下に拍車がかかり、思考力もかなり落ちてきました。
昨年末にブログを閉じる時期かもと書いたのは、身体的なそんなあれこれと、長女が成人することや次女も18歳になることから一応の節目と思い、遺言代わりにブログを書き続ける必要が薄れてきたと考えたからです。

とはいいながらも、慌てて閉じる必要もないかなと思っています。
昨年、親しくしていた友人が突然、長々と引退の挨拶をしブログを去って行き、数カ月後に何食わぬ顔をして復帰するということがありました。
僕が「餞別を返せ!」と喉元まで出かけた言葉を飲み込んだのは、彼がとても親しくしていたヤツだったからではなく、餞別を渡していないことに気づいたからなのですが、親しい間柄なので正直に書きますが、実にアホくさい出来事でございました。

人の振り見て我が振り直せと申します。彼が歩んだ同じ轍を踏みたくはありません。せっかく身を持って恥とは何かを教えてくれたアホくさい友人のためにも、慌てず焦らず今後を模索していきたいと思っています。昭和の語り部的な役割があるかもと思ったりしますしね。

そのようなわけでなので、とりあえず、
今年もよろしくお願いいたします。

人民の・・・  




人民の・・・


ベータ方式のビデオテープの生産が中止された。
デッキ本体は2002年に生産を終えていたが、テープはなお13年間作り続けられてきた。
昨年の生産本数は400本だったそうだ。ずいぶん長い採算度外視のユーザーサービスであった。

ベータマックス方式とVHS方式。平成世代には何のことやらさっぱり分からないかも知れないが、TVの録画再生方式のことだ。PCに例えればwindowsとMacのOSの違いのようなもの、か。

SONYが開発したベータマックス方式とビクターが開発したVHS方式。
個人的には、高画質でコンパクト、デザイン的にも優れていたベーターが好みだった。操作もベータの機器の方が簡単だったと記憶している。ベータ方式の方が先に開発されたこともあり、レンタルビデオ店には当初はベータのテープだけが並んでいた。やがてVHS方式のビデオが並ぶようになり、急速にVHSテープのレンタルビデオが増え続け比率は逆転する。

いくら高画質でコンパクトで操作性が優れたベータ方式のデッキもレンタルビデオが無ければ値打ちは半減する。レンタルビデオを観るためにはVHSデッキを買わなければならなくなる。しかたなく僕も、TV番組の録画用にベータ、レンタルビデオ用にVHSと2台のデッキを所有し使い分けていた。
ベータ方式のデッキがVHS方式に劣っていた唯一の機能は録画時間だった。ベータは最大120分だったがVHSは最大210分だった。この点を除けば圧倒的にベータ方式の方が優れていたと思う。

機能やデザインや操作性に優れていたベータがなぜVHSとの市場競争に敗れてしまったのか。
松下電器(現:パナソニック)がVHS方式を採用したからである。VHS方式の方が部品も少なく構造も簡単でコストを抑え量産が可能。安く消費者に提供できるというのがその理由だった。だが本音は、SONYが開発した方式に追随したくなかったというとこにあったと思う。

当時、SONYのカラーTVは1ガン3ビームのトリニトロン方式という他社にない画期的なブラウン管で、鮮明で歪が少なく部屋の照明等が画面に映り込みにくいという特徴があった。これが欧米からも高い評価を得ていた。しかもTV分野でSONYは後発だった。松下はパナカラー、日立はキドカラーと銘打って自社製品の特徴を謳ったがトリニトロン方式を凌駕するものではなかった。ちなみにキドとは輝度のことである。
さらにSONYにはウオークマンという世界を席巻する画期的商品があった。8ミリビデオカメラもSONYが最初だ。
新機軸・発明・魁(さきがけ)的製品を生み出し続けていたSONYに対し、松下電器は「真似した電器」と揶揄されたほどで、本邦初・世界初といった製品をほとんど生み出していない。

高品質かつ手頃な価格の製品づくりが松下電器の基本で、それが多くの人びとに幸せを与えるというのが松下幸之助の経営哲学だった。事実、松下電器の製品は品質が良く比較的安価で壊れにくかった。だから売れた。
半世紀も前の話だが、当時の三洋電機(現:サンヨー)の電化製品は壊れやすかった。そのため家電量販店で最も値引きが大きかったのが三洋の製品だった。
三洋は松下幸之助の親戚が経営していて、松下の品質検査で不合格になった部品で電化製品を作った。誤解を避けるために書いておくが、松下の品質検査落ちの部品だっただけで、三洋の製品が不良品だったわけではない。松下電器の品質基準が厳しかったということなのだ。
サンヨーのために弁護しておくが、今のサンヨーの家電製品は2流ではない。パナソニックよりも高品質(当家比)になっている。新機軸製品も多い。

ベータマックスは機器の性能ではなく松下の販売手法に敗れたのである。松下は価格を低めに抑え量産した。各地に代理店的なパナショップを展開し電気店主を取り込んだ。これはキリンビール手法だった。それを真似たのである。

ビールといえばキリン。長くその時代が続いた。今はアサヒやサントリーが大きなシェアを持つが、長い間キリンは全シェアの90%以上を占めていた。他社はそのシェアに食い込めなかった。酒店店主をキリンが囲い込んでいたからだ。
量販店が無かった時代の消費者は店主の言い分を参考にした。その店主をキリンはバックマージンや接待、親睦旅行などなど、あらゆる手段で囲い込んでいたのである。店主は当然キリンを客に勧める。それが「ビールはキリン」という伝説を作り上げた。実際は他社と大差ない味だったと思う。(自分舌比)
その神話は今も残っていて、義父は今もキリンしか飲まない。

キリンの独壇場に風穴を空けたのがアサヒだった。酒店に食い込むことよりも直接客にアピールする手法をとった。白黒からカラーになったTVを使った宣伝を展開したのである。
『アサヒスタイニー、あ!』
たった5秒のこのCMがまさに世間をあっ!と言わせた。
容器も従来の細身の小瓶ではなく、ズングリしたデザインの小瓶だったこともあり、視聴者の好奇心を強く刺激した。酒店にスタイニーの問い合わせが殺到したのだ。客あっての小売店。酒店もアサヒビールを扱わざるを得なくなる。かくしてキリンの牙城が崩れていった。
ちなみに『アサヒスタイニー、あ!』の「あ」の後にメッセージが続いていて、スタイニーで一息入るところに「あ」が入ってしまった。それが妙に面白かったのでCMに使ったのが功を奏しビッグヒットになった。

