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Old Saltyの日々雑感

日々雑感的に思うところを小さなウソと大きな誇張でデフォルメして掲載中!

出航前の慌ただしの中で  




出航前の慌ただしの中で


かつて所属していたヨットクラブの初代会長の松本さんのことを少し。
ダブルエンダーでロングキールのタシバ36というクラシカルなヨットに乗っておられた。デッキはオールチーク張り。キャビンもチークやマホガニーがふんだんに使われていて、とてもゴージャーズなヨットだった。
このタイプのヨットの難点は鈍重なことだ。36フィートで12トンも重量があるのだ。同サイズの軽いヨットだと5トン程度のものもあるから、12トンはいかにも重い。

鈍重なので少々の風ではぴくりともしないから安心だ。いや、安心してはダメだった。風が吹いてもぴくりともしないのは困る。ヨットは風で走る乗り物だもの。
このヨットは風速10m~12mという、ちょっとした嵐程度の風でようやく目を醒ますのである。海上で風が強いということは波もかなりあるということだが、そんな状況をものともせず走る船らしい。

らしいと書いたのは、賢明なヨット乗りはそういう荒れた海へ出て行かないから松本さんのヨットがすいすいと走っているのを見たことがないからである。
だから僕たちは会長の、「僕の船はね。吹いたら走るんですよ♪」という言葉を信じるしかなかったのである。
楽しいことに「僕の船はね。吹いたら走るんですよ♪」を聞くときはいつも荒れた天候で出られなくて会長のヨットのキャビンでワインを飲んでいる時なのである。
「じゃあ会長、出しましょうか」というと、船の自慢はしても腕の自慢をしない方なので、「このあとね、白を飲む予定だから、船を出すのは次の機会にしましょう」という返事が返ってきて、僕たちは2本目のワインにありつけるのだった。



松本会長の船の名は「ベラドンナ」といった。美しい人、あるいは美しい貴婦人という意味だ。イタリア語である。
何店かの薬局を経営されていた。薬局と聞くとマツモトキヨシが思い浮かぶが、キヨシは弟さんである。(ウソです)
ちなみにベラドンナはナス科の植物で学名「アトロパ・ベラドンナ」。アトロパは運命の三女神の一人の、運命を断ち切る美人女神アトロポスのことでもある。つまり猛毒を持つ植物なのだ。薬学系の方の船にふさわしい命名ではないか。ワインをご馳走になるためには、こうした難しい講釈を拝聴せねばならなかったのである。

松本さんにヨットクラブの初代会長になっていただいたのだが、この人以外に会長はいない、といえるほど会長っぽい方だった。
まず、会長という名にふさわしい格調高いヨットの所有者であったこと。いつもマドロスパイプを咥えていたこと。白髪で温厚だったこと。帽子はキャップではなく船長帽だったこと。Pコートを着こなしていたこと。つまり、16世紀あたりの大帆船時代から抜け出てきたような人だったのである。
ちょっとPコートの説明をしておこう。Pコートという名のコートをご存じの方もいらっしゃると思う。左前右前のどちらでも閉じられるダブルのコートのことだ。パイロットコート。操船時に着る。右からの風が左に変わったりその逆になったりする。その時に右前だったのを左前に変えて風の進入を防ぐのである。

さて、松本会長は腰も低く言葉遣いも丁寧でとても上品な方であった。唯一僕だけにはちょっと乱暴に「あんた、それちゃいまっせ♪」と大阪の商売人言葉を使った。僕には気を許してもいいという部分をお持ちだったようなのである。

ある年の夏。クラブの役員をしていた僕は夏休みの長期クルージングに徳島の阿波踊りレース&阿波踊りを踊るという企画を立て参加者を募った。すると、「タカさん。僕も参加したい」と会長が言い出したのである。
「レースにも出るんですか」
「もちろん!僕の船は吹くと走るからね♪」
「会長の船が走り出すような天気だとレースは中止になると思いますが」
「・・・。」
「それと、普通の風だと、いつゴールするか分からない会長を待つ本部艇が気の毒だし、レース後の表彰式や夜の阿波踊りの練習などのタイムスケジュールが押してしまいます。」
「・・・。」

そんな説得も空しく、会長もクルージングに参加したのである。
夏の海は風が無い。有っても風に腰が無いからヨットの速度は上がらない。だから機帆走(メインセールだけを揚げてエンジンで走る)で目的地へ向かうことになる。
ベラドンナはこの機帆走が早かった。船のサイズが大きいのと馬力のあるエンジンを積んでいたからだ。それがよほど嬉しかったようで、「タカさん、あんたの船遅いねー♪」と無線で呼びかけてくるのである。

レース当日の風は微風で、ベラドンナはスタートラインを50mほど過ぎたあたりに停ったまま微動だにしない。
「会長、そこにじっとしていると帰りのコースの邪魔になりますけど♪」と無線を飛ばすと、しばらく沈黙の後、「先に帰って待ってるね」とリタイアしてくれたのだった。人格者である。

阿波踊りレースは120隻以上のヨットが参加する大きなイベントで、主催者の徳島ヨットクラブは県庁前の川がホームポート。その両岸に他府県からの参加艇が係留するのだが、真夏の、広くもない川の上は風が通らず暑くて、コクピットやデッキに座って冷えたビールを飲んでいても流れる汗が止まらない。右も左も対岸のヨットも団扇パタパタ、ビールぐいぐい、汗たらたらなのだ。ところがベラドンナだけは、閉め切ったキャビンの中で妙齢の美女と食事をしているのである。エアコンをかけているのだ。そしてナイフとフォークを使ってステーキを食べているのである。ワインも飲んでいたのだった。
ベラドンナの隣に係留していた僕はキャビンの中のそんな光景を眺めていたら、会長がそっとナプキンで口を拭って立ち上がり、コンパニオンウエイから顔を出して、

「どや、参ったか!♪」

と言ったのである。

あの時の会長は65歳かもう少し上だったと思うから今はすでに80歳を超えられたはずだ。はたしてご健在なのだろうかとか、もう船を降りられたのだろうかと思うと、ちょっと切ない。



オールドソルトたちは、ボートのように白いペンキを塗り重ねて生きながらえるが、それでもいつかは陸(おか)にあがって朽ち果てざるをえない。



と、出航前の船の上で、なんだか寂寥感に包まれてしまった。

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