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Old Saltの日々雑感

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We Shall Overcome(4)  




We Shall Overcome(4)


大阪市の橋下市長は国会デモを「日本の有権者数は1億人。国会前のデモはそのうちの何パーセントなんだ?」と切り捨て「サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義だ」と揶揄した。
この、選挙絶対男のザマったら。

そもそも有権者数と抗議デモ者数を比較すること自体に何ら関連性はない。なるほど有権者は1億人だが、前回の総選挙の投票率は過去最低の52%でしかない。自民党の獲得数はその25%だから1250万人。有権者数1億人の12.5%にすぎない。橋下は強烈な選挙信奉者だが、選挙で選ばれたといっても支持したのは全体の1割程度にすぎないのだ。

国会前のデモとサザンのコンサート客の比較も詭弁である。デモとコンサートというまったく位相の異なる現象の数の比較などできない。もし質の比較のつもりなら、この程度の詭弁しか言えない市長を選んだ大阪の市長選など、身銭を切って投票権を得て投票するAKB総選挙よりも質が低いといえよう。
橋下は都構想が市民投票で否定されれば政治家を辞めるといった。市民に夢を与える公約を掲げたのではなく、辞めるという脅しを公約にした。そして敗れたが公約を守る気配はないどころか、新党を立ちあげ再度都構想を持ち出している。日本で最も一票の重さを軽視している政治家である。

記者の公約無視に対する質問に橋下は「他人に左右されたくないから弁護士になった。だから好き勝手する」と居直った。他人に左右されたくないから弁護士になった。これも詭弁である。
なぜなら弁護士ほど日和見な稼業はないからである。依頼人がいなければ稼業が成り立たないし、依頼者に有利になるように弁護するのが弁護士だからである。つまり「私」を捨てなければならない。
同じ法律を被害者側に立てば被害者側に有利に、加害者側に立てば加害者側に有利になるように解釈し利用する。弁護士ほど他人に左右される職業はないのだ。

僕の知人が自分のブログに安保法案反対のコメントを載せたところ、某政治家に対する実名入りの批判コメントが寄せられ、コメントを公開するかどうか悩み専門家の意見をと弁護士に相談したところ、名誉棄損になる恐れがある、掲載すれば知人も連帯責任を問われる可能性があるとアドバイスされたので非公開にしたと記事に書いた。
弁護士に相談をすれば自分は依頼者である。弁護士は依頼者に不利益な弁護はしない。その弁護士のアドバイスを盾にしてコメントを非公開にした。投稿者も弁護士の名を出されて委縮し腰が砕けた。知人と投稿者は水面下でコメントを公開しないということで折り合った。どっちもどっちである。
もし、同じ弁護士が投稿者側に立てばどうなるか。表現の自由や政治家は公人だから名指し批判は違反ではないといった弁護をするはずだ。たかが弁護士ふぜいの言に左右される程度の反対行動ならとても政権に盾突くことなどできない。

そもそも、安保法は重い問題であるゆえ、賛否両論のコメントが寄せられるのは想定内のはずだ。そしてどのようなコメントであれ公開すべきである。護憲を旗印にした安保法反対なら、憲法に定められた検閲の禁止を無視して非公開にするのは安倍と同じファッショだからである。
自分の意思で闘えず自己判断できないなら、重い課題や問題を記事にすべきではない。最終的に他力本願なら、それは課題や問題を弄んでいるにすぎないから。
判断停止になり専門家(弁護士)の意見に従うのなら、総理大臣の意見にも従わねばならない。なぜなら総理大臣の意見は政治専門家集団のトップの意見と判断なのだから。

安保法案の採決を「強行採決」と言うのはあくまでもこちら側の言い分だ。違法でもなんでもなく議会で定められた多数決の論理と手順で事を進めたに過ぎない。野党は議論が尽くされていないというが、何万時間費やそうと議論など尽くせない。尽くせたとすれば歩み寄った内容になったということだ。一つのリンゴを10人で食べようとすれば10等分するしかないではないか。与野党の関係は本来、水と油である。それをシャッフルしたサラダドレッシングで米は炊けないし天ぷらを揚げることもできない。

安保法案で騒然とする中でひっそりというかこっそりというか、新派遣法が採決された。この法案こそ半歩も譲ってはならないはずなのに、野党は何の抵抗も示せなかった。
安倍の顔にちょび髭をつけると恐ろしいほどヒトラー酷似する。その安倍は橋下と連携しようとしている。安倍がヒトラーなら橋下はナチ親衛隊長のヒムラーである。二人に共通しているのは弱者を差別するという性格だ。

新派遣法は企業にドラえもんポケットを与えたようなものだ。採用や解雇にほぼ規制がなくなるから好き勝手に派遣労働者が使える。現状でも派遣労働者は正社員よりも激しく差別と搾取されているわけだが、それにさらに拍車がかかる。派遣社員は柵のないアウシュビッツで働いているようなものになる。この搾取で得た原資で好き勝手するというのが安倍のいう「経済」なのである。

もう一つ、防衛装備庁が発足した。武器や武器関連製品の輸出入を一括管理する庁で、その予算は5兆円という。70年安保当時に防衛予算が初めて1兆円を突破し、その膨大な軍事予算に国民が憂えたわけだが、それでも核三原則や武器輸出三原則などで一定の歯止めがかかっていた。それが今や5兆円である。しかも武器輸出規制が緩和される。原発の再稼働の加速ぶりをみると早晩、核三原則も有名無実化するのが見えている。

膨大な軍事関連予算と武器輸出緩和は軍需産業の活性化を目的にしたものだ。その軍需産業の担い手に派遣労働者をという構想だ。
製品は消費されて初めて次のニーズを生む。軍事関連製品も同じである。使われなければ次の需要を生まない。アメリカの経済を支えている大きな柱が軍需産業だが、米軍が世界各地の紛争で武器弾薬を消費することによって繁栄しているということを看過してはならない。
安保法・防衛装備庁・新派遣法。安倍の軍国主義へ強い意志が見えるはずである。

その、安倍の正義と我々側の正義が対峙している。そして我々側の正義は粉砕され続けているわけだが挫けてはならない。
正義は判断基準のことだから、正義は一つではない。様々な正義がぶつかり合う。それらの正義を包括し方向性を示すのが大義だ。憲法こそがその大義だ。

その大義の旗が倒され踏みにじられている。
大義の旗を支えようとしている人々の方に絶対正義があると断言できる。
アベノナチスは断固粉砕しなければならない。

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