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Old Saltyの日々雑感

日々雑感的に思うところを小さなウソと大きな誇張でデフォルメして掲載中!

We Shall Overcome  




We Shall Overcome




新聞各社はどこも同じような一面トップだったのではないだろうか。
この間、延べにすると数百万人あるいはもっと多くの人々が国会周辺だけでなく全国各地で反対の抗議行動を行ったと思う。そして敗れた。
いつの時代も、国の正義と国民の正義が戦うと、国民の正義の方が木っ端微塵に粉砕されるものなのである。

かつて僕や僕の仲間たちは何百回も、ジュラルミンの盾を持ち軽量合金製の手甲脚絆で身を固めた国家の正義の番人を名乗るロボコップたちに蹴られ殴られ踏みつけられ、ただの一度も勝利することなくこちら側の正義が粉砕され続けた経験を持つ。そして何万人もの仲間が拘束され何千人もの仲間が懲役を喰らい何十人もの仲間が殺された。

戦いなのだから負けるのはしかたがない。連戦連敗もある。問題は正義の裁かれ方だ。憲法違反で裁かれるのではなく、道路交通法違反や凶器準備集合罪、美化条例違反で裁かれるのである。
道路交通法違反は飲酒運転や信号無視やスピード違反などを罰する法律である。凶器準備集合罪は暴力団の抗争を抑えるために作られた法律だ。美化条例違反は電柱や電話ボックスに所狭しと貼られる売春チラシを摘発するための条例である。

デモは早足で歩いてもジグザグで歩いても立ち止まっても道交法違反なのである。権力の都合のよいように解釈し検挙するわけで、集会を呼びかけるポスターを電柱に貼ったり安保反対のビラを撒けば美化条例違反で検挙される。
憲法で保障された集会結社の自由を行使している国民の権利を潰すために、道交法や美化条例や騒音防止条例といった法令や条例などの細則を適用するのである。

では凶器準備集合罪はどうか。
45年前、プロの戦闘集団である機動隊の、デモ行進の安全な運営管理という名目の暴力的規制や制圧から身を守るため、こちら側の正義集団はせめて恰好だけでもとヘルメットを被りタオルで顔を隠し細い棒を持った。その棒のことを警察はゲバ棒と呼んだ。ゲバはゲバルトのことで暴力という意味。ゲバ棒と呼ぶことでデモ隊を暴力集団だというイメージを国民に植え付けようとしたのである。

確かに外見は武装集団のように見えた。だが内実は違った。頑丈な鎧兜で身を包む栄養が足りた屈強な機動隊員と違い、こちら側は絶えず腹を空かせ栄養不足であばら骨が浮き出た薄っぺらな胸の若者たちばかりだった。食うにも事欠く貧乏人ばかりだからゲバ棒も1本100円程度の簡単に折れる最も安価な杉の荒角材だった。
そんなスタイルの彼・彼女・仲間たちの機動隊との抗争は、エリマキトカゲが襟を立てて威嚇しているようなものでコケ脅しでしかなかった。だから機動隊に追われるとエリマキトカゲなのに蜘蛛の子を散らすように逃げるしかなかった。
だって警棒で殴られると頭が陥没したり割れるし、鋼鉄のプロテクターをつけた肘鉄を食らうとアバラが2~3本まとめて折れ、鉄板の入った長靴で蹴られると足の骨など簡単に折れたから。
そんな軟弱な集団をボコボコに痛めつけて凶器準備集合罪で検挙したのである。だが凶器準備集合罪というなら機動隊の方で、エリマキトカゲたちは凶器ではなく俠気の集合体といえた。

ちなみに樫など堅い材木で作られた警棒は殺傷力が強かったため、現在は深刻なダメージを与えないように軽金属もしくはプラスチック製の伸縮タイプの警棒に変更になっている。

憲法を掲げた国民の抗議行動や活動を、国家権力は憲法よりも位置づけの低い法令や条例で抑え込む。憲法を愚弄するその行為はいわば、お釈迦様の顔に小便をひっかけるようななのだが、その愚劣な行為を、55年前の安保締結時に岸信介が、45年前の安保更改時には佐藤栄作が強行し、45年後の今、岸を祖父に佐藤を大叔父に持つ安倍晋三が主権在民を無視し強行採決を行ったわけである。

つづく


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