シェアは一度奪われてしまうと取り戻すのが難しい。特に“方式”的な部分で大きなシェアを持つとその牙城はなかなか崩せない。
日本のPCは日本電気(NEC)が魁となったのでNECのPCがシェアをほぼ独占した。アプリケーションソフト制作会社は当然、NEC対応のソフトを作った。MS-DOSよりもWindowsが一般化するまでNECの天下が続いた。プリンターや記録機器もNEC対応製品が多く、後発メーカーはソフトや周辺機器面でもハンデを背負い成長できなかった。機種にかかわらず汎用性のあるOSのWindowsの登場によってようやく一社独占状態が崩れ、機器やソフトの価格も下がった。だが当時の影響は今も残っていて、日本のPCは安いものでも新製品だと15万円以上する。ほぼ同じスペックの僕のHP製のPCは約7万円と半値以下だ。

「悪貨が良貨を駆逐する」というが、売れているから必ずしも良品ということではない。VHSしかりNECしかりである。
スイーツを食べるために早朝から店の前に並ぶ客がいて最後尾は6時間待ちでも客は並ぶ。行列の長さに味や質は反比例するという法則がある。(たかのつめ法則)始業から終業まで休む時間もなくスイーツやお好み焼きやラーメンや丼物を作り続ける者の立場に立ってみることだ。熟練社員ではなく素人同然のバイトやパートの。美味い料理を長時間・何日も作り続けることなどできるはずがないではないか。
ついでに書いておくと「行列のできる法律相談所」の弁護士も当然、行列をさばかなくてはならないから質はよくない。TVで名は売れたが実はないと思ってよろしい。この番組の元相談所員だった橋下を見れば一目瞭然であろう。

独占は企業や権力者を太らせ、行列は庶民を痩せ細らせる。
行列は本来、悲しい現象なのである。貧しい国の人々はいつも買物袋や網の袋を持ち歩く。いつ行列に出会うかも知れないからだ。列の先に何があるか確かめていると遅れをとるからとにかく並ぶ。かつて僕はモンゴルの首都ウランバートルでこの経験がある。列の先に羊肉があったりパンがあったりした。北京で並んだ時は列の先に配給靴や人民服があった。

モノ不足や交通機関の不通、通信機器の不通などで列をなすのが行列なのだが、日本人はスイーツを食べるのに列を作り、売り切れが無くいつどこで買っても同じ確率のジャンボ宝くじに何時間も列を作る。平成の大名行列現象(たかのつめ法則)という。
武士は食わねど高楊枝という。大名行列に並ぶのを少し我慢すると、見えていなかったものが見えてくるのだが・・・。

来年1月からマイナンバー制度が施行される。拒否ができるが拒否はできない。社会生活が円滑にできなくなるからである。日本の公的機関や企業のセキュリティーの甘さを考えると、間違いなく個人情報が底なしに漏れる。政府はコンビニ等で公的書類が受けとれるや、病院間で個人の疾病情報の共有ができ効率的な治療や医療事故の低下につながるといった国民の利点を謳っているが、日本の2千年の常識に照らして、公務員が国民の下僕になった例はない。まずは自分たちの利益、次いで自分の家族の利益、次いで所属する部署の利益の残りを国民に払い下げているにすぎない。
マイナンバーは公務員の仕事を激減させる。極論すればパソコンの情報管理者が数名いればこと足りるのである。役場まで住民票を取りに来る市民が激減するから窓口に二人もいれば足りる。つまり市町村の住民課の職員はほとんど不要になる。だが公務員を削減するという話は出てこない。
「人民の 人民による 人民のため」ではなく「公務員の 公務員による 公務員のため」のマイナンバー制度なのである。

消費税の軽減税率のアホらしさは・・・。
こういうのを書き出すと際限がなくなるの、もうやめる。

関連ブログはコチラです。


どうしましょう  




どうしましょう


そろそろブログを閉じる時期に来ているのかも知れない。
毎朝、ワープロソフトを立ち上げ文章を書き始めるのだが、10行も書き進めると手が止まってしまう。そういう日が長く続いている。昔の記事を再掲載しお茶を濁したりしているが最近はその作業すら面倒でならない。加齢や視覚不良などが原因で集中力や根気が無くなってきているからだと思うが、週4~5冊のペースの読書は続いていることや毎週ヨットに乗っていたりするから、肉体的な要因というより、ブログの更新作業に飽いてきているのだと思う。

僕のブログは拍手もコメントもほとんどないが、訪問者は少なくない。そうした人たちのブログを表敬訪問するのだが、どれもこれも面白くないのだ。ホウと感心させられるブログ、気付きやヒントをくれるブログがほとんどない。自分のブログのことを棚に上げて書かせてもらうと、常連たちのブログも実につまらない。僕だけでなく常連たちも倦んでいるのだろうと思う。ただ本人たちはそのことに気づいていないようで、同じパターンの文章、希薄な内容、クスリとも笑えない文章を載せ続けている。
僕のブログも訪問者たちには同じようなものだと思うわけだが、そう思うのは僕自身がブログにに飽いてきているからなのだろう。
ま、焦ることでも急ぐことでもないから、しばらくは自分自身を様子見しようと思っている。


車にポピ~♪って・・・  




車にポピ~♪って・・・


彼が、6年間の活動を休止し、

たくさんの音楽を聴き、
たくさんのニュースに触れ、
たくさんの落語を聴き、
たくさんの酒を飲み、
たくさん旅をし、
たくさんの人に会い、
しっかり充電しようと思います。

と言い残しネット界を去ったのは今年の4月11日のことだった。

不死鳥のようにとは絶対に言いたくない。
不祥事を起こした芸能人の変わり身の早さ・復帰劇のように、
わずか5か月後の9月24日にネット界に戻ってきたのである。
しれっと・・・。
餞別返せと言いたいが餞別をあげていないので言えないのが辛い。

Le tour du monde en quatre-vingt jours という小説がある。日本題名だと80日間世界一周。映画化もされた。
80日で世界を一周すると貴族仲間と賭けをして旅に出るストーリーなのだが、時は1870年頃のことなので交通手段は船や列車。主人公は世界一周に81日間かかってしまい賭けに負けた、はずが、東回りで旅をしたので日付変更線で1日短縮できていて勝つというどんでん返しが待っている作品で、道中様々なことが起こり読者や観客をやきもきさたのだった。

そんなローテク時代に比べるとハイテク時代の5か月、180日間は世界を巡るには十分な期間といえよう。
だが彼に世界を旅した気配はなく、いつものように家業に追われ子供野球チームの監督などをやっていたと思うから、様々な体験をし沢山充電したとは思えない。
だから、餞別返せ!といいたいのに言えないのが辛い。

これからは木曜日に更新するのだそうだ。復帰以降のブログを見ていると、確かに毎木曜日に更新している。バカだなと思う。自分が好き勝手できる自由領域に自ら規制をかけてと思うからだ。毎週木曜に更新することを目的に復帰したのではあるまいに。
しれっと戻ってきたと本人が言うのなら、しれっと今まで通り、書きたいことを書きたいときに書く姿勢を続ければいいのである。
まったくもって、東京の連中はカタチにこだわるからいかん。

ということで、復帰後、どんな記事を載せているか紹介しておこう。

カーラジオから流れる交通情報。

『中央高速道〇〇インター付近を逆走する車がいる模様。
付近を走行中の方は十分ご注意ください。』

おいおい、〇〇インターってこの辺じゃないの?!
気をつけなきゃ。
あれっ?
あの車かっ!
やばい、やばい、すげー速さでこっちに向かってくる!

うあ~!!

ふ~っ

危なかった・・・

間一髪だったなぁ・・・


って、また来たぞっ!
 

これは面白いでしょ。
自分のクルマが逆走しているわけですね。
もう一つ。

では、最後は久しぶりになぞかけを。

「安全運転する人」とかけまして
「オール阪神・巨人」とときます。
そのココロは?

慎重さ(身長差)があるんです。


車にポピ~♪


・・・。
では僕も。

「安全運転する人」とかけまして
「読売巨人軍」とときます。
そのココロは?
無謀(無法)に駆け(賭け)ない紳士なチームのはずなのに。

車にポピ~♪のCM、
あなたと僕以外に覚えている人はいるのかな、 師匠?

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We Shall Overcome(4)  




We Shall Overcome(4)


大阪市の橋下市長は国会デモを「日本の有権者数は1億人。国会前のデモはそのうちの何パーセントなんだ?」と切り捨て「サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義だ」と揶揄した。
この、選挙絶対男のザマったら。

そもそも有権者数と抗議デモ者数を比較すること自体に何ら関連性はない。なるほど有権者は1億人だが、前回の総選挙の投票率は過去最低の52%でしかない。自民党の獲得数はその25%だから1250万人。有権者数1億人の12.5%にすぎない。橋下は強烈な選挙信奉者だが、選挙で選ばれたといっても支持したのは全体の1割程度にすぎないのだ。

国会前のデモとサザンのコンサート客の比較も詭弁である。デモとコンサートというまったく位相の異なる現象の数の比較などできない。もし質の比較のつもりなら、この程度の詭弁しか言えない市長を選んだ大阪の市長選など、身銭を切って投票権を得て投票するAKB総選挙よりも質が低いといえよう。
橋下は都構想が市民投票で否定されれば政治家を辞めるといった。市民に夢を与える公約を掲げたのではなく、辞めるという脅しを公約にした。そして敗れたが公約を守る気配はないどころか、新党を立ちあげ再度都構想を持ち出している。日本で最も一票の重さを軽視している政治家である。

記者の公約無視に対する質問に橋下は「他人に左右されたくないから弁護士になった。だから好き勝手する」と居直った。他人に左右されたくないから弁護士になった。これも詭弁である。
なぜなら弁護士ほど日和見な稼業はないからである。依頼人がいなければ稼業が成り立たないし、依頼者に有利になるように弁護するのが弁護士だからである。つまり「私」を捨てなければならない。
同じ法律を被害者側に立てば被害者側に有利に、加害者側に立てば加害者側に有利になるように解釈し利用する。弁護士ほど他人に左右される職業はないのだ。

僕の知人が自分のブログに安保法案反対のコメントを載せたところ、某政治家に対する実名入りの批判コメントが寄せられ、コメントを公開するかどうか悩み専門家の意見をと弁護士に相談したところ、名誉棄損になる恐れがある、掲載すれば知人も連帯責任を問われる可能性があるとアドバイスされたので非公開にしたと記事に書いた。
弁護士に相談をすれば自分は依頼者である。弁護士は依頼者に不利益な弁護はしない。その弁護士のアドバイスを盾にしてコメントを非公開にした。投稿者も弁護士の名を出されて委縮し腰が砕けた。知人と投稿者は水面下でコメントを公開しないということで折り合った。どっちもどっちである。
もし、同じ弁護士が投稿者側に立てばどうなるか。表現の自由や政治家は公人だから名指し批判は違反ではないといった弁護をするはずだ。たかが弁護士ふぜいの言に左右される程度の反対行動ならとても政権に盾突くことなどできない。

そもそも、安保法は重い問題であるゆえ、賛否両論のコメントが寄せられるのは想定内のはずだ。そしてどのようなコメントであれ公開すべきである。護憲を旗印にした安保法反対なら、憲法に定められた検閲の禁止を無視して非公開にするのは安倍と同じファッショだからである。
自分の意思で闘えず自己判断できないなら、重い課題や問題を記事にすべきではない。最終的に他力本願なら、それは課題や問題を弄んでいるにすぎないから。
判断停止になり専門家(弁護士)の意見に従うのなら、総理大臣の意見にも従わねばならない。なぜなら総理大臣の意見は政治専門家集団のトップの意見と判断なのだから。

安保法案の採決を「強行採決」と言うのはあくまでもこちら側の言い分だ。違法でもなんでもなく議会で定められた多数決の論理と手順で事を進めたに過ぎない。野党は議論が尽くされていないというが、何万時間費やそうと議論など尽くせない。尽くせたとすれば歩み寄った内容になったということだ。一つのリンゴを10人で食べようとすれば10等分するしかないではないか。与野党の関係は本来、水と油である。それをシャッフルしたサラダドレッシングで米は炊けないし天ぷらを揚げることもできない。

安保法案で騒然とする中でひっそりというかこっそりというか、新派遣法が採決された。この法案こそ半歩も譲ってはならないはずなのに、野党は何の抵抗も示せなかった。
安倍の顔にちょび髭をつけると恐ろしいほどヒトラー酷似する。その安倍は橋下と連携しようとしている。安倍がヒトラーなら橋下はナチ親衛隊長のヒムラーである。二人に共通しているのは弱者を差別するという性格だ。

新派遣法は企業にドラえもんポケットを与えたようなものだ。採用や解雇にほぼ規制がなくなるから好き勝手に派遣労働者が使える。現状でも派遣労働者は正社員よりも激しく差別と搾取されているわけだが、それにさらに拍車がかかる。派遣社員は柵のないアウシュビッツで働いているようなものになる。この搾取で得た原資で好き勝手するというのが安倍のいう「経済」なのである。

もう一つ、防衛装備庁が発足した。武器や武器関連製品の輸出入を一括管理する庁で、その予算は5兆円という。70年安保当時に防衛予算が初めて1兆円を突破し、その膨大な軍事予算に国民が憂えたわけだが、それでも核三原則や武器輸出三原則などで一定の歯止めがかかっていた。それが今や5兆円である。しかも武器輸出規制が緩和される。原発の再稼働の加速ぶりをみると早晩、核三原則も有名無実化するのが見えている。

膨大な軍事関連予算と武器輸出緩和は軍需産業の活性化を目的にしたものだ。その軍需産業の担い手に派遣労働者をという構想だ。
製品は消費されて初めて次のニーズを生む。軍事関連製品も同じである。使われなければ次の需要を生まない。アメリカの経済を支えている大きな柱が軍需産業だが、米軍が世界各地の紛争で武器弾薬を消費することによって繁栄しているということを看過してはならない。
安保法・防衛装備庁・新派遣法。安倍の軍国主義へ強い意志が見えるはずである。

その、安倍の正義と我々側の正義が対峙している。そして我々側の正義は粉砕され続けているわけだが挫けてはならない。
正義は判断基準のことだから、正義は一つではない。様々な正義がぶつかり合う。それらの正義を包括し方向性を示すのが大義だ。憲法こそがその大義だ。

その大義の旗が倒され踏みにじられている。
大義の旗を支えようとしている人々の方に絶対正義があると断言できる。
アベノナチスは断固粉砕しなければならない。

We Shall Overcome(3)  




We Shall Overcome(3)


友人がカナダへ帰った。
ほぼ毎年1か月ほど日本に里帰りし、帰国すると必ず僕に会いに来てくれる。もう何十年も続いているので長く僕を定点観測してきたことになる。だから僕の波乱万丈、紆余曲折、アバウトな生き様、女性遍歴を一冊にまとめて出版でき莫大な印税を手にできるのは彼だけだ。
ただ、残念なことに彼は長くカナダに住むので日本語が拙い。漢字などはほとんど忘れていて時折届くメールもほぼ全文平仮名なのである。しかもその文章は俳句よりは長いが和歌よりも短い。本の体裁を整えるには250ページ、20万字ぐらいは必要なわけだから三十一文字もままならない彼にはとても無理なのだ。

彼は帰国すると日本の彼方此方を旅する。友人や知人に会うための時もあれば観光目的の時もある。その旅の終わりが我が家というのが定番になっている。あれこれ各地の旬の情報をもたらせてくれるから、田舎に引っ込んでいる僕にはこれが都合がいい。
ビール好きの友人が今年も2泊中に缶ビールを32本も飲んだのだが、ビール片手に色んな話をしてくれた。
沖縄と東京に行ってきたそうなのである。辺野古に行ったと。
まさかと思ったが「もしかして抗議集会に?」と尋ねてみると「おう」と言う。「東京も?」と尋ねると「国会前」だったそうな。これは嬉しい気持ちにさせられた。普段はただの酒飲みだが、一朝ことあればアクティブディーモス(志のある人々)の一人になる、いや、戻る姿をみたからである。
僕たちは45年前に大阪にべ平連を立ち上げたメンバーだったから、僕も志のある人々の一人として時代にコミットした体験を持つ。前回掲載した動画のイントレピットの脱走兵の逃亡も彼らの一人が京阪神を経由する時に手伝っている。

べ平連は「ベトナムに平和を市民連合」の略。アメリカのベトナム侵略戦争とそれに加担する日本政府に抗議の声をあげた市民グループだった。作家の小田実が呼びかけ人になり東京べ平連が生まれたのだが、その呼びかけに呼応したというか、ユニークな運動体だと感じた僕たちもべ平連を作った。当時僕たちは大阪の阿倍野界隈が生活の場であったので南大阪べ平連と名付け、通称として「なんだいべ」を名乗った。べ平連って何だいべ?という意味も掛けている。

「なんだいべ」は東京べ平連に次いで2番目に古いべ平連だったはずだ。街頭でフォークソングを最初に歌ったのも、街頭でティーチイン(対話集会)やロールプレイを行ったのも、新宿フォークゲリラの生みの親も「なんだいべ」だし、大阪城公園を借り切って「反戦のための万国博覧会」という万博に対抗する大規模なイベントも開催している。「栄ちゃんのバラード」というヒットソングも作った。新聞や週刊誌、TVにも出演したりしたので、そのユニークさで全国に知られていた。
べ平連は増え続け、1969年ごろには全国で千近いか、千を超えるべ平連があったと思う。

べ平連はアクティブディーモス(志のある人々)が自主的に作った反戦グループだ。バックに政党や労働組合や宗教団体の本部や組織があって、そこから許可を貰って設立するのではなく、市民たちが、学生たちが自分たちで勝手にグループを作りべ平連を名乗った。べ平連は東京べ平連が本部のように思われていてNHKアーカイブ番組を見ても東京べ平連がべ平連の全てのように扱われたりしているのだが、全国にあまた存在したべ平連は、独自に、あるいは他のべ平連と共同で様々な活動を行っていた。

「なんだいべ」は小田実の旅行記「何でも見てやろう」に触発されたメンバーが中心だったので「何でもやってやろう」が活動のスタイルになっていた。上記した様々な活動は「何でもやってやろう」だった。新しい文化を発信し続けたと思っている。

SEALDsもアクティブディーモスな人々の自発的な抗議活動という点ではべ平連と同じだと思う。 そしてメッセージを発信するスタイルも共通している。
45年前の労働組合や全学連はアジテーション(煽動)で人々に訴えようとした。激しいデモやストライキもアジの一つだったのだ。
前回掲載したSEALDs KANSAIの寺田ともかさんのメッセージを読めば分かるように、檄文でもアジブ文でもない。冷静に人々に語りかけているメッセージだ。メッセージで人々の気持ちをこちらに向かせようとしている。
べ平連と異なるのはシュプレヒコールだろうか。身体を前後にクネクネ動かしながらのラップ調スタイルは僕には憑き物がついた巫女が踊っているように見えて馴染めないが、今の若者たちにはこのスタイルの方が馴染んでいるのだろうと思う。
昭和と平成の表現スタイルの違いはともかくとして、SEALDsが今後、どういうメッセージを発信し、どんな文化を生み残してくれるかである。

つづく





We Shall Overcome (2)  




We Shall Overcome (2)


優れて今日的なメッセージを一つ掲載しておきたい。

この国が独裁を許すのか、民主主義を守りぬくのかは、今わたしたちの声にかかっています。

わけの分からない例えで国民を騙し、本質をごまかそうとしても、わたしたちは騙されない。

わたしは、戦争で奪った命を元に戻すことができない。空爆で破壊された街を建て直す力もない。日本の企業が作った武器で子供たちが傷ついても、その子たちの未来にわたしは責任を負えない。大切な家族を奪われた悲しみを、わたしはこれっぽっちも癒せない。自分の責任の取れないことを、あの首相のように『わたしが責任を持って』とか、『絶対に』とか、『必ずや』とか、威勢のいい言葉にごまかすことなんてできません。

安倍首相、二度と戦争をしないと誓ったこの国の憲法は、あなたの独裁を認めはしない。国民主権も、基本的人権の尊重も、平和主義も守れないようであれば、あなたはもはやこの国の総理大臣ではありません。

民主主義がここに、こうやって生きている限り、わたしたちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります。力があります。あなたはこの夏で辞めることになるし、わたしたちは、来年また戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう。

この70年間日本が戦争せずに済んだのは、こういう大人たちがいたからです。ずっとこうやって戦ってきてくれた人達がいたからです。

そして、戦争の悲惨さを知っているあの人達が、ずっとこのようにやり続けてきたのは、紛れもなくわたしたちのためでした。ここで終わらせるわけにはいかないんです。わたしたちは戦後を続けていくんです。

武力では平和を保つことができなかったという歴史の反省の上に立ち、憲法9条という新しくて、最も賢明な安全保障のあり方を続けていくんです。わたしは、この国が武力を持たずに平和を保つ新しい国家としてのモデルを、国際社会に示し続けることを信じます。偽りの政治は長くは続きません。

そろそろここで終わりにしましょう。新しい時代を始めましょう。


2015年㋆15日 梅田淀橋カメラ前にて。
「SEALDs KANSAI」寺田ともかさんのメッセージだ。
SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy - s)とは、自由で民主的な日本を守るための学生による緊急アクションのこと。

つづく




We Shall Overcome  




We Shall Overcome




新聞各社はどこも同じような一面トップだったのではないだろうか。
この間、延べにすると数百万人あるいはもっと多くの人々が国会周辺だけでなく全国各地で反対の抗議行動を行ったと思う。そして敗れた。
いつの時代も、国の正義と国民の正義が戦うと、国民の正義の方が木っ端微塵に粉砕されるものなのである。

かつて僕や僕の仲間たちは何百回も、ジュラルミンの盾を持ち軽量合金製の手甲脚絆で身を固めた国家の正義の番人を名乗るロボコップたちに蹴られ殴られ踏みつけられ、ただの一度も勝利することなくこちら側の正義が粉砕され続けた経験を持つ。そして何万人もの仲間が拘束され何千人もの仲間が懲役を喰らい何十人もの仲間が殺された。

戦いなのだから負けるのはしかたがない。連戦連敗もある。問題は正義の裁かれ方だ。憲法違反で裁かれるのではなく、道路交通法違反や凶器準備集合罪、美化条例違反で裁かれるのである。
道路交通法違反は飲酒運転や信号無視やスピード違反などを罰する法律である。凶器準備集合罪は暴力団の抗争を抑えるために作られた法律だ。美化条例違反は電柱や電話ボックスに所狭しと貼られる売春チラシを摘発するための条例である。

デモは早足で歩いてもジグザグで歩いても立ち止まっても道交法違反なのである。権力の都合のよいように解釈し検挙するわけで、集会を呼びかけるポスターを電柱に貼ったり安保反対のビラを撒けば美化条例違反で検挙される。
憲法で保障された集会結社の自由を行使している国民の権利を潰すために、道交法や美化条例や騒音防止条例といった法令や条例などの細則を適用するのである。

では凶器準備集合罪はどうか。
45年前、プロの戦闘集団である機動隊の、デモ行進の安全な運営管理という名目の暴力的規制や制圧から身を守るため、こちら側の正義集団はせめて恰好だけでもとヘルメットを被りタオルで顔を隠し細い棒を持った。その棒のことを警察はゲバ棒と呼んだ。ゲバはゲバルトのことで暴力という意味。ゲバ棒と呼ぶことでデモ隊を暴力集団だというイメージを国民に植え付けようとしたのである。

確かに外見は武装集団のように見えた。だが内実は違った。頑丈な鎧兜で身を包む栄養が足りた屈強な機動隊員と違い、こちら側は絶えず腹を空かせ栄養不足であばら骨が浮き出た薄っぺらな胸の若者たちばかりだった。食うにも事欠く貧乏人ばかりだからゲバ棒も1本100円程度の簡単に折れる最も安価な杉の荒角材だった。
そんなスタイルの彼・彼女・仲間たちの機動隊との抗争は、エリマキトカゲが襟を立てて威嚇しているようなものでコケ脅しでしかなかった。だから機動隊に追われるとエリマキトカゲなのに蜘蛛の子を散らすように逃げるしかなかった。
だって警棒で殴られると頭が陥没したり割れるし、鋼鉄のプロテクターをつけた肘鉄を食らうとアバラが2~3本まとめて折れ、鉄板の入った長靴で蹴られると足の骨など簡単に折れたから。
そんな軟弱な集団をボコボコに痛めつけて凶器準備集合罪で検挙したのである。だが凶器準備集合罪というなら機動隊の方で、エリマキトカゲたちは凶器ではなく俠気の集合体といえた。

ちなみに樫など堅い材木で作られた警棒は殺傷力が強かったため、現在は深刻なダメージを与えないように軽金属もしくはプラスチック製の伸縮タイプの警棒に変更になっている。

憲法を掲げた国民の抗議行動や活動を、国家権力は憲法よりも位置づけの低い法令や条例で抑え込む。憲法を愚弄するその行為はいわば、お釈迦様の顔に小便をひっかけるようななのだが、その愚劣な行為を、55年前の安保締結時に岸信介が、45年前の安保更改時には佐藤栄作が強行し、45年後の今、岸を祖父に佐藤を大叔父に持つ安倍晋三が主権在民を無視し強行採決を行ったわけである。

つづく


疲労困憊の日々  




疲労困憊の日々




今年の夏はよく海に出ました。船底掃除の回航でしょ。花火でしょ。JAZZでしょ。島で遊んで海水浴でしょ。台風で切れたアンカーの設置作業でしょ。そして海上散歩でしょ。ほぼ毎週でした。
船の上だと心身ともに30代に戻ります。気分だけが30代なのではなく身体の動きも30代のに戻るのです。その身動きの俊敏さったら!
実際には30代の動きにはほど遠いのでしょうが、昨日今日のクルーよりも仕事ができてしまうのは事実です。ふうふう言いながらも力仕事をこなせるから不思議です。
「根っからの海の男だね」だって?
ええ、そうなんでしょうね♪

海の男は褒め言葉に謙遜などいたしません。少しでも大物ぶらないと海の広さに飲み込まれ、自然を畏怖する心を失いますからね。

人はよく自然を勘違いしています。
大草原の小さな家や赤毛のアンの世界に憧れる女性が後を絶ちませんが、あれは自然ではありません。
 
  もしも私が家を建てたバラ
  小さな家を建てたでしょう
  大きな窓と小さなドアーと
  部屋には古い暖炉があるのよ
  真赤なバラと白いパンジー
  子犬の横にはあなたあなた
  あなたがいてほしい

と思って建てたんだろうなと思えるデザインの家が我が家の周りにもたくさんあります。
僕のブログを訪問してくださる何人かの方のお家がそうで、部屋は白もしくはクリーム色で真っ白なキッチン、レースのカーテン、白いテーブルに壁にはドライフラワーといった感じなのです。完全無欠のピーターラビットやアンの世界と申しましょうか。
欠けているのは一つだけ、生活感と生活臭。
亭主は小便も便器に座って用を足すよう厳命され、息子は玩具を散らかすと激しく叱咤されちゃうわけですね。
ご本人はフリフリのついたロングスカートで森の大きな木の下でのんびりとクッキーを摘まみながら読書するのが夢。何を読むのかって?
鬼平犯科帳でしょ。

うら若い女性だけでなく表はとっくにアラフォーの女性もそうしたシーンに憧れますが、あなた、あなた、あなたのそばにはスズメバチが、足元にはムカデが、耳のそばでは蚊がブンブン。それが自然の姿です。心地よい自然には必ず人の手が入っています。つまり人工。それを自然と勘違いすることが多いのです。

こんなアメリカ映画がありました。
長年連れ添った妻に先立たれ、棺を埋葬する様子を大きな身体を震わせ悲哀に暮れ眺めている男がいました。葬儀に集まった友人知人たちが彼を慰め帰っていきます。

彼は葬儀が終わり帰宅すると豹変。いの一番にトイレへに行き便器を引きちぎって庭に放り投げ「ざまあみろ!」と叫ぶのです。
この長年の鬱積。男なら理解できますよね。
大男が小さな便器に縮こまって座り小便を強いられる。これほどの屈辱はありません。
だって立小便は男だけに与えられた唯一の特権ですもんね。
他に男だけの特権って何かありましたっけ?

これにも例外がありまして、ヨットのトイレでは座って小便をするのです。ローリングやパンチングで揺れるヨットの中での立小便はホースが暴れて目標を外し外にこぼれてしまうからなのです。
ええ、ヨットの狭いトイレの便器に座っておしっこをする海の男は、ちっともカッコ良くありません。
で、ベテランのヨット乗りほど船尾から海に向かって立小便しようとします。太平洋横断中に行方不明になった○○さんもオーシャンレース中に忽然と消えてしまった△△さんも、たぶん、突然の船の揺れで落水したというのが真相だろうと思うのですが、ヨット乗りは誰一人として、落水の原因について言及することはありません。
だって、一物を出したまま落水ということは真っ先に魚ちゃんたちに齧られるのが一物ということになりましょう。なんだかとても悲しい。
そこまで想像して真相を究明するのは個人への冒とく以外のなにものでもありません。しかも明日は我が身かも。真相究明はできませんわね。

電車じゃなく船の話なのに脱線しました。
ヨットや桟橋の上だと心身ともに30代に戻る僕ですが、陸の上だとハンサムなだけの60過もぎた難病持ちの男にに戻ってしまいます。そして反動で3日間ほどは疲労困憊の状態になり思考も停止してしまいます。
海の上なら潮騒を聞き分け風も見えるのに、陸の上だとTVの音量を上げなければ聞こえずPCの画面すらぼやけて見えません。しかも激しい肉体疲労でぐったり。何をするのも面倒になってしまいます。これが、このところ更新が進んでいない原因の一つになっています。

その、ザマったら!

桜散り  




桜散り


まん丸師匠が6年間の活動を休止しブログを去った。
最後の挨拶に「一旦終了」とあったから、いずれ復活するかも知れないが、とりあえず活動を終えた。
ネタが枯渇したのだそうだ。素人ゆえの悲哀である。なぜなら、プロのお笑い芸人や歌手は持ちネタや歌を何度も使い回して芸能生活を延命するからだ。

森山良子をみよ。1967年に「この広い野原いっぱい」でブレークし、「さとうきび畑」がヒットするまでの34年間、色々な歌を歌ってきたがほぼ鳴かず飛ばずだった。つまり「この広い野原いっぱい」の一曲で生き延びただけでなくキンキン声の直太朗を歌手に育てあげたのだ。二曲目の「さとうきび畑」がヒットした今はフォーク界の大御所である。

「春夏秋冬」以外の泉谷しげるの歌、「なごり雪」以外のイルカの歌を知っていたら教えて欲しい。共に一曲で半世紀も芸能界で生き残ってきているのだ。
僕の好きなシャンソン歌手別府葉子もメジャーではないがプロの歌手だから、彼女のブログには持ち歌が何度も何度も掲載されている。そういうものなのだ。

まん丸師匠は素人ゆえネタの使い回しができず毎回新たなネタをひねり出す苦労を繰り返して来た。そして疲れ果てた。彼は僕に言った。

たくさんの音楽を聴き、
たくさんのニュースに触れ、
たくさんの落語を聴き、
たくさんの酒を飲み、
たくさん旅をし、
たくさんの人に会い、
しっかり充電しようと思います。


君は寅次郎か。
パイプレンジをサラシに巻きシールテープを懐に水道屋寅次郎は旅に出たのである。

旅から帰ってこなくていいからね。

かつて僕は、彼のネタのお笑い率を3割3分3厘と評したことがある。低い評価に見えるが終生打率3.33はかなりの高打率だ。打撃の神様といわれた川上哲治ですら3割1分台、あのイチローですら3割2分8厘なのだ。3.33は至高の打率なのである。
もうお分かりだろう。師匠の3.33はオマケを含んだ評価だった。実際は2割5分1厘ぐらいだ。2割5分とせず1厘をつけたところに、僕のプロ評価ぶりを表してみたとお考えください。
2.51なのに3.33としたのは交友上の義理評価ではない。打率は単に高ければいいというものではない。タイムリーなヒットを打てるかどうかだ。高打率でも9回裏2アウト満塁で三振では意味がない。打点やチームの勝ちにつながらない安打をいくら打っても値打ちはない。
師匠のお笑いネタ以外の記事が僕にとってタイムリーなものが多かった。だから3.33の評価にしたのだが、どうも本人はそうした評価に気づいていないようなのだ。
お笑いネタ以外の記事を一つ掲載してみる。

祝 北陸新幹線開通


高校の時の修学旅行で2 つ年上のバスガイドさんに
淡い恋心を抱いたことがきっかけで
その後何度も訪れた、私が大好きな街・金沢。
当時は電車を何本も乗継いで一日がかりだったというのに
なんと2時間半で行けるようになったんですね。
便利になったもんです。
でも、東京化が進んで古都・金沢の良さが失われないか、
ちょっとばかし心配でもありますねぇ。

…あ、別にガイドさんに会いに金沢に行ったわけじゃないですよ。
でも2時間半ならしょっちゅう会いに行ったかも…。(笑)

久しく旅をしていません。
昔のような旅はもうできないかもしれません。
でも、春はもうすぐそこだし、
足の向くまま気の向くまま、
時計を忘れた旅でもしようか♪


別になんてことはない文章なのだが、僕には書きたいことが伝わってくる。
少年期に男は、一度はバスガイドに淡い恋心を抱き憧れるものなのだ。僕もそうだった。僕の場合はバスガイドではなく北陸本線「魚津駅」キオスクの売り子のお姉さん。半世紀近く経った今も彼女の容姿が鮮やかに目に浮かぶ。
遠い遠い異境の地だった金沢が2時間半。この時間短縮が持つ功罪は大きい。
バスガイドの向こうにあったかつて旅した金沢の今はどうなのか。師匠の旅への憧憬が窺い知ることができる、

といいたいところなのだが、彼は三流亭まん丸の名の通り、三流なのである。

時計を忘れた旅でもしようか♪

で終わればいいものを

…JR、JTB、石川県ならびに金沢市観光協会の皆さん、
広告宣伝料ください。


と、つまらぬオチをつけて、せっかくの文章をクズにしてしまうのだ。

だからね、水道屋寅次郎君。ネタを増やさなくてもいいから、芸を磨くまでは旅から帰ってこなくていいからね。
一つだけアドバイスすると、ネタをいくら乱発しても無駄なことで、芸能は、何度も何度も演じることで磨かれていくものなのさ。

言いたい放題言えていた友人が去って行ったのは少し寂しいが、生者必滅会者定離。
やむを得ませんね。

以上を去りゆく友への惜別の辞とさせていただく。

かやくうどん  




かやくうどん


El Condor Pasa (コンドルは飛んでゆく)というと、僕の世代だとサイモン&ガーファンクル。歌い出しのI'd rather be a sparrow than a snail. Yes, I would,.If I could., I surely would ...が普通に口をついて出る。でも、カタツムリや雀や金槌や釘が出てきても、一度もコンドルが出てこなかったと思う。

僕のハンドル名のたかのつめを唐辛子と思っている方が多いと思います。違うのです。僕は何度目かの前世では青きオオカミ。モンゴルの草原を駆け回っていたのでした。孫がご存じチンギス・ハーンです。またある時の前世ではコンドルだったのです。チチカカ湖のそばで生まれました。したがって、たかのつめは唐辛子ではなくコンドルの爪なのです。昨日までの僕を捨てて、今日からそういうことにしましょう。




別府葉子さんが歌う「コンドルは飛んでいく」です。フランス語だけでなく、このスペイン語はまるでスペイン人。よっ、パエリア!という感じで流暢です。つくづく才色兼備な女性だと思います。この場合の“色”は容姿のことではありません。容姿は、ま、あくまでも個人的感想ですが、曲がり角くねくねといった感じでしょうか。したがって才色の色は声の艶のことです。
アンデスのフォルクローレの「花祭り」もYouTubeにアップされていたと思います。

別府葉子さんの「コンドルは飛んでいく」ではコンドルが登場します。
  ああ雄大なアンデスのコンドルよ 
  連れて行って欲しいアンデスの私の家へ 
  ああコンドルよ

といった歌い出しでしょうか。
  En el Cusco, en la plaza principal,
  espérame
  para que a Machu Picchu y Huayna Picchu
  vayamos a pasear.

この部分はどう訳せばいいのでしょう。
  クスコの大広場で待っているから
  一緒にマチュピチュやウアイナピチュに行こう・・・でいいのか、
  それとも、連れて行って・・・なのだろうか。



唐突ですが、これは何かといいますと、神戸~高松間を走るジャンボフェリーの売店の「かやくうどん」です。つゆが少ないのが不満ですが、ローリングやピッチングで揺れると溢れるのでこの量になりました。(ジャンボフェリー広報部談)これも別府葉子さんのブログから無断借用。ふるさとの高松にフェリーで帰ったそうで、子供のように船内を走り回り過ぎて小腹が空いたので食べたのが写真のうどんです。
というか、歌っていない時は食べてますね、この人は。

「かやくうどん」の“かやく”は火薬ではなく加薬。薬膳料理に加えた薬がその由来。
なぜこの写真を載せたかというと、「かやく」という言葉が懐かしかったから。そもそも愛知にはうどん屋が少ないのですが、あっても、メニューに「かやくうどん」がありません。当然ですが「かやく丼」も「かやくご飯」もありません。だから「かやくうどん」があったことをすっかり忘れていました。

写真の「かやくうどん」の加薬は天かす(あげたま)とワカメとかまぼこと刻みネギですが、これが必ずしも正しいかやくうどんの姿というわけではありません。
何を「かやくうどん」や「かやく丼」や「かやくご飯」というか、その定義が難しいのが「かやく」です。定義が難しいのに写真の「かやくうどん」を「かやくうどん」と納得して食べるのが関西人の特性です。

関西には「すうどん」があります。「素うどん」です。関東だと「かけそば」。「かけそば」はその名の通りそばにつゆがかかっているだけですが、「すうどん」はうどんとつゆだけでなくかまぼこやおぼろ昆布や刻みネギや刻み薄揚げなどがトッピングされています。だから上の写真の「かやくうどん」は「すうどん」と大きな差はありません。ではなぜ「かやくうどん」なのか。ジャンボフェリー株式会社が「かやくだ!」と宣言したので「かやくうどん」なのです。「すうどん」よりも高い値段設定ができますもんね。

関西は食文化が成熟しているので微妙な違いや阿吽の呼吸で判別できるのです。
その一つが「天ぷら」です。「天ぷら」と聞けば衣をつけ油で揚げたものというのが一般的ですが、そしてそれは関西でも同じですが、はんぺんや薩摩揚げも関西では「天ぷら」と言います。
彼もしくは彼女が「天ぷら食べたい」と言ったとき、彼女もしくは彼が瞬時にどっちの「天ぷら」を食べたがっているか判断できなければ、何年関西圏に住んでも関西人にはなれません。
こんなことを書き始めると延々と続くので「うどん考」と瀬戸内海のあれこれについてはまたの機会とさせていただきます。

で、ですね、ブログには、読んで良い刺激を受けたり懐かしい記憶を蘇らせてくれるものと、不快なことや嫌なことを思い出させるものがあります。別府葉子さんのブログは僕には前者。色々と刺激を受けたり忘れていたことを思い出させてくれることが多いのです。

そのようなわけなので別府葉子さん、たびたび画像や動画を無断転載していますがご容赦ください。


あなたのキスは数えたくない  




あなたのキスは数えたくない


週刊新潮が中川郁子議員(55)と門博文議員(49)の不倫と路上キスを報じた。中川議員は同僚議員たちとの宴会帰りだったという。一次会後、携帯で門議員と待ち合わせデート。手をつなぎ肩寄せ合う熱々ムードが写真から伺えた。また、中川議員の政務官室で20回以上も密会を重ねていたことや繋がりがないはずの互いの選挙区(北海道と和歌山)を頻繁に行き来していたらしいから、二人は昨日今日の関係ではないということである。
中川・門の両君、君たちがやっていることは政治ではなく性事だぜ。

二人が路上キスをフォーカスされたその日、2月23日は、西川農水大臣が献金問題で引責辞任した日だ。そんな日に宴会をしている議員たちも恋愛にふける議員も真っ当な議員とはとても思えない。しかも中川郁子議員は渦中の農水省の政務官なのである。自分が担当する省のトップの辞任に何ら危機感を持っていないわけで、恋は盲目なのか、ただの無能な議員かのどちらかだと思うが、皆さんはどちらだと思います?
政界は、いや、正解は両方です。

覚えているだろうか。
かつて我が国に、G7の記者会見を泥酔状態で呂律が回らずヘロヘロ状態で行った財務大臣がいたことを。普通なら、泥酔状態と分かれば秘書官や事務官が体調不良その他の理由をつけて会見を中止させるはずだが、そういう処置もとらずに会見が行われた。何故か。日常的に酩酊状態だったからである。秘書たちは大臣の酒浸りに慣れてしまっていて、これまでは大きな問題も起きていなかったので看過してしまったのである。
日頃から酒浸りであるのは衆知の事実。それを承知で大臣に任命したのが麻生だった。
世界に恥を晒した泥酔会見が理由で引責辞任した財務大臣の名は中川昭一。農水大臣だった中川一郎の息子である。父の急死後、あとを継いだ世襲議員だ。

帰国した中川昭一が自宅前で報道陣に取り囲まれたとき、玄関先から「がんばれ!ガンバレ!!日本一!!!大丈夫!!!!」と大声で叫んでいた妻が中川郁子である。
夫のヘロヘロのG7の記者会見には驚いたが、妻の声援にはもっと驚いた。バレーボールの応援じゃあるまいし、自分の夫に日本一!と声援を送ってどうするのか。脳みそのどの部分を刺激すればそんな場違いな言葉が出るのか。その品性や感性のなさにうんざりしたものだ。
中川昭一もまた急死したが、郁子は夫の意志を継ぐと言い、地盤・鞄(金)・看板を引き継ぎ議員になった。義父・夫・妻と三代世襲だ。夫のどんな意志を継いだのだろうと思う。

衆院480議席の38%が世襲議員、その内の52%が自民党議員だ。さらに、第二次安倍内閣の大臣の半数が世襲議員だ。
議員が家業化しているのである。政治は世襲で継承されるものではない。なぜなら継承すべき確固たるノウハウなどないからである。あるのは選挙手法ぐらいのものだが、それは後援会まかせだから世襲議員は乳母日傘(おんぼひがさ)で議員になったに過ぎない。したがって、誰それの子女だからといって優れた政治家という保証は、まったくない。

多くの世襲議員が政治の基礎すら学んでいないというのは、麻生を見れば一目瞭然であろう。彼は漢字があまり読めない。
政治の基礎は何かというと、地元の選挙民と握手することや観劇会に連れていくことではなくて、書かれた漢字が読めることである。新聞や書籍の活字が読めることである。公文書や政策や憲法や条約に書かれた漢字が読めて理解できることである。漢字が読めないということは物事が理解できないということだ。
日本語もまともに理解できない無能な世継ぎを、同類の52%の世襲議員とかつて世襲議員の親に秘書で仕えてご褒美で議員に昇格したロートル議員たちが総理総裁に祭り上げた。それが安倍・福田・麻生と3代も続き、懲りもせずに再び阿倍が総理になり副総理が麻生なのが第二次安倍内閣だ。

麻生時代に少子化担当大臣に任命されたのが親のコネで女子アナになり親の地盤を継いだ小渕優子。お友達内閣で少子化対策担当大臣に就任後に妊娠し、記者会見で役目を果たせたと嬉しそうに報告しているのを見て、なんか履き違えしてね?ママゴトごっこ?と思ったものだ。第二次安倍内閣で経済産業大臣に返り咲いた小渕優子が政治資金問題で辞任したのは昨年秋のことだ。

大臣は国を牽引する最高責任者だ。そんな大臣が引責辞任するというのは国を揺るがす大事件で前代未聞の椿事なのだが、もはや椿事とはいえないほど何度も繰り返されている。
不祥事で引責辞任する議員はいても、政策失敗の責任をとり辞任や辞職した議員はいない。
つまり彼らは政治家ではないということなのだ。

あまりにも馬鹿馬鹿しいし小雪がちらついているので、今夜はうどんすきにしようと思う。


風が南に回ると・・  




風が南に回ると・・




少し寒さが緩みはじめた。海が近いので内陸部よりも風が強い。犬の散歩で田圃の中の農道を歩くと寒風に吹きさらされる。昨日の散歩も風が強かった。けれども、間違いなく春が近づいていた。

「小十郎よ、わしの隻眼は物を見ることができぬ。だが、人の心が見える!」と言ったのは伊達藤次郎政宗だが、
「わしの童顔の両眼は老眼で どうがんばっても物がはっきりみえぬ。だが、風の息吹が見える!」と言ったのはたかのつめ先生である。そう、僕は風が分かる。長年ヨットに乗り続けてきたから、風の中の季節が見えるのである。

昨日は北西の風が吹いた。農道を南に歩き右折、西へ曲がった時にアゲンストの強い北西の風を正面から受けた。思わずちょっと立ち止まってしまい、田圃の向こうの風を見ようとしたら、ふっと風が止んだ。数秒無風が続き再びビュッと吹き出したのだが、その風の中に春を感じた。ポケットからiPhoneを取り出しアプリのコンパスを表示させ風の方角を見てみた。北西の風の中に時折混じるブロー(突風)が290°~270°だった。北西はコンパスで315°の方角。290°なら西北西、270°なら西。推測通り、北西の順風の中に南に振れるブローが混じっていたのだ。真冬だと、北西もしくは北北西の風にブローが入ると風は北へ回る。より冷たい風に変わるのである。昨日はその逆だったわけで、南西からのブローだったのだ。それはつまり、春の兆し。

黒田東彦。日銀総裁候補の名だが、読めるだろうか。東彦と書いてハルヒコと読む。東をハルと読めるのか。読めるのだ。
「東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と菅原道真が詠んだ東風(コチ)は春の兆しの風のこと。だから東と書いてハルと読ませても無茶な当て字ではない。それどころか、名付け親の教養やセンスが光る名前といえようか。

みはるかす田圃の農道に立ち止まり僕は、そんな文学的思考をしながら春の兆しを楽しんでいる、と書けばのんびりした風景が思い浮かぶでしょうが、
ふん、勝手に思い浮かべてください。

ウメ(うちの犬)は2歳にして体重15kg。由緒正しい野良だったせいか野性的なパワフルさで僕をぐいぐい引っ張り回す。とても散歩とか散策といえない状態の中で、バカ犬を立ち止まらせて文学的思推をするのがどれがけ大変か。
まったくもって、毎日寿命を縮められているのである。


